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看板娘たち

リボンはもう待ちきれないといった様子だった。

「お腹空いたっ! お腹空いたっ!」

隣から漂ってくるおいしそうな香りに、ヨダレを垂らしながら腹を鳴らして喚いている。

「はいはい。……ん? でも確か……」

「わああぁ〜」

リボンはカウンターの方へと飛び出していった。

「あ……」

私が追いつく頃には、もう既にカウンターにいるおばさんに食いついていた。

「ごはんっ! ごはんっ!」

「ははは、こりゃまた面白いお嬢さんが来たもんだね」

私はすぐにリボンを引っ張るとおばさんに謝罪する。

「ご、ごめんなさい。この子うちの子なんです」

「おや! ヴィヴィが逆に飼い主だって! はははっ! これまた面白い!」

おばさんは笑い声をさらに強める。

「でもごめんなさいおばさん……私、お金を持っていないの」

「なぁんだそんなことかい! 構わないよ! 新人さんの歓迎だ!」

「えぇっいいの!?」

「こらリボン、悪いよ……」

「気にしなさんなって! あたしはアルコ。次また食べに来てくれたら嬉しいからね!」

おばさんは本当に気前よくご飯を振舞ってくれるようだ。

「あんたたち! 案内したげな!」

その合図を聞いてか、左右から二人の女の子がやってきた。

「えー、なになに? この子冒険者?」

「か……かわいい」

私は落ち着いた雰囲気のある子の方に抱えあげられてしまった。

「お客様だからね。丁寧におもてなしすふんだよ」

「わかってる……」

そう言いながら私の背中に頬ずりしてくるんだけど……。

「ちょ、ちょっと、近いって」

「わ……ほんとに喋るんだ」

「魔法生物だったら普通なんじゃないの?」

「ヴィヴィは……普通は喋らない。もともと喋らないのが喋ったら……やっぱり珍しい」

「そう言われればそうかぁ」

「ていうかぁ〜? カルア、そんな子を抱えちゃっていいの〜?」

「む……」

背後から、誰かが近づいてきた。

「カ、カルちゃん〜! な、なにやってるんですかぁ〜!」

カルアと呼ばれた女の子が私を抱えたまま振り返ったのでその人物が目に入った。

しかしそれは人……ではないのだろう。頭にはケモノの耳、おしりにはシッポが生えている。

そんな女の子がちょっと怒った感じの目つきでこちらを見ている。

「カルちゃん! モフモフはオレがいるじゃないですか!」

「ごめん……フィーちゃん……」

私はそっと床に降ろされた。

「え、ふたりはそういうカンジ?」

リボンが嬉しそうにふたりを見比べる。

「……そ、そうですケド」

フィーちゃんと呼ばれた獣人は恥ずかしそうに肯定する。

「え〜、やっぱりそうなんだ〜! 大人しそうなのに結構やるんだね〜」

「……フィーちゃんは、トクベツ」

「きゃあ〜!」

リボンちゃんも流石は女のコといったところか……。

「あんたらはやく案内したげなよ」

「あ〜はい! こっちです!」

獣人の子は先程は少し怒っていたような気がしたが、もうさっきとは真逆の笑顔で私たちを案内する。

……この天真爛漫さは確かに可愛らしいかも。

「お客さん、これからもご贔屓にね! ほら挨拶!」

明るい方の女の子が落ち着いた方の女の子の肩を叩く。

「……カルア」

……そ、それだけです。

「オレはフィーナです! 新人ですけどね。オレたち、一緒ですね!」

柔らかい笑顔を向けられると、暖かい気持ちになる。この子はきっとそういう魅力があるんだろうな。

「私はアビー。カルアのお姉ちゃんよ」

こっちの強気な方はお姉ちゃんなんだ。

「家族経営なの?」

「そう……みんな、家族なの」

「カ、カルちゃ〜ん。オレたちまだ家族にはなってないですよ〜?」

「……なる」

「カルちゃん〜!」

はい、とりあえずこの子たちはスルーしてこっちも自己紹介しないと。

「私はニャコ。こっちはリボン。ルルーさんって人のとこで学ばせてもらってて、ここに来たの」

「えっ! ル、ルルーさん!?」

それを聞いて一番驚いていたのはフィーナだった。

「そ、そうだけど」

「わぁーっ! そうなんですか! ねぇねぇ! ご主人様のこときいてないですか!?」

「ご、ご主人様……?」

「いきなり言ってもわからないわよ。それにルルーさんだってそう簡単に他人のこと喋ったりしないでしょ……」

「あ、マークさんって人のこと?」

「……しゃべってるよ」

「なっ! なんで!?」

「ていうかやっぱりご主人様のこと知ってるんですね!?」

「なんか、普通にするんだとかなんだ……」

「そう! そうなんです! それはもうすごいんですよ! ご主人様はなんでもかんでも普通にしちゃうんです! それが使えなくなっても自分のチカラで普通を目指して……! オレ、ずっとそのお手伝いをさせてもらってたんです!」

フィーナは興奮気味に話し始める。

「お手伝いって……お料理とか?」

「あぁ、違う違う。この子も冒険者だったのよ」

「えっ、フィーナちゃんも!?」

「えへへ、全然活躍できなかったですけどね……」

「そんなこと……ない。フィーちゃんは……ずっとがんばってたよ」

「カルちゃん……!」

「この子達も色々あったから許したげてよ」

「アタシ詳しくききたいなぁ〜」

リボンはさっきからこのふたりに興味津々な様子だ。

「ながいよ〜? 初めはフィーナ、カルアのこと避けてたんだから」

「え〜!?」

酒場の女の子たちやマークとの思い出話を聞かせてもらいながらご飯をご馳走になった。

……正直こんなに賑やかな食事は生まれて初めてだ。

迷宮は大変なことも多いだろうが、こんな安息の地があるのなら悪くないかもしれない。

まだ何を目指すのか、それも決まっていないけれど……あの街で何もできずに過ごしているよりはよっぽど充実しているように感じられる。

私にもできること……見つかるかな。

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