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第8話 とんでもないことが起きました。

「本当のこと……?」


 今はそれどころじゃないと思いつつも、ぼっちくんの顔が近くてドキドキしちゃう。そんな私に、ぼっちくんは超真剣な声で言った。



「実は俺……この人生、二周目なんだ」

「えっ……」



 知ってる。ぼっちくんがそう言ってたことはすでに噂で聞いてます。

 でもこの真剣なノリ。まさか、本当なの……⁉︎



「この後、俺のことを狙ってる奴らがやってきて、とんでもないことになる。だからお前は奴らに見つからないように、ここに隠れてろ。何があっても絶対出てきちゃ駄目だぞ」


 ぼっちくんはそう言って、私を教壇の下のスペースに押し込んだ。


「ここなら安全だ。いいか、マジで絶対にここから出るなよ」

「えっ⁉︎ ぼっちくんはどうするの……」

「俺のことはいいから、言う通りにしろ!」

「は、はいっ」


 ぼっちくんの勢いに押されて、震えながら指示に従う。

 待って、めちゃくちゃ怖いんだけど!

 とんでもないことって、いったい何? 

 ぼっちくんは隠れなくて大丈夫なのかな⁉︎



 ……そして、そのまま五分が過ぎた。何も起きない。


「あのー、いつまでこうしてればいいの……かな?」


 返事がない。


「ぼっ……坪内くん? おーい」


 教室は静まり返っている。

 おそるおそる教壇から顔を出してみると、ぼっちくんの姿はどこにもなかった。

 まさか……ぼっちくんを狙っている奴らに連れて行かれたの……?

 それにしては物音が一切しなかったけど。

 空もさっきまでと何も変わってないし……。

 窓辺に立って外の様子を見ていたその時だ。


「ん?」


 校庭を、ぼっちくんらしき人影がものすごいスピードで駆け抜けていくのが見えた。

 あの脚力、とても隠キャとは思えない。

 もしかして……とんでもないことって、あのスーパー脚力のこと⁉︎

 大変だ……! ぼっちくんが謎の組織に捕まってスーパー脚力に改造されちゃったんじゃ⁉︎



「ぼっちくん!」


 私は心配になって、裸足のまま全速力でぼっちくんを追いかけた。


「こら、七瀬! 廊下は走るな!」

「すいませんっ! 非常事態なんですーっ!」


 先生に怒られながら階段を駆け下り、下駄箱で靴に履き替えてさらに走る。中学時代に全く鍛えなかった脚力だけど、意外と速く校門までたどり着いた。

 でも……そこから先がどっちへ行ったらいいのか分からない。


「どうしよう……」


 勘を頼りに、とにかく闇雲に走ってみる。

 ぼっちくんが改造されて、放っておけるわけがない。


「ぼっちくーん!」


 走り続けていると、やがて橋が見えてきた。複数の県を跨いで流れている巨大な川の支流だ。ぼっちくんには人の多いところに行くイメージがなかったから、そっちを避けるルートを選んでいたら自然とここに着いていた。

 橋の下は河川敷の芝生が青々と茂っていた。

 不良ドラマでよく見る、チーム同士の殴り合いの喧嘩をするのには最適な広さだ。

 理由は特にないけどぼっちくんはきっとこの近くにいる! と、思いたい。


「おーい、ぼっちくーん!」


 細い階段を慎重に降りて河川敷に立ってみる。橋の下は川から吹いてくる風と日陰によって比較的涼しい。


「怪しい人、いますかー? ぼっちくんを返してくださーい!」


 キョロキョロしながら歩くけど、どこも変わらない景色が続く。

 やっぱりここにはいないのか。それとも、もうぼっちくんはあのまま地球の果てまで走って行ってしまったんだろうか……。今頃韓国あたりにいたりして……。

 どうしよう。

 ちょっと怖くなってきた。

 川から吹いてくる風が冷たい。川の水は底の方が見えなくて、不気味な色をしている。


 っていうか、私は何の武器も持っていないけど、もし怪しい人が来たらどうやって戦えばいいのかな。言葉が通じるとは思えないし……。



「詰んだ……」 



 途方に暮れて呟いた時だった。

 川の上流から、ダンボールがプカプカと浮かびながら流れてくるのが見えた。外側にはみかんの絵が印刷されている。


「みかん……?」


 川から流れてくるものと言ったら桃と相場は決まっている。不思議に思って見つめていると、その箱の中からぴょこんと可愛い顔が現れた。

 茶色の雑種犬だ。仔犬がみかんの箱に入ったまま、川に流されている!


「大変!」


 私は迷わず川に飛び込んだ。飛び込んだ瞬間、思い出したんだけど──そういえば私、泳げなかったんだっけ……。

 犬を助けるどころか、自分さえも助けられる自信がない!


「何やってるんですか朱里さん!! あなた、単細胞ですか⁉︎」

 天使、文句言ってないで助けて!

「おいおい、シャレになんねえってマジで」

 悪魔、オロオロしてないで何とかしてえ!

 マジで使えない、この二人。そりゃそっか。二人とも私だ。


「だれかああああ、助けてえええ!」


 手足をバタバタさせて必死で叫ぶ。

 私はこうなって自業自得だけど、せめて仔犬は誰かに助けてもらいたい!

 橋の上にいる誰か。近所の人。通りすがりの宇宙人。誰でもいい。私たちに気づいて!

 激しい水流に全身が水の底へと引きずり込まれそうになる。呼吸したいけど、水面が遠い。抵抗すればするほど体が重くなってくる。


 ダメだ、もう……。

 私、こんなところで死ぬんだ。

 思えば短い人生だった。

 こんなことになるんだったらもうちょっと遊んでおけば良かったかな。

 駅前のかき氷屋さん、食べに行けば良かった。

 乃亜や恵麻や花音と……もっといっぱいおしゃべりすれば良かった。

 お父さん、お母さん、妹の朱音……。

 大好きだって伝えたかった。

 それに……昨日の、満点コークのあの人……。

 せめて名前だけでも……聞いておけば良かった。

 それから……。


 ぼっちくん。

 あなたはいったい、何者だったの……?


 意識が飛びそうになった瞬間、誰かに手が引っ張られた。

 薄く目を開けると、濁った視界の中で誰かが私を水面に引き上げようとしていた。

 誰……?

 ダメだ、また意識が……。

 遠のく、と思ったその時、急に息が出来るようになった。まだ水中なのに。

 片目をそっと開けると、誰かの顔が私の顔に重なるくらいそばにあった。

 っていうか……口、本当に重なってない?

 えっ? これもしかして、人工呼吸──。


「七瀬! しっかりしろ!」


 一気に水面に上がった瞬間、近くで男の子の声がした。頑張って瞼を開ける。するとそこには、昨日の満点コークのイケメンくんのどアップがあった。



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