「おふたりとも……申し訳ございません」
階下に降りた私たちを待ち受けるようにしていたルルーさんが頭を下げてくる。
「ルルーさん! や、いいんです! 私たちも理解し合えたというか……」
「ねっ!」
「そうですか? しかし私も思いやりがないとはよく言われるもので……反省すべきことです」
「ルルーさんの厳しさは優しさからでしょ? 私よくわかってるよ!」
「ニャコさん……どっかのいっくんと違って素直ですね……!」
「あの子はまたちょっとガンコなとこあるもんね……」
「まぁそこがかわいいんですけどね」
「はは」
「ね、誰?」
「ルルーさんと一緒に暮らしてた時にもうひとり一緒にいた子がいるの」
「へぇ! 今度会いたいな!」
「ニャコさんの友達なら大歓迎ですよ」
「やったぁ!」
「そういえばニャコさん、ゴロニャーム使用中に身体に異変はありませんでしたか?」
「え? ……なかった、と思うけど」
「そうですか。ガレフが魔素に満ちた場所とはいえゴロニャームを使用しながら魔法を使えば体内の魔素が枯渇する可能性があります。大気中の魔素と違って体内の魔素はそう簡単に回復しないので、無理はなさらないよう」
「わかった。気をつける」
「いっくん相手だとこういう説明も聞かないことすらありますからねぇ……あの子をガレフに連れて来れない理由のひとつです」
「頑張ってはいるんだけどねぇ……それに魔法生物保護派みたいだし」
「聞きましたか?」
「そんな風なこと言ってたよ」
「……ニャコさんには話しておくべきですか。あのことを……」
「え? なになに?」
「……アミィ・ユノンについてです」
ルルーさんが勿体ぶって口に出した名前にはどこか聞き覚えが……。
「あー、アミィってこの世界でトップレベルにすごいっていう……」
「知ってるんですか!?」
ルルーさんは話を遮られて少し悔しそうに驚く。
「う、うん。これも聞いた」
「むむ……私の仕事を奪いやがる輩がいるようですね……」
「あ、その人ルルーさんのこと知ってたよ」
「私のことを知ってる者には心当たりがたくさんあるのですが……わかりました。ここにいて話をしたというのならば最も該当する者がいましたね。えぇ……フィーナさんでしょう」
「あ、そうそう」
「説明が省けるのはラクですが、肝心なとこまで言われてしまうのは癪ですね……」
「いいじゃない別に」
「良くないですよ。いいですか? 教える立場の者と言うのは……」
「あぁ、はいはい。そういう話はいいですよ」
「ナマイキになっちゃって……どっかのいっくんみたいです」
「これに関してはスキップしていい話でしょ〜?」
「……ま、いいでしょう。アミィ・ユノンという存在がいることはきっともう少ししたら自分でもよくわかるでしょうし。そして伝えたかったことは、いっくんはこのアミィ・ユノンと親交があるということです。アミィ・ユノンは魔法生物側の存在なので、彼はそれに絆されて魔法生物を保護しようとしているわけです」
「ふぅん……じゃあ私もそうしようかしら」
「アンシェローの隊員がそんなことを言ってどうしますか」
「私知ってるよ。アンシェローにも結構保護派がいるでしょ」
「く……知識を与えすぎましたか……」
「まぁルルーさんのこと好きだし、ちゃんと言うことはきくけどね。それに、そんな甘ちゃんなやり方で踏破できるほど簡単じゃないってわかったし」
「ニャコさん……流石です。それでこそ私の弟子……!」
「私はもう結構時間を使っちゃったから、多分あんまり残ってないと思うだよねぇ。だから、できるとこまではやりたいんだ。簡単に死んじゃってもやだし、踏破できずに手をこまねいてる暇もない。だったら先に進むしかないよねって」
「……えぇ。期待してますよ」
ルルーさんも、きっとわかってはいる。
私はヴィヴィだ。人間じゃない。
恐らくあと数年もすればその天寿を果たすことになるだろう。
ただそれは普通のヴィヴィの場合。
明らかにヴィヴィの負担をオーバーした能力の私には、もう幾許かしか時間はないのかもしれない。
それまでは、どんな手を使ってでも進まなきゃ……。
「でも、ニャコさん。この冒険を終えて、シンジさんの許に戻るんですよ」
「……うん」
「……諦めてませんよね?」
「…………あ、当たり前じゃん! だって約束したし!」
「がんばりましょうね。私も全力でサポートいたしますから」
「ありがとう、ルルーさん」
「エート……アタシ、よくわかんないけど……アタシもニャコちゃんのこと、絶対助けるから!」
もはや蚊帳の外な程話についていけていないリボンは、それでも私に励ましの言葉を投げかけてくれる。
「ふふ、ありがと。リボンちゃんを連れてきてしまった責任は、私にもあるから……」
「そんなのっ……」
「あるの。今はいいけど、あの時は完全に不意打ちしたもの」
「しかしニャコさん。これからはそれをもっと冷酷な方法で使わなければならない時も来るかもしれませんよ」
「……その時は来るかもしれないけれど、それでも私は、責任を負わなきゃならないよ。命を奪うことも、救うことも、私が勝手にやることだもの」
「そんなではまた罪悪感に苛まれますよ」
「当たり前じゃない。それでも進むことを選んでるんだよ。私は喜んで相手を殺すようにはなりたくないし、偽善で誰も彼も助けて回るようなことはしたくない。それだけのことよ」
「……なるほど。確かにそうかもしれませんね。私にはフリディリアを護る使命があり、そのためには手段を選びませんでした。何かを犠牲にすることも、牽制のための見せしめにすることも。ただそれは必要だったから。愉悦で行ったことは一度たりともありません。きっとあなたも、それと同じだと言ってくれるでしょう?」
「もちろん! ルルーさんがそんな人じゃないってことはわかってるよ。……一部の人からは恐れられてるけど、悪いとこしか見てないんだから」
「……ふふ。やはりあなたには敵いませんね。私の方が救いを求めてしまいそうです」
「あははっ。いつでもどうぞ?」
「……ナマイキですね」
言葉とは裏腹に、ルルーさんはたまらなく嬉しそうに笑った。