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放課後を告げるチャイムが響いて、帰りの会が終了した。
ぼっちくんにはあれから近づくことさえできないまま、今日が終わろうとしている。
「朱里、帰ろ」
「あ、うん……」
ぼっちくんはまた机の上にうつ伏せになっていた。私とは話したくないっていうポーズなんだと思う。鈍い私は今頃になってそれに気がつく。
「今日も暑かったねー」
「ねー」
「帰りにさあ、駅前のあそこでかき氷食べてかない?」
「いいねえ」
私は後ろ髪をひかれながら、いつものようにみんなと一緒に教室を出た。
仕方ないもん。昨日の人とは別人だってぼっちくんは言ってるし。私はそれを信じるしかない。
あの人は幻だったんだ、きっと。
あきらめろ。あきらめろ。
呪文みたいに頭に唱える。
……だけど。
「ごめん。今日、ちょっと用事があったの思い出した」
私は階段の途中でみんなと強引に別れてUターンした。
せめて、ぼっちくんの素顔だけでも見たい!!
どんな顔をしているのか気になって、もう夜しか眠れないよ!!
浜崎くんとがっつりシンクロした私は、ぼっちくんのいる教室の外で彼が出てくるのを隠れながら待った。
みんなの前だと嫌がるのはもう学習済み。
だったらみんなが帰ったあと、二人きりになってから……もう一度お願いしてみるつもり。二人きりになれなかったら、ぼっちくんのあとをストーカーみたいについて行ってどこか二人きりになったチャンスで声をかける!
そうして待つこと5分。
ぞろぞろとクラスのみんなが教室を出ていくけど、ぼっちくんはなかなか出てこない。10分、20分と時間が経っても出てこない。張り込みは思いがけない長期化になった。
本当にいるのかな? いつの間にかスルッと教室を抜け出しているんじゃ……?
気になってチラッと廊下から教室を覗いてみると、ぼっちくんはまだしつこく寝ている。まさか朝まであの体勢じゃないでしょうね? そんなの困る!
結局、再テストを受けてから帰る時間とほぼ同じくらいになった。
廊下にももう誰もいなくなり、どこかで聞こえていた誰かの話し声もしなくなった。
そろそろ中に入ってもいいかな。
上履きのゴム底が床をキュッと鳴らす気がして、私はそーっと靴下姿になった。音を立てないように、毎秒3センチのスピードでドアをスライドさせていく。
胸がドキドキした。
これで人違いだったらどうしよう。ただの不審者だよね。もう一度辺りを見回して、少しドアを開けるスピードを上げる。
ぼっちくんはやっぱりまだ寝ていた。
一日中同じ姿勢で、疲れないのかな?
後ろ手にドアを閉める。もう体は教室の中。
冷房が少しだけ残ってる、放課後とは思えない明るい教室はとても爽やかで、静謐で、ぼっちくんは木炭で描かれた静物画のようだ。
この空間ごと、とても綺麗。
そして……似ている。やっぱり。半袖のシャツからのぞいている腕の肌の白さ。
顔が見たい。
私はゆっくりと彼に近づき、おそるおそる彼の隣に立ってみた。
分厚いメガネがちょっとズレている。かすかに見えるぼっちくんの瞼の先の睫毛は長い。
真実に近づくたび、胸の音が大きくなるのを感じた。
ぼっちくんのマスクからは呼吸音が漏れている。
暑くないのかな。今はまだ大丈夫だけどそのうち教室の中は蒸し風呂のように暑くなる。
「外してあげた方がいいんじゃないですか? これは、人命救助ですよ。ぼっちくんが熱中症にならないように、助けて差し上げないと!」
久々に登場したな、天使。
「おいおい、んなこと言って本当はお前、こいつの顔が見たいだけなんだろ? このムッツリスケベが」
こっちも久々登場の悪魔。天使を肘でグリグリとつつく。
「そ、そんなことありません! 私はただ、ぼっちくんを心配しているだけなんです!」
「素直になれよ。その方が可愛いぞ?」
「えっ……私が、か、可愛い……?」
照れて見つめ合う二人。
やめて。脳内でいがみ合う二人が次第に心を通わせていくストーリー、別に今は要らないの!
その時、ぼっちくんの睫毛が動いた。ゆっくりと彼が頭を上げる。
「……七瀬?」
ドッキーン! と心臓が跳ねた。
「あっ……ぼ、坪内くん……」
「何で七瀬が……ここに」
「あの、私……」
緊張で頭が真っ白になった瞬間、彼がガタン、と机を鳴らして勢いよく飛び起きた。
「やべえ、もうこんな時間じゃねえか……!」
ぼっちくんがかなり焦った様子を見せる。クールな彼にしては珍しい。
「何でこんな時間まで七瀬がここにいるんだ? とっくに帰ったはずじゃ!」
「ごめんなさい! あの、私……やっぱりどうしてもぼっ……坪内くんとお話したくて」
「そんなことよりまずい、このままだと……アレが!」
アレって何? なんか分からないけど大変なことが起こっているらしい。
「えっ? 何? どうしたの、坪内くん⁉︎」
「ここにいたら……とにかくヤバい!」
「ヤバいって⁉︎ どういうこと? 説明してよ、ぼっ……坪内くん」
私はびっくりして声を裏返した。するとぼっちくんは突然、私の両肩を掴んだ。
「しょうがない、七瀬にだけは本当のことを打ち明ける」