こうき……って、何度も呟いているうちに、私はハッと気がついた。
「シュリ」に怪しいコメントをしてきたKo-kiさん──あの人とぼっちくんの名前が同じ読みだっていうことに。
これも偶然?
それともやっぱりぼっちくんって……!
「見んな!」
すると突然、ぼっちくんが焦った様子で私から答案用紙をひったくった。
びっくりしてぼっちくんを見ると、ぼっちくんのメガネがズレて、彼の目がちょっと見えそうになっていた。
「あっ……」
思わずドキッとしたその時。
「ぼっち、七瀬を意識しすぎー!」
誰かのその一言で、教室は爆笑に包まれた。
「七瀬のこと好きなんじゃね?」
「やめとけ、ぼっちには高嶺の花だぞ!」
「えええええっ⁉︎」
ぼっちくんが……私のことを好き?
そ、そうだったの⁉︎
私がみんなの声にびっくりしている間に、ぼっちくんはサッとメガネを直していた。
ああああっ、惜しい! もうちょっとで見えそうだったのに!
「こら、お前ら! まだ授業中だぞ!」
ヤジが飛び交う騒がしい教室を村本先生が無理やり収めた。
ぼっちくんは席について何事もなかったかのような顔をしていたけど、私の心臓はまだバクバクしていた。
さっきちょっとだけ見えそうになったぼっちくんの目。
やっぱり昨日の彼に似ているような気がした。
これはもう真相を確かめずにはいられない。
ぼっちくんには迷惑がられるかもしれないけど、このままじゃ気になって授業どころじゃない。
もしもぼっちくんが昨日の人なら絶対に優しくていい人のはずだ。だったら、私を避けるのは深い理由があってのことだと思う。
めちゃくちゃスペックの高いあのお顔を隠している理由とか、私のことを本当はどう思っているのかとか、いろいろ聞いてみたい……!
次の休み時間、私は勇気を出してぼっちくんに声をかけた。
「ぼっ……坪内くん」
ぼっちくんは頭にヘッドフォンをつけて、机にかじりつくような姿勢で寝ていた。
「あの……ぼっ……坪内くん。起きて!」
何度呼びかけてもぼっちくんは全然動かない。
石化の呪文でもかけられているみたい。
大丈夫? これ、ちゃんと息してる? 脈をとってみたいけど、男子の手に触るなんてできないし!
「どうしたの? 朱里」
乃亜が私に声をかけた。
「どうしよう、ぼっちくんが全然動かないんだけど……救急車とか呼んだ方がいいかな?」
「そかそか」
乃亜は哀れむような目をして私を見た。
冗談とかじゃないんだけど。
次の休み時間も、次の休み時間も、ぼっちくんは同じ姿勢だった。動物のナマケモノでももうちょっと動きそうな気がするよ。
そのまま、とうとう昼休みになった。
いよいよ本当に心配になって、私は彼の席に突撃した。
「坪内くん! ちょっと話があるんだけど!」
大声を出した瞬間、ぼっちくんが顔を起こした。
気づいてくれた!
と思ったら、彼は私を無視して教室の外へ出ていく。
「えっ? えっ? 待って!」
追いかけて隣に並ぼうとするけど、めっちゃ足速い! 忍者みたいに音もなく、瞬間的に私の一歩前に飛んでる感じの移動速度。さっきまで石みたいだった人とは思えない!
そんなに急いで、彼はどこへ行こうとしているのか!
「ぼっ……坪内くん! あの、すみません、ちょっとお話を」
私が声をかけると、彼は男子トイレの中へ姿を消した。
トイレでしたか……。
どうしよう。待つ? こんなところで待ってる女子、変態だと思われないかな?
迷っているうちにぼっちくんが出てくる。良かった、トイレも速い!
「あの、ぼっ……坪内くん!」
ぼっちくんは教室に戻らず、どこかに移動していく。
「待って! ぼっ……坪内くん!」
こうなったら意地だ。ぼっちくんがどこへ行こうとついて行って、話を聞いてやる!
「おーい、待ってよー! ぼっ……坪内くん!」
階段を上り、下り、また上り。ぼっちくんとの追いかけっこで昼休みの半分が消費された頃、ひと気のない特別教室前の廊下でやっと彼は立ち止まった。
「あ、あの」
「しつこいな……」
彼は面倒くさそうな横顔で振り返った。
「話って何だよ」
「えーと……」
何だっけ。追いかけっこしている間に質問を忘れちゃったよ!
「えーと、そうだ! ぼっ……坪内くんってどうしていつもマスクしてるの? ちょっと外して見せてくれないかなあ? なーんて……だめ?」
知りたい。ぼっちくんの素顔。
私はドキドキしながらお願いしてみた。するとぼっちくんは突然黒いオーラを出した。
「駄目だ。これ以上俺に近づくな」
がーん!
めちゃくちゃ怒ってる⁉︎
なんで⁉︎ 顔見せてって言っただけなのに⁉︎
やっぱり私、嫌われてるのかな……。
そう思うとショックで泣きそうになってくる。
「どうして……駄目なの? 理由、教えて」
ぼっちくんは黙っている。
「ぼっ……坪内くんのことが気になるの。みんなに揶揄われるのが嫌なら、誰にも言わないって約束する。人の嫌がることだけはしないよ、私。お願い。信じて」
私はポケットの中のペットボトルの蓋を取り出した。
「ぼっちくん、昨日、私に……これ買ってくれたよね?」
ついに核心に迫ったそのとき、ぼっちくんはクルッと私に背中を向けた。
「知らねえよ、んなもん」
彼はそのまま、振り向かずに去っていった。
「嘘……違ったの……?」
絶対そうだと思ったのに。
失意の私を嘲笑うように、お腹の虫がぐう、と鳴った。