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まほーけんきゅーぶ

「……遅い。なにをしている?」

廊下に出ると早速エリンに睨まれる。

「ま、まぁまぁ。そんなに遅くないだろ?」

「行くぞ」

彼女はつかつかと廊下を進んでいく。

「あ、速」

その後を追って俺も巡回についた。



まず第一に、俺はこの学校についてあまり知らない。

構造もあまりわからないためそれを知るためにも十分参加する意義がある。

風紀委員室は入学前にも訪れていたため印象深い。ここから巡回を始めて廊下を歩く。

ここは校舎の三階。そもそも第5天使アカデミーは三階建ての建物なのでここは最上階ということになる。

三階にあるのは特殊教室と各種委員会室だ。

化学室や家庭科室なんかの定番のものから魔力を用いた技術を磨く魔術室や戦闘を学ぶ訓練室なんかの見慣れない教室もある。

以前訪れた図書館もこの階にあるため、この階だけは見覚えがある。

各教室には部活動を行っている生徒たちもちらほらと見える。

その様子は平和そのものでほのぼのとした空間で天使たちが談笑している。

「文化部の子たちはなんだか楽しそうだ。ケンカするようなことは起こらないだろうな」

 「……それはどうかな?」

エリンが振り返ってほくそ笑む。

「な、なんだよ」

俺がたじろぐと、轟音とともにものすごい光が周囲を満たした。

「おごおぉっ!」

驚いて身をかがめるも、音と光以上の衝撃はなかった。

光が収まってきたところでその出元を探ると、それは魔術室からのものだとわかった。

「そうか、文化部だけかと思ったら物々しい部屋もいくつかあったな」

俺が感想を述べているのも気にせずにエリンはとっととひとりで魔術室に向かってしまう。

「おっ、おい待てい」

急いでそれに続く。

「風紀委員だ。異常な魔力量を感知した。なにをしている?」

エリンは腕章を見せながら魔術室の戸を開ける。

「あっ、やべ……風紀委員来ちゃった」

「もおぉ! 先輩がムチャするからじゃないですかぁ!」

「いやだってさぁ……」

魔術室の中からはやり取りの声が聞こえてくるが、煙が満ちていて中の様子は鮮明に見えない。

「揉めるのは後にしてくれないか? それで、状況説明を頼む」

「けほっ、いやいやぁ! 簡単な魔法研究を行ってたんですけど失敗しちゃいましてねぇ!」

白いローブに身を包んだ丸メガネの男が笑いながら返答する。

その身なりは魔法使いと言うよりかは科学者みたいだ。

「……魔法研究部か。それで? 危険なことを行ったからこうなったのでは?」

「なんでもないんですってぇ! たまたま! ね!」

「……そこの、もうひとりの方。彼の言ってることは本当か?」

姿は見えにくいが、先程男と話していたもうひとりがいるはずなのだ。

その人物にエリンは問いかける。

「あっ……は、はい」

「ほらね?」

「……いや! 動揺が見られたぞ! 捜査させてもらう!」

「大丈夫ですって〜」

ヘラヘラと余裕そうな表情で入口から退く。

「失礼!」

エリンは魔術室に入ってあたりを見回す。

「し、失礼しま〜す……」

俺もそれに続いて中に入った。

「硝煙と焦げ跡……何かを燃やしたか?」

「燃焼魔法の実験ですよ。思った以上に火力が出てしまって暴発したんです。幸い怪我人はいないので問題はないですよ〜」

「先輩、どんどん強くするんですもん……」

「何を言うか! ロマンを求めることは最高火力を求めること! キミにもそれがわかるはずだ!」

「わかりませんけど……」

どうやら後輩にも愛想を尽かされているらしいな……。

「ん? ……そういえば、風紀委員と言いつつ見慣れない子がいるな。いや、見慣れないけど見た事がある。……キミ! 新入生だろう!」

「えぇっ!?」

その声を上げたのは、指摘を受けた俺ではなく、顔がまだ見えてすらいない後輩の方だった。

「ん? なんでキミが?」

「あ、あ……い、いや……なんでもないですぅ……」

「まいいや。それで! キミはもしかして風紀委員になったのかい?」

