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第4話 人生二周目なんで


 そういえば……坪内くんの顔って、どんな感じなんだろう。

 どんな時でもマスクをしているから、素顔を見たことがない。

 なんとなく、顔に自信がないのかなって思っていたけど……もしかして……。


 私はドキドキしながらぼっちくんに近づいてみた。

 もう一度、声を聞いて確認したい。

 ぼっちくんは鈴木くんを睨んでから、頭に乗せていた私の日記を手に取った。その瞬間、私の描いた似顔絵が彼の目に留まったらしい。


「……!」


 彼はその絵に明らかにショックを受けて固まった。

 私の似顔絵に何か反応してる? やっぱり怪しい。


「あ、あの……」


 私はぼっちくんに声をかけた。ぼっちくんは肩をビクッと震わせて私を見た。


「それ、私の日記なんだけど……返してくれる?」

「……うん」

 ぼっちくんはそっけなく私に日記を突き出してきた。

 声が小さくて判別がつきにくい。もっと声を出してもらえないかな。


 私はさっきの似顔絵のページを彼に見せつけた。


「ぼっ……坪内くん、あのね、この人、昨日私が会った人なんだ。ぼっちくんはこの人、見たことない?」

「ない」

「もう一度、ちゃんと見て」

「やめろ。笑い殺す気か」

「えっ?」


 今、なんか言った? ちょっとちっちゃくて聞こえなかったんですが。


「あの……」

 私がさらに聞こうとすると、ぼっちくんはプイッと横を向いた。


「ぼっちの奴、七瀬に声かけられて緊張してやがる」

「陰キャ爆発」

「ぼっちくん可愛い〜!」


 私たちのやりとりを見ていた男子たちがぼっちくんを揶揄った。するとぼっちくんは急に立ち上がって、教室を出て行ってしまった。

 恥ずかしくなっちゃったのかな……。

 仕方なく私も自分の席に戻る。


「暗いよねーぼっちって。うちのクラス陽キャばっかりだから余計目立つね」

「私、ぼっちくんに嫌われてるのかな……」


 さっき、露骨に無視されたような気がして心配になる。


「さあ? ぼっちが何考えてるかなんて全然分かんないね。まあ悪い奴じゃないと思うんだけど。不良とつるんでるわけでもないし、どっちかっつーと真面目だよね」

「そうそう、ぼっちといえば、昨日の帰りのことなんだけどさ」


 恵麻がニヤニヤ笑いながら言った。


「私の家って交番の近くじゃん? たまたまぼっちが交番に入ってくとこ見ちゃったんだよね」

「交番?」

 私も行こうと思っていた場所だ。

「あいつ、何しに来たと思う?」

「さあ……?」

「なんと、道で拾った百円、届けに来たんだよね! 真面目かっ」


 真面目ーっ! とみんなが笑い出したから私もつられて笑ってしまったけど……心の中では笑えなかった。

 それ、普通じゃないの? 私も変?

 っていうか、ぼっちくんも昨日百円拾ったんだ。すごい偶然。しかも私と同じように届け出ようとしてるし。

 やっぱりいい人なのかもと思うとホッとする。


「ねえ、それって昨日の何時ぐらいの話?」

「放課後だよ。時計は見てないけど多分四時過ぎぐらい。下校中だったから」


 私が百円を見つけたのと同じくらいの時間だ。

 怖いくらい偶然が重なってるけど……この街って、そんなによくお金が落ちてるのかな?


「だけど、その時のお巡りさんがいい加減な人で、書類作るの面倒くさいから百円くらいなら持っていっていいよなんてぼっちを追い出したの」

「せっかく届け出にいったのに? ラッキーなのか何なのか分かんないね」


 そっか。私もお金を届けに行ったら同じように追い出されていたのかな。そう思うと、届けに行かずにその場で即満点コークが飲めたのは時短ができて超ラッキーだったかも。

 あの人のおかげだなあ。

 頭の中のイケメンさんに再び感謝する。


「ぼっちかわいそ」

「正直者はバカを見る時代よねー」

「だけど面白かったのはそのあとでさ」

「何?」


 恵麻が笑いながら続ける。


「ぼっちのやつ、『この百円が俺のものになることは既に知ってました。俺、人生二周目なんで』って負け惜しみ吐いたの! だったら届けに行かなくても良くね?」

「人生二週目って! 厨二病かっ」

「意味わからん! あいつ、やば!」


 またみんなに笑いが起きた。

 だけど、私は今度こそ笑えなかった。


「ん? どうした? 朱里」

 乃亜が心配そうに私を見る。

「あ、ううん。なんでもない」


 ごまかした瞬間にチャイムが鳴り、みんなは自分の席に戻っていった。

 先生が入ってきて、ST(朝の会)が始まる。

 先生の声を聞き流しながら、私はさっきの恵麻の話の途中でふと思いついたことをもう一度頭の中に取り出した。


 人生二周目。


 もし私が過去に起きたことと同じ世界をもう一度ループしているとして。

 もしあの時拾った百円が自分のものになると知っていたとして。

 そんなとき、もしも私の目の前で喉がカラカラに乾いた可哀想な女の子がいたとしたら……?


 私はその子に、『これは自分の百円だよ』って言って、飲み物を奢るかもしれない。


 一周目のどこかで、彼女が満点コーク好きなのを知っていれば……彼女が欲しいものをピンポイントで奢ることができる。だけど、彼女を怖がらせちゃうかもしれないから、『間違えて欲しいものじゃないものが出てきちゃった』って嘘をつくだろうな。

 私だったらそうする。

 でもやっぱりそのあとで人のお金を使ったっていう罪悪感が出てきて、それを浄化するために交番へ届けようとする……かもしれない。


 この展開だったら、すごく納得がいく。

 だけど、そうなるとやっぱり昨日のイケメンの彼がぼっちくんってことになっちゃうけど……。



 ふと視線を感じて振り向くと、いつの間にか教室に戻っていたぼっちくんがこっちを見ていた。

 まるで私が振り向くと知っていたみたいに。

 そして、私は気がついてしまった。

 彼の髪が綺麗な漆黒である……ということに。






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