そして、その日は来た。
「いよいよ今日、ガレフに挑戦するんですね」
「ええ。ルルーさん、今までありがとう」
まだ基礎程度ではあるが、冒険者たちと並べる程には成長できた。
「餞別にこれを」
ルルーさんは、私にぴったりのサイズのカバンを渡してくれた。
「これって……」
「いっくんと選んだんですよ。ね?」
「うん……ニャコさん、帰ってきてよ。僕、待ってるから」
「ジェイクに言われなくたって、私はシンジのためにも帰らなきゃだし〜」
「もぉ! それはそうだけどー!」
「ふふ、いっくんも寂しいんですね」
「そりゃあね。ニャコさんと居られて、僕、楽しかったから」
「ジェイク……」
ルルーさんのところにはひと月ほどいさせてもらったが、ふたりとも温かく私を迎え入れてくれた。
訓練はそりゃ楽しいばかりのものではなかったが……それを差し引いてもここは第二の家と言えた。
「おっと、そのカバンにはノーフを入れてあるんです。出してみてください」
「ノーフ?」
カバンの中を見てみると、樹に機械が組み込まれたみたいな見た目の板が出てきた。
「えっと……」
「これは通信装置を兼ねる情報端末です。色々なことができますので是非お使いください。ノーフへの道もそれで出てきます」
「すっごい……」
一通りノーフの使い方をきいた。
「すごいけど、こんなのもらっちゃっていいの?」
「本当は隊員にはすぐに配布されるんです。でもあなたは前例のないカタチだったので保留になってたんですよ。しかし、胸を張って言えます。あなたは立派なアンシェローの隊員です」
「ルルーさん……!」
「では、行ってらっしゃい。道は厳しくとも、その先には必ず光があるはずです」
「はい!」
「ニャコさん、がんばってね!」
「うん! ジェイクもね!」
ジェイクはガレフに行くのは乗り気じゃないらしい。他人が行くことを止めるまでではないが、複雑な事情があるらしい。
それでも彼は、強くなろうと日々鍛錬をしている。
小さな身体は見た目以上に鍛えられているのだが、地上の魔法生物の調査の仕事についているらしい。
……そんなジェイクの頑張りも知っているから、私ももっと頑張ろうと思えた。
私を信じてくれる人、応援してくれる人のためにも、私は使命を果たしたい。
「……じゃあ、行くよ」
「うん! またね!」
「寂しかったらいつでも連絡くださいね」
そして私は、館を後にした。
初めて出るフリディリアの外。
清らかな風の吹き抜ける、広い広い草原が見渡す限りに続く。
街の人たちは、恐ろしい場所だと言っていた。
しかしここは、聞いた話よりもよっぽど美しかった。
「やっぱり自分の目でみないと何もわからないんだ」
すーっと息を吸い込む。
澄んだ空気は、街のものよりもよっぽど綺麗で気持ちよかった。
「はあぁ、なんか、すっごい開放感……」
街を彷徨っていた時も、家に住まわせてもらっていた時も、味わうことの出来なかった自由。
今の私は、私だけの私なのだ。
使命はあれど、行き先を決めるのも、何を成すのかも私次第。
こんな日が来るなんて、予想もしていなかった。
でも今は、漲る自信と魔力に満ちている。
なんでもできそうだ。
スキルだって早く使ってみたい。
ただ……この広い草原には他の魔法生物の影を見つけられない。
まだ街の近くだからだろうか……。
「とりあえず、進んでいくしかないか。……ていうかガレフまでかなり距離あったと思うけど、どうしよう」
人の身よりは早く動けるだろうが、そもそも体躯が小さい私は走り続けたとしてもそこまでの距離を移動できる気はしない。
となれば……。
「早速魔法の出番ってわけね」
移動に長けた魔法。身をさらに軽く、素早く、そんな上昇効果を付与する魔法がある。
「ハイス!」
集中して呪文を唱えると、私の身体はスっと浮くかのように軽くなる。
そして脚は止まることを許さないように疼き出す。
「よおおおぉし!」
脚を踏み出す。そしてまた次の脚も、またその次も。それを一秒に満たない感覚で何度も繰り返せる。
まるで風になったかのように私は神速で駆けていく。
「絶対やってやるんだから!」
疲れも知らぬまま走り続け、次第にガレフの大穴が視界に入ってくる。
人の身や乗り物でさえ相当な時間をかける距離を、半日も経たずに移動してきたのだ。
「はっやいなこれ……しかも全然疲れてない。なんか、あの大穴に近づくほど、さらにチカラも湧いてくるし……」
魔法は大気中の魔素の影響を強く受ける。
修行の際に学んだことだ。
魔素の発生源があの大穴ならば、当然その周囲や中には魔素が満ち満ちているだろう。
魔素感応量の多い私にとってはここで戦うことは有利もいいとこだろう。
「なんかもう負ける気がしないかも! 待ってなさいよガレフ! 私がすぐに暴いてやるんだから!」
大穴の入口は緩やかな傾斜になっていて、そこにはいくつもの洞窟が見えた。
この中のどれかひとつを選んで入るらしい。
それが第一の試練。
そこを抜けてからが本番なのだという……。
「今の私を止められるものはなにもない! 近くにあったこの洞窟に攻め入るぞぉ!」
テンションの上がりきった私は、そのまま手近の洞窟に突っ込んだ。
しかし、ここはもうガレフ。慎重になることを忘れていたのは、私の慢心が招いた大きな間違いだった。