──
「やっぱり……これが俺たちの運命……なのか」
彼は私の目を見つめながらそう言った。
誰も見ていない大きな橋桁の下で二人きり……。
お互いに濡れた体で、髪を触りあっている。
男の子とこんなに近づいたことがなかった私はそれだけで緊張して震えてしまっていた。そのうえ……。
「私たちの、運命……?」
ロマンティックな響きに、私の胸がときめきを覚えた。
「……私たちの運命って、何……? 教えて──」
ドキドキしながら尋ねると、彼の手がそっと私の肩に触れた。
びっくりして心臓が跳ねる。
「よく聞け、七瀬」
「は、はい……」
そして彼は、超マジな目をして私に言った。
「このままいけば、お前は100日後に──」
死ぬ。
「
突然、聞き慣れたお母さんの声が乱入してきて、私は彼から乱暴に引き離された。
「あんた、いつまで夏休みのつもりなの? 早く起きなさーい!」
「へっ……?」
さっきまで橋の下にいたのに、いつの間にか私は自分の部屋のベッドの上にいた。状況が分からない中、慌てて起きあがろうとして手を滑らせ、ベッドから落ちる。
「いったあ……」
腰に激痛が走って、無我夢中で布団の端を掴んだら枕元に置いてあったスマホが落ちてきた。
9月15日(月)
ホーム画面に表示された日付が私の目の前に迫り、バチンとおでこを叩いた。
目の前がスパークして、完全に目が覚める。
「いたたた……」
ついてない。
今の衝撃で、さっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまった。
ちょっとドキドキするような……だけど、最後はちょっぴり怖い夢。
何だったんだろうな。気になる。
私はそっと起き上がった。ハンガーにかけられた制服を見て、そのスカートのポケットに手を入れる。
あった。
昨日の彼にもらった、満点コークのボトルのキャップ。
昨日のことも夢だったんじゃないかと一瞬不安になったけど、ちゃんとこれがあって安心する。また会えるように願いを込めて、取っておいたんだ。
昨日は名前や連絡先を聞くこともできずに別れちゃったけど、今度会えたら絶対に友達になるんだ。
「朱里ーっ! 早く起きなさいってば!」
「はいはーい」
催促がうるさいので、私はキャップをそっと元に戻した。
『本日も猛暑日となる予報です。この暑さはしばらく続きそうですね』
朝ごはんを食べにリビングへ降りると、テレビからお天気お姉さんの声が聞こえてきた。
「やだね。今日も暑いって! 夏休み延長してくれないかな。あ、お姉ちゃんおはよう!」
私の足音に気づいて、一歳下の妹の
「お姉ちゃん、大丈夫? すごい音がしたけど」
「う、うん大丈夫! ベッドから落ちちゃっただけ」
私は朱音の左隣に座った。ここが私のリビングでの定位置だ。
「ドジだなあ。ファンが泣くよ?」
「そんなのいません」
「でもまたフォロワー増えてるよ」
朱音が自分のスマホを見てニヤリとする。
「ウチの美姉ネタ、めっちゃいいねつくんだから。すごい人気」
「ちょっと! 勝手に私のことをネタにしないでよっ」
「ほら、昨日投稿したやつも『可愛い』ってコメントいっぱいついてる」
私が満点コークを飲んで幸せそうに笑っている写真だ。
「こんなの、いつの間に……恥ずかしいなあ」
知らない間に投稿されていた私の写真はネットの海で拡散されて、顔も知らない相手からの賛辞を受けているようだ。そのことを、私よりも妹の方が何故か喜んでいる。
「シスコンすぎ」
「だって、自慢のお姉ちゃんなんだもん」
「お願いだから、
「分かってますって!」
朱音は罪のない笑顔を見せた。
私にとっては朱音の方が可愛いと思うし、自慢なんだけど──世間一般の認識によると、私はどうやら「美少女」というカテゴリーにいるらしい。
そのことを知らなかった幼少期の頃から、なんか私だけやたらと注目されて嫌だなあと思っていた。良いことをするのにも目立たないように気をつけているのはそのせいだ。
これで才色兼備ならいいんだけど、成績は普通。いや、数学はかなり悪い。英語も。あ、理科も。運動は人並みで、歌は下手かな。
つまり容姿以上に自慢のできるところは特にない、悲しきヘタレなのだ。そんなことを知らない人たちからいくら褒められてもあんまり嬉しくはない。
「そうだ……昨日の写真にコメント来てるんだよね。ちょっと見せて」
私はふと思いついて、朱音のスマホを借りた。コメントをスクロールして読んでみる。昨日投稿された私の写真は、彼と出会って直後にひとくち飲んだ満点コークを大事に持ち帰ったあと、幸せに浸りながら家で再びゆっくりと味わった時のものだ。
もしも昨日の彼が私の写真を偶然目にしたら、コメントを残していてもおかしくない。
溢れかえる「可愛い」コメントを指先だけで画面から消していく。
すると、その中でちょっと怪しいコメントを発見した。
『あれ、そんなに美味しかった?』
「こ、この人誰っ⁉︎」
「誰って聞かれても……本名使ったアカなんてほとんどないよ。私だって『シュリ』ってハンドルネームだし」
「シュリ?」
「漢字で書くと
身バレしないように気をつけてるもんねーと朱音は偉そうに胸をそらしているけど、それじゃ私の個人情報の保護にはなってないじゃないかと思う。
「もう、とりあえずそれはいいから、この人からはよくコメント来るの?」
「この人……
「
「読み取り専用、つまり見ているだけの人のこと。通りすがりに反応しただけかもしれないし、ずっと前からチェックされてたけど今まではコメントしてなかっただけかもしれない。つまり、どのくらいお姉ちゃんに興味があるのかは全く分かんないってこと」
「あんたたち、喋ってないで早く朝ごはん食べなさい! また遅刻するよ? 特に朱里」
お母さんに睨まれて、私は眉を下げた。
「入学式の日だって余裕を持って行ってれば遅刻しないで済んだのに」
「あれは目の前で妊婦さんが産気づいたから……」
「人助けしたのは偉いけど、自分の未来のこともちゃんと考えなさいよ」
「はいはい、分かりましたよっ」
私は目玉焼きを食パンにサンドして大口を開けて食べた。
「イメージダウンになるから学校でもその食べ方しないでね」
「だってこれが一番食べやすいんだもん」
「もう、せっかくの美少女が台無し!」
文句を聞き流し、私はまた慌ただしく家を出た。今度こそ駅で電車の定期を買い、学校へ向かう。
美少女なんて面倒くさいだけだ──と思っていた。昨日までは。
だけど。
立ちっぱなしの車両の中で、私はスマホを取り出した。妹のアカウント「シュリ」をフォローして、Ko-kiさんのコメントを読み返す。
私のこの顔のおかげで昨日の彼とまた出会えるチャンスができるなら……美少女に生まれた甲斐もあったかも。
Ko-kiさんが昨日の彼なのかはまだ分からないけど。
もう一度会いたいな。
でも……彼は今いったい、どこにいるんだろう。
移りゆく車窓の空に、私は果てしない恋心を馳せた。