「ほぼ強制ですけどね。それにあの子はまだ完全に認めてくれたわけじゃないし……」

「口を動かしている暇があるなら違反の証拠を見つけてみろ!」

「わかりましたよっ! ……ってわけで出してくれません?」

「はっはは。出せと言われても出せるものはないのだよ。……あぁ、じゃあ再現して見せようか! それなら納得するだろう!」

「えぇっ! ま、またやるんですかぁ?」

「やるんだ! やってやるんだ! 次はもっと強い火力を……!」

これ以上大きくなったら更に騒ぎになるぞ……。

「ま、まぁとりあえず見せてもらいましょうか。エリン、それでいいか?」

「……ふん。構わん」

「許可もいただいたことですし〜! やってきますかぁ!」

男は手を前に出す。

するとその手の周囲が陽炎のように歪み始める。

さっきのおちゃらけた雰囲気とは打って変わって静かに集中している様子だ。

「……はぁっ!」

差し出した手を握りしめると、男の前方に大きな光球が現れる。

それはゆっくりと床に近づいていき……床に触れた瞬間に周囲に轟音とともに閃光が放たれる。

「おごおぉっ!」

これは紛れもなくさっきのやつ!

「……うーん、残念。やっぱりこれ以上の火力がなぁ」

まだ納得いってなさそうだがさっきの火力を再び放たれたせいで室内は更に煙が充満してなんにも見えない。

「なるほどなるほど……確かに魔力のみだ。だが! 魔術室内と室外とでこの魔法の威力はあまり変わっていない!」

「はっ!」

男は驚いた声を上げたが、俺にはちょっとよくわからない。

「……つまり?」

「魔術室の魔素障壁を起動していないなッ!?」

「い、いやいやいや! だってそれはさっきポポに……」

「……あっ」

「……今、あって言った? ねぇもしかして障壁つけ忘れたのぉ!? さっき先輩がムチャするからぁ〜! とか言ってたクセにぃ!?」

「そ、そんなヘンな言い方してないですしっ!」

「言い方はいいの! 忘れたんでしょ! もおおぉ〜! これじゃあこっちが悪くなっちゃうじゃんんん!」

男はさっきの余裕とはかけ離れた取り乱し方をしている。

「見苦しいぞ! つまりこれは違反行為ということでいいな!」

「はいはいはいそうですよ! ケアレスミスですけどね!!」

「す、すみません……」

「では罰則を執行することになるな!」

「く、くぅ〜……」

「お、おいおい罰則って物騒だな……風紀委員はそんな血なまぐさいことするのか?」

そういえば初めてこいつに会った時も殺されそうになったしな……てことはこの部長っぽい人処刑されんの!?

「エリン! 考え直せ!」

「は?」

「命はおもちゃじゃないんだぞ!」

「子ども扱いするなと言ったはずだ。私がそんな乱暴に見えるか?」

身に覚えがありすぎるんですよ。

「部活動における罰則は反省文の提出と今後の活動改善を誓ってもらうことだ」

「思ったより軽いな」

「それならキミが書いてくれよ反省文っ!」

「部員でもないし……」

「せ、先輩……ミスをしたのは……」

「あぁキミだな! ……だが責任を負うのはワタシの役目だ。心配することはない。わざとらしく言ってみたけどキミを責める気持ちは微塵もないよ」

「先輩……!」

「あ、そうだ。一度室内状況リセットしとかないと。煙たくて仕方ないもんね」

男が何かをしたようで、瞬時に煙が晴れた。その上燃えたであろう室内まで元通りだ。

「えっ! すごいですねこれ!」

「魔術室だからね。えっ、もしかしてキミ興味ある?」

「あっ、えっと……」

この人もスカウトしてくるタイプか?

「……興味、あるんですか?」

もうひとつ呼びかけてくる声が。これはさっきまで顔が見えなかった方の部員だろうか。煙が晴れたので今なら顔が見えるだろう。

「んー、興味……」

適当にあしらおうとしてその声の方を見た途端、息を呑んでしまった。

「あ……今朝ぶりです……へへ」

控えめに手を挙げながら俺に挨拶したのは、今朝会ったあの少女だったのだ。

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