「えぇと、今日は新入生くんもいることですし、とりあえず基礎的なとこから行きましょかねぇ」
「はい!」
「まずはじゃあ、ジュダストロについて」
「はい!」
「この天界とジュダストロは密接に関係した世界なわけやけど、正確には異世界っちゅうもんやないんよね」
「はい!」
「ちょっと待って……話ちゃんと聞いてくれとる?」
「はい!」
ララが先生の一言ごとに全て大きな声で返事をするため、流石に先生も話を続けていられなくなったらしい。
「ララさま、ここは一体一の授業やないんで、僕が指名するまではお返事する必要あらへんよ」
「んぇ?」
「隣にいるんやから、それくらい教えたったらどうかいな? おにい〜ちゃん?」
穏やかな言い方だが、明らかな殺気を感じる。
「す、すすすみません! 言って聞かせます!」
「ま、初日やしね。慣れんことも多いでしょう。簡単なことからでも覚えていけばえぇよ」
そう言いながら次は無さそうな雰囲気だ……。
「ララ……ここではマジで静かにしてくれ? いいか?」
「わがったっ!」
「はいそれやめて」
早速シンク先生の視線が飛んできたので、急いでその口を塞ぐ。
「そうそう。ええやんなぁ」
「むごんむごん」
何か言いたげにララが唸るが、離してやる訳にもいかない。
「……頼むから、な?」
「むぅ……ん」
ようやく大人しくなったのを確認して手を離した。
「……授業中は静かに。守れるか?」
「……うん。わかった」
良かった。これで俺はチョークショットを受けずに済む。
「さて、それでは話の続き〜。えっと、どこまで言うたっけ?」
「先生! ジュダストロは異世界と違う、というところまでです!」
「あぁ、そやったねぇ」
「ねぇ!! しゃべったらだめなんだよっ!!」
ララが矛盾に気づき指摘する。
「ちゃうねん。あんなぁ……」
「あたしだけしゃべったらだめなの!?」
「いや、そういうわけではないけど、場の空気ってもんがあるんだよ」
「だからそのくうきってなに!!」
ララは気が済まないらしく、俺が抑えても先生にたてつこうとする。
「うぅん……ララさまにはまだわからんのですかねぇ……オトナってのはね、言葉通りの行動をするわけじゃないんですわ。痛かったとしても、気を遣って痛くない〜とかって言うことあらへんかぁ? それもある種では空気を読んどるっちゅうことになる」
「それはなんかちがくないですかっ?」
「ん〜、言いにくいんやけどねぇ。授業中に喋るな、とは言うとらんのよ。邪魔をするなって言うとんのよ」
「じゃ……」
ララは唇を噛み締めて顔を赤くした。
しばらく震えていたが、何も言い返さずに椅子に座った。
「お利口さん。それでええよ。それが空気を読むっちゅうこと。はいじゃあ続きいきまぁす」
この人……相手が女神だろうと全く容赦しないな……。逆に言えば頼りになる気もするけど、ララがかわいそうに思えてくる。みんなの勉強の邪魔なのは確かだけどさ。
「……おにいちゃん、あたし、じゃま?」
ララはか細い声で俺にこっそりきいてきた。
「……邪魔なものか。ただな、ここは勉強する場所。それと同時に人と関わる場所でもある。ララ、お前にそれがわからなくても仕方がないことだ。ただ、オトナってのはそういうしがらみの中で成長していくんだ。お前にもきっとわかるようになる。ただ、最初は誰だってそうなだけだ」
「そう……なの?」
「あぁ。だから今は先生の言うことを聞いておけ」
ララはぐっと表情に力を込めた。しっかりわかってくれたのかな?
「……それでな? ジュダストロはこの天界の下にある大地を示すのであって〜、異世界とはちゃうってことやね」
「し、下にあるんですか!?」
「そうそう。高いから雲ばっかしか見えんけどねぇ、雲がない時にはばっちし見えるよ」
あの異世界はそんな近い場所にあったのか。……ってことは、マークが過ごした十何年は俺たちの真下で、それもたった一夜で進行していたのか?
「ま、今のジュダストロにはな〜んも残っとらんけどね」
「え?」
「あぁ、なんも、は言い過ぎか。残骸くらいはあるんとちゃう?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どしたん?」
「その……見たことがあるんです。ジュダストロを。村があって、大穴ガレフの中にもギルドやダンジョンが……」
「あははは! 見たことあるなんて、おっかしー!」
周囲から笑い声が上がる。
「な、なに?」
「防壁の結界から出られるわけないのにね〜」
「いくら女神さまのお兄ちゃんだからって、そんなのありえないよ」
「それは……」
転生補佐官であることはクラスのみんなにはナイショ……だよな?
「あんねぇ、色々言いたいことはあるだろうけどシエルくん。今のジュダストロには、魔法生物しかおらんのよ」
「え……?」
「人類は……滅びましたぁ!」
少しふざけた感じの口調で、衝撃的な事実が語られる。
「じょ、冗談……ですよね?」
「僕はね、面白くない冗談は言わんよ。んまぁ、人類が滅びたってのはちと言い過ぎだったかな? いるにはいます。……まぁ、新人類というべき存在ですけども」
「だって、じゃあ! あの世界は!」
「……シエルくん。そこら辺については後でじーっくり個別指導したるから、今はええかな?」
「あ……はい」
人類が滅びた……? だって、マークが体験したんだぞ。そのマークとも昨日会ったし……。
まだ俺に知らされていない事情があるのだろう。それをシンク先生は教えてくれるかもしれない。
メリアさんはなぜ俺に直接伝えなかったのだろう。謎は多いけれど、授業を受けていけばわかっていくかもしれない。
とりあえず集中して話をきいていこう。