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第3話 窓際のぼっちくん

 ──



「編入生?」

「うん。恵麻えま花音かのんなら知ってるかなと思って。最近うちに編入してきた人の噂、知らない?」

「知らなーい」


 教室に着くと、私はさっそく情報通の友達に彼のことを聞いた。

 ST(朝の会)が始まるまでの間、こうしておしゃべりをするのが私たちの常だ。


「そっかあ。見たことない人だったから、九月から入ってきた帰国子女かなあ? と思ったんだよね。でもそんな人だったら絶対に噂になると思うし……何より顔がめちゃくちゃイケメンで。一度見たら絶対に忘れられないと思う!」

「そんなに? 朱里あかりがそんなこと言うの珍しいね。だってイケメン嫌いじゃん」


 小学生の頃からの幼なじみの乃亜のあが驚いた顔を見せた。彼女は美人でスタイルも良くて、異性だったら絶対にお付き合いしたいくらいの男前な性格をしている、自慢の親友だ。


「嫌いなわけじゃないよ。ただちょっと一軍の人たちのキラキラ、とかオラオラ、とか自信アリアリ、な感じが苦手なだけで……」

「そうやってこの前も青嶋くんを振っちゃったんだもんね」

「そうそう、もったいない」

「あ、あれは……本当に申し訳なく、思っております……」


 私は少し項垂れて反省の意を表した。

 六月の後半ごろ、私に告白してきたバスケ部のエースと呼ばれる男の子がいた。その名も青嶋くん。


 彼は私が女子チームの応援で地区予選の大会の会場に来たと知らず、自分の応援に来たと勘違いして私に告白してしまうという大事故を起こした。その後、男子チームは格下と思われていた他校のチームに予選一回戦目で敗退するというまさかの結果を残してしまうことになったけど、それは私のせいじゃないと思いたい。


「いや、あれは朱里のせいよ。あんなに覇気のない青嶋くん見たことなかったもん」

「告白成功させて最高のテンションで試合に臨みたかったんだろうね。可哀想に」

「だって、まさか私みたいな運動音痴にあんな一軍のスポーツ男子が告白してくると思わないじゃん!」

「うーん。これが天然だから恐ろしいわ」


 みんなが私を呆れた顔で見る。

 どうせ私は鈍いですよ。

 私が誰かを好きになる前に、誰かが私を好きになっちゃう。

 そして、傷つける。

 いつもそんなことの繰り返しだったから……恋は苦手だって言い続けてきた。


「でも、そんな朱里にもようやく気になる男ができたんだね。その男が見つかれば、私もようやく朱里の子守から解放か」

 乃亜がしみじみとした表情で呟く。

「子守⁉︎  私、そんなに迷惑かけてた⁉︎」

「うん」

「マジで⁉︎」

「あはは」

「ちょ、否定して⁉︎」


 否定はしてくれなかったけど、乃亜の笑顔にちょっとホッとする。


「でもさあ、そんなイケメン、本当にいる? 暑すぎてボケちゃったんじゃないの? 白昼夢見てたとか」

「朱里ならあり得るね」

「私、そこまでボーッとしてないよ! ほら、彼に買ってもらったボトルのキャップ! これが証拠!」

「そんなの、誰が買ったか分かんないじゃん。名前書いてないし」


 なんて疑い深いんだろう。我が友人達ながら酷いヤツらだ。


「名前は……もしかしたらこの人かな? って思うの見つけたんだけど」

 私は今朝のコメントをみんなに見せてみる。

Ko-kiコーキ、ねえ。よくある名前っちゃよくある名前だよね」

「それに、満点コークの味を知らない人が『あれってそんなに美味しかったの?』って驚いてコメントしたようにも取れる」

「は? 満点コークは見た目も中身もネーミングも満点ですが何か?」

「もはや満点コークアンチにキレてんじゃん」


 こうなれば奥の手だ。これだけは見せたくなかったけど……仕方ない。

 私は自分が密かに毎日書いている日記を取り出した。


「ほら、ここに似顔絵も描いたんだよ!」

「ええ? 日記? 偉いね、こんなの毎日書いてるんだ?」

「そうだよ。小学一年生の頃からずっと」

「面倒くさがり朱里にしては意外に几帳面だね」


 みんなが面白がって覗き込む私の日記帳の最後のページには昨日の彼の似顔絵が描いてあった。

 キラキラ90年代少女漫画風の、私の力作!

 これを見れば誰にでも彼のかっこよさが伝わる──はずだったんだけど。


「ぶは! 何これ、下手くそすぎ! 小学生が描いたのより酷い!」

 みんなは突然ゲラゲラ笑いだした。


「目がデカすぎて輪郭からはみ出てんじゃん」

「この似顔絵じゃ聞き込みしても絶対見つかんないよね」

「ええっ⁉︎ そんなにひどい⁉︎」


 自分では上手く描けたと思っていたのに。まさかそこまで下手だとは。

 私たちの騒ぎっぷりを見て、クラスのみんなも集まってきた。


「見せて見せて。ぷっ」

「誰? 朱里の彼氏? どこの宇宙から来た人?」

「宇宙人じゃないよー! ちゃんと地球にいたの! 私に満点コークを奢ってくれたの! 本当だから!」

「私にも見せて」

「わあああ、やめてえ!」


 クラス中のみんなの笑い者になってたらい回しにされていく私の日記帳。やがてそれは教室の隅まで運ばれていき、机に伏せて寝ていた一人の男子生徒の頭の上に開いた状態で落とされた。


「あ、悪い。ぼっち」


 日記を落とした鈴木くんが謝る。

 すると、笠みたいに頭に日記帳を乗せたまま、その男の子が顔を上げた。


 ボサボサの無造作ヘアと分厚いメガネ、さらに黒いマスクで人相が分かりづらいうちのクラスの変人──ぼっちくんこと坪内つぼうちくんだ。


 どんなにクラスが盛り上がっていてもひとりぼっちでポツンとしている彼は、坪内という苗字に音が似ていることもあり、ダブルミーニングで「ぼっち」なんてあだ名がついている。

 同じクラスだけどほとんど喋ったことがないので、悪いけど下の名前は知らない。


「何? うるさいんだけど」

「ごめんごめん。それ、七瀬の日記帳なんだ。返して」

「人の日記帳を回し読みするとか、悪趣味」

「うっせーな。いいから返せよ」


 二人の声を聞いて、私は思わず坪内くんを凝視した。


 昨日の彼の声に……坪内くんの声がちょっと似ている気がするんだけど……。

 ……私の気のせい?




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