その後もララは黙って授業を受けきった。
「えらかったなララ!」
授業終了後、やっと肩の力が抜けた様子のララに声をかけた。
「こ、こわかった」
「あれはなぁ……」
シンク先生は既に教室からいなくなっている。今なら思う存分感想を言ってもいいだろう。
「初授業、お疲れ様」
席にリアンがやってきて肩に手を置いた。
「あぁ、ありがとうございます。先生結構怖いなって話してたんです」
「シンク先生か……私もあまり得意ではない。が、相当優秀な人物らしいし、教えることも的確だ」
「それはなんとなくわかるんですが、棘があるというか……」
「生徒も気が引き締まるだろうが……落胆する者も少なくはない。ララ様も、早速意気消沈か?」
「あぁ。怖がっちゃって。でも効果はてきめんかな? 途中から真面目に話聞いてたっぽいし」
「それも彼の手の上と考えると少し寒気がするな」
「はは。そうですね」
「ところで……お前はそんな場所で見ているだけで良いのか?」
リアンは俺たちではない誰かに声をかける。
彼女が声をかけた方を見ると、エリンがいた。俺と目が合うとエトンでその顔を隠す。
「はは、身体が丸見えだぞ。大人しく顔を見せたらどうだ?」
リアンが促すと、エリンはゆっくりとエトンを降ろした。
「べ、別に……見てたわけでもないですし……」
口を尖らせてリアンに反論するが、彼女はエリンの手を引きこちらに連れてくる。
「な、なんですかっ!」
「どうだ?」
「どうって……なにがですか」
「彼と話してみる気はないか?」
「今までのやり取り見てなかったんですか!? 私、暴れますよ?」
堂々とした宣言をするが、リアンはそれを気にする様子もなくこちらを見る。
「悪い子じゃないんだ。仲良くしてやってくれないか」
「先輩に頼まれたら断りづらいですが……本人が納得しないでしょう」
エリンはこちらを睨みつけている。
「エリンはな、少し事情があって偏見が強いんだ」
「先輩!」
「風紀委員に所属させているのも矯正の一環なんだ」
「あぁ〜だからか……」
「先輩ってば! なんで言っちゃうんですかっ! ……ていうか! 今失礼なこと言っただろ!」
「君とは相性が良さそうだから、交流してあげてほしい」
「先輩それ本気で言ってます?」
「ふ、私はいつだって真実しか語らんよ」
だとすると見る目が無いのか? 始まりから終わりまで俺のことを殺そうとしているやつだぞ。
「エリンちゃん、あたしともなかよくしてくれる?」
ララがひょこりと俺とエリンの間に顔を出す。
「ラ、ララ様! それはもちろん……あ、でもララ様とも、というかララ様だけ、というか……」
「だめだよ? あたしとおにいちゃんはセットなの。んで、エリンちゃんはあたしとなかよくしなきゃだめだから……おにいちゃんともなかよくしなきゃだめっ!」
「そ、そんなっ!」
ララも気をつかってくれたのか? なんやかんや空気読めてるんじゃん。
「ララがここまで言ってくれてるんだ。ここはひとつよろしく頼むよ。エリン」
「さん、をつけないかこの無礼者!」
「お前に言われたくねぇんだよぉ」
「なんだと貴様ァ!」
「はいまって。だめだよけんかしたら」
ララが俺たちの間で牽制するように手を広げる。
「ですが!」
「ちゃんとおはなし、した? おにいちゃんほんとはやさしいんだよ」
「そ、それは……」
「思えばお前には怒鳴られてばっかでな。俺もお前のことその印象しかなかったわけよ。でも根に持っちゃいないぜ? 誰かと違ってさ」
「一言多いんだよっ!」
「はは、冗談だ。こうやって話してみるとお前って結構からかい甲斐があるな」
「ばかにして……」
エリンは感情の行き場を失った様子でいじけてしまった。
「悪い悪い。でもなんとなくわかったかも。エリンもララと似てるのかもしれないな」
「なっ!」
「はっは、見事! やはり私の目に狂いはなかった!」
リアンは手を叩きながら高笑いする。
「どーいうこと? あたしがなに?」
「エリンは多分、お前と同じくらいの年齢なんじゃないかな」
「えーっ!?」
「くっ……屈辱だっ! こんなやつに言い当てられるなんて……っ!」
エリンはがくりと肩を落とす。
「学校にいるだけあってララよりも色々知ってはいそうだけど、それでも隠しきれてないよな」
「もう、先輩! もう……私、もう嫌です!」
エリンはリアンを置いて教室の外へ飛び出していってしまった。
「……あの子は不憫な子でな。ある時肉体だけが防壁の外に転送されてしまったことがあったんだ。奇跡的に無事に肉体は帰ってきたが……中身はまだ幼い子どものまま。私も初めて彼女と会った時驚いたよ。街中で年頃の娘が泣きじゃくっていて、話しかけてもまともに受け答えもできない。精神錯乱を疑ったが、話していくうちに幼児退行というよりは幼児そのものであることがわかった。そんな子を見て放っておくこともできなかった私は、学園に連れていき様子を見ることにした。だが何もわからず他者を慮れない彼女は問題行動ばかりを起こすようになった。もとより連れてきた責任は取ると決めていた私は彼女を風紀委員の一員に迎え入れ、共に行動することで指導していくことにしたのだ」
「……んぇ?」
「エリンの中身はお前くらいの子で先輩は指導のために連れて歩いてるんだって」
「ほぇ〜!」
「要約させてすまない……」
「いいんですよ。俺にはしっかりした説明の方がわかりやすかったですし」
「とにかく、彼女の成長は私の本懐でもある。可能な限り君のサポートをするからこちらの面倒もたまに見てやってくれないか?」
「そういうことならありがたくお受けしますよ!」
「本当か! 感謝する!」
リアンは俺の手を取り礼を述べた。
「そうだ。君も風紀委員にならないか? 私の手の届くうちで君を管理したい……じゃなかった。君は優秀そうだからこの学園に大きく貢献できそうだと思ってな」
「お言葉ですが、それは少し遠慮させてください。色々とやることがあるので、それが落ち着くまでは他のことを並行してやるべきでないと思いまして……」
「そうか……残念だが仕方ないな。君にも事情があるからな」
リアンはがっかりした様子でため息を吐いた。
「入りたかったらいつでも言ってくれよ? 君なら大歓迎だ」
「ははは……考えておきます」
さっきなんかさらっと怖いこと言い間違えてたしあんま気乗りしないけど。
「おっと、そろそろ次の授業が始まってしまうな。時間を取らせて悪かった。この後も頑張ろう」
リアンは会話を終えて自分の座っていた席へと戻っていった。