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強制服従

……意識が戻る。

私は……死んでいないようだ。

だが、さっきと景色が違う。随分と薄暗い……平原にいたはずだったのに。

身体は……動かない。動かそうとするとまた痛みが広がる。どうやらまだツタで身体が縛られているらしい。

よく見ると、私の周りは大量のツタで覆われているようだ。

ツタでできた球体の中に閉じ込められている、といったところか。

すぐに殺さなかったあたり、明確に何らかの意思があるということか……?

「ご苦労さま」

その時、突然声が聞こえた。

「ん〜、今回の獲物は……ちっさそうねぇ。ま、なんでもいいけどぉ」

獲物ってことは……やはり捕食目的で私は捕らえられたのか!?

このままではまずい!

だが、身体をよじらせても事態は好転しない。それどころか……。

「あら! 意識があるのね!」

そいつに気づかれてしまったようだ。

「んふふ、活きがいいのねぇ。さ、みんなちょっとどいて」

その言葉を受けてか、球体を形成していたツタが一斉に退く。

ツタは半球体になり私は頭だけ出される。

「あ、なぁんだ。ヴィヴィかぁ。こんなとこに迷い込んじゃったってワケぇ?」

そこにいたのは、全身が緑色の少女だった。その髪はツタになっており、胴から下も触手のようにうねるツタが無数に蠢いている。

その少女は私を見て心底残念そうにため息をついた。

「こんなのおやつにもならなぁい。アタシはね、イケてるお兄ちゃんが食べたいっていつも言ってるでしょ?」

私を捕らえているツタたちが項垂れるように下を向く。

「でもなぁ、最近ニンゲンはなかなか食べられないのもわかってるし。こういう迷い込んだ子で我慢しなきゃならないのもわかってるのよね。あーあ、アタシもいつかニンゲンが食べてみたぁい」

それは普通のわがままな女の子のようだった。だが、今の私は皿の上に並べられた料理と同じだ。ニンゲンの食卓に並べられている状況と何ら変わりは無い。

「ヴィヴィちゃんってかわいいからあんまり食べたくないんだけどねぇ」

……! そうだ! それを利用するんだ!

「……む、にゃん……」

塞がれた口を精一杯動かしてなんとか声を上げる。

「あら?」

「……にゃ……」

「ヴィヴィの鳴き声ってかわいいのよねぇ。ちょっと聴かせてもらおうかしら」

そう言ってその少女はツタの拘束を弛める。

口許が解放され、身体も少し動かせるようになった。

その程度の弛緩ではとても逃げることはできないだろう。……普通ならば。

だが私にはこのくらいの隙があればできることがある!

「ゴロニャーム!」

相手の事情など知ったことではない。

私は今まさに捕食されようとしているのだから!

