少し待つと教室の戸が開かれ、メガネをかけた人の好さそうな青年が顔を出した。
「あぁ、騒がしいと思いましたわ。こんな教室の真ん前でまで校内を賑やかしてくれるなんて、良い風紀やね」
彼はにこりとリアンに語りかける。
「あ……その、すみません……」
「ほめてくれてるよ?」
「ばか……空気を読め……」
「くうき? すーっ……。んん?」
「おや、この方がお噂のララ様ですか。聞いた通りえらい立派じゃないですかぁ。眩しくて目に入らんかったわぁ」
「えへへへ」
多分ちっさくて見えなかったって言いたいのか? なんかイヤミな人だなこの人。
「あの」
「んん? 君は……あぁ、なるほどなるほど。苦労しはったんやね。目のクマ見ればわかりますわ」
「そ、そうですか?」
「つるつるだよ?」
「……」
俺も乗せられるとこだったのか?
「もしかしてここの先生、ですか?」
「おー、賢いですなぁ。そうです。第5天使アカデミー唯一の学級を受け持たせていただいております、シンクと申します。って、キミが自己紹介するとこなんやけど」
「え?」
「ほら、入った入った」
シンク先生に背を押されるようにして教室に入れられた。
講堂のようになった広い教室の教壇、即ち最も注目を集める場所に案内される。
教室を見回すと、数十人の天使たちと目が合った。
「うぇ……ちょ、ちょっといきなりは……」
「何言うてんのん。キミの名前を言うだけでもいいから」
「それなら……んん、えっと……シ、シエルです」
「なぁにぃ? 聞こえない〜」
周囲からヤジが飛ばされる。
あ、この雰囲気、嫌いなやつ。
「……」
人前に出るのは嫌いだ。大勢の前で話すのは苦手だ。周りの視線が突き刺さるように感じて怖い。今のは俺をばかにしたのか? 嘲笑か? いや、場を和ませるための冗談だったのか? それでも俺の言葉は否定された。次に何を口に出したらいい? だめだ。考えれば考えるほど言葉が出てこなくなる……。
「……おにいちゃん」
ララが、ぎゅっと俺の手を握る。
その瞬間、周囲の景色が鮮明になった気がした。
「あ……す、すまんララ。落ち着くから……」
深呼吸して、気を落ち着かせる。ようやく声が出せそうだったので、なるべく周りを見すぎないようにしながら声を上げる。
「あー、俺はシエル! ララのお兄ちゃんだ!」
「あたしララ! めがみなの!」
その自己紹介をきいて、教室がざわめく。
「えっ! あ、あれ……ララさま!?」
「お兄ちゃんって……だって、クレアさまにはご子息はいらっしゃらないはず……」
「静かに! 新入生が困っているだろう?」
俺たちに続いて教室に入ってきたリアンが場を鎮める。
「とりあえず好きなとこ座り。空いてる席も多いし」
そう言われても初対面の人たちの隣に行くのは少し気が……と、俺が尻込みしている間にもララはずかずかと席に座り始めた。
「わあ、ララさまが来た!」
「あ、ずるーい!」
周囲は黄色い声を放っている。そんな中に紛れる訳にもいかないな……。
「……なにやってるの? こっち、きてよ」
周囲の反応など構うことなく、ララは俺に手招きする。
「い、いや……」
「もー! どうしたの?」
「どこかすみっこの誰もいないところに行きたい……」
「情けないことを言うな!」
後ろから喝を入れたのは、あのエリンだった。
「お、お前が言うか?」
「うるさい! 男らしくしないか!」
そう言われてはっとした。そうだな……俺がシャキッとしないとララまでなめられてしまうかもしれない。
「ララの隣は俺の席だッ!」
ララの隣の空き席に跳ぶように座った。
「はい、危ないことしたらあきまへんよ〜」
柔らかな口調と裏腹に、高速でチョークが飛ばされてきて俺のコメカミにめりこんだ。
「がああああぁっ!」
「ま、新入生くんも来たことですし今日も元気に授業と行きましょかぁ」
シンク先生怖いんだけど……。
「はぁい! シンクせんせー!」
悶絶する俺を差し置いてララは楽しそうにしている。
「元気やねぇ。その調子その調子」
初っ端から粛清を食らってしまったが、この先うまくやっていけるだろうか。
シンク先生の腹の内が探りにくいから余計不安になるな。
とはいえこの学園の教師というからには信用できる人物なのだろうけど……慣れていくしかないのかなぁ。