ポタッとぼっちくんの前髪から雫が垂れた。よく見ると、ぼっちくんの方がずぶ濡れだ。私はタオルの余った部分でぼっちくんの頭を拭いた。
勘違いするなと言われても──彼がこうして私のことを命懸けで助けてくれたのは事実だ。
それがどんな理由だろうと、私は彼に感謝したい。
「ぼっちくんは私が溺れるのを知ってて、無視することができなかったんだよね。ありがとう、ぼっちくん」
「七瀬……」
一枚のタオルでお互いの頭を拭いているとますます顔が近くなって、私はまたドキドキしてきた。
さっき、水の中で唇が触れたことを思い出して、顔から湯気が出そうになる。
あれって、夢じゃなかったの……かな?
もしもそうなら、ぼっちくんは私の初めての……。
思い出したら急に緊張して手が震えてきちゃった。
どうしよう。夢だったのかどうか聞いてみたいけど……聞けない!
「……お前、俺の言うこと信じるの?」
ぼっちくんがつぶやいた。気がつけば、彼が真剣な顔で私を見つめていた。
「人生二周目の話、マジだと思ってんの?」
「信じるよ。当たり前でしょ?」
私は即答した。
「そうじゃなきゃ説明できないことが多いし……ぼっちくんは私をからかうための嘘なんて言わない。そんな人じゃない」
私の勘はよく外れる。分かりやすい嘘にもすぐに引っかかる。
だけど、今だけは何よりも強い自信を持って、彼は嘘つきじゃないって言えた。
自分でも不思議だけど……この勘だけは外れていないと思った。
ここにこうして二人でいることが、まるで運命に引き寄せられたかのようだったから──。
すると、ぼっちくんは何故か少し切ない表情で呟いた。
「やっぱり……これが俺たちの運命……なのか」
しっとりと濡れた黒髪が彼の白い肌に張り付いている。
すごく綺麗で、見惚れてしまう。
「私たちの、運命……?」
ロマンティックな響きに、私の胸がときめきを覚えた。
もしかして……ぼっちくんも私に運命感じてる?
もしかしてもしかして、私とぼっちくんは前世から惹かれ合う運命だった、とか⁉︎
どうしよう……。
キュンキュンしすぎて死にそうです!
「……私たちの運命って、何……? 教えて、ぼっちくん」
ドキドキしながら尋ねると、彼の手がそっと私の肩に触れた。
びっくりして心臓が跳ねる。
「よく聞け、七瀬」
「は、はい……」
そして彼は、超マジな目をして私に言った。
「このままいけば、お前は100日後に死ぬ」
100日後に死ぬ──。
何ですかそのパワーワード。人生二周目の転生ものと余命100日の泣けるアオハルものみたいな掛け合わせ?
最強すぎて笑えないんですけど!
「えっ、えっ、ま、待って、それはどういう……はっくしょん!」
私は豪快にくしゃみをした。
いつの間にか空は黄金色になり、夏の名残があるとはいえ川の上を吹く風は冷たい。
私の顔を見て、ぼっちくんはフッと笑った。
「今日はここまでだな。また今度話そう」
「そんな、気になるよ!」
「鼻水出てるぞ」
「えっ? 本当⁉︎」
「嘘だよ」
「えっ⁉︎ もう、