ポーズとともに詠唱した私からピンク色のオーラが放たれ、少女を包み込む。

「ひっ、な、なにこのヴィヴィ!」

少女はすぐに私を離そうとしたが、もう遅い。

「な、なにかが……入ってくる……ぅ……」

頭を抑えて下を向いたと思ったら、少女は虚ろな目に変わり再び顔を上げた。

「……効いた?」

「ヴィヴィ様。あなたがアタシの主人です」

周囲のツタが全て解かれ少女は私に跪く。

「私はニャコよ。あなたは?」

「アタシはヴァイン・ヴァインのリボンです」

「リボンちゃんっていうんだ」

「はい」

「……なんか無機質だなぁやっぱり。さっきの感じだともう少し話せそうな子だったけど」

「……」

ゴロニャームを使うとみんなこうなっちゃうのかな。

「あ、ねぇ、普通に話せない?」

「……意識レベルの解除を行いますか?」

「えっと、なにそれ?」

「リボンの記憶と意思を解放して会話を行えるようにします。なお、命令には絶対服従となり主人には逆らえません。不要であればあらゆる感情を排除することも可能です」

「な、なんかよくわかんないけど会話ができるってことね」

「はい」

「じゃあ、それ! 解除して」

「了解しました……」

そういうと再びリボンは数秒動かなくなり……急に身震いした。

「うわわっ! な、なに……? アタシ、どうなっちゃったの……?」

「油断したわね。私はただのヴィヴィじゃなかったってこと」

「さっきのヴィヴィ! 喋ってる!? というかいつの間に逃げちゃったの?」

そう言ってリボンが手を伸ばそうとすると……。

「く……あっ! な、なにっ! これぇ……!」

突然身体が硬直して震え始める。

「いや、いやいや……やだ! やだぁっ!」

身を捩り始めて、リボンは叫び声を上げる。

「ど、どうしたの?」

「わかんない……わかんないよぉっ!」

私に危害を加えようとしたと判定されたからなのか、リボンは何らかの制裁を受けているようだ……。

「ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」

そう言ってリボンが地に伏すと、ようやくその震えは収まった。

「……ふぅ……ふぅ……な、なんなの……あなた……」

「私は……あなたを支配した。もうあなたは私に逆らえない」

「なによそれっ! そんなの……あぁっ!」

否定しようとした瞬間リボンの身体がびくんと揺れる。

「……どうしよう、こんなの……もうアタシ、どこにも行けないの? そんなのやだよぉ……」

……やっぱりちょっとかわいそうだな。

でも私も死ぬところだったんだから、弱肉強食だよね……。

「リボンちゃん」

「なっ、なんでアタシの名前知ってるのぉっ!」

「さっきあなたから聞いたの」

「言ってない!」

「今のあなたはね。さっきまであなた、感情も全部なく私に従うだけだったわ。……そうしてしまうこともできるみたいだけど?」

「ひうっ! や、やめ……やめて……アタシ、まだ死にたくない……!」

「私も殺されるわけにはいかなかったから……」

「だからって……いや……そっか。私が食べてきた子たちも、みんなそうだったのか……」

リボンは急に悟ったように上を見上げる。

「ごめんなさい……わがままだった、アタシ。こうなることだって、普通にあることなんだってママ言ってたもん……」

そう言うとリボンは脱力したように座り込む。

「……さあ、やりなさい。アタシはもう、どうすることもできないから」

リボンは死を受け入れたかのように大人しくなった。

だが、当然私は命を奪うつもりはない。

「リボンちゃん? 私に手を貸してくれない?」

「え……」

「あなたが望むようなニンゲンは食べさせてあげられないけれど、きっともっと美味しいものはたくさんあるはずよ。こんな狭い場所にいるんじゃなくて、私と一緒に外へ行きましょうよ」

「……どうせ拒否権ないんでしょ」

「ううん、あなたが望まないなら私、解放するわよ。命を護るためにこれ使っちゃっただけだし」

「い、いいの……?」

「うん。無理強いはしない。でもあなたの能力、きっと役に立つなって思って。……どう?」

「……アタシが、役に立つ?」

「うん。ツタを自由に操れるなんてすごい! 私だって一番はじめから死にかけちゃったし」

「あなたが弱いからじゃないのぉ?」

「そーいうこと言うんだ?」

私は壁に向かって大きな火球を放った。

それは茂みの一角を一瞬で焼き焦がした。

「身体さえ封じられなきゃあなたもあぁなっていたかもしれないわね……」

「な……生意気言いました……」

どうやらリボンはわかってくれたようだ。

「それで? どうする? ほんとに無理強いはしないけど」

「アタシ、まだ全然成長してないけど……それでもいいの?」

「え、これで? なおさらいいよー! もっと強くなるんでしょ?」

「そ、そう? えへ……じゃ、じゃあちょっとくらいチカラ貸してあげても……いいけど……」

「決まりだね! 私はニャコ! じゃあこれからよろしくリボンちゃん! 」

「ニャコ……様?」

「そういうのはいいよ! 友だちになろ!」

「友……だち?」

「うん! 最初のお友だち!」

「ア……アタシも。最初……」

「え、そうなの?」

「こんなとこ、誰も来ないし……来てもコロシアイだもん……」

「それならやっぱりこんなとこ出て正解だよ! ね!」

「そうかも……よかった、のかな?」

「うんうん!」

まだ困惑した様子ではあるがリボンはやがて慣れてくれるだろう。

強力な仲間を得ることもできたし、きっと踏破することができる!

……と、また慢心しそうになった気持ちを抑えつつ、リボンとともに先へ進むことにした。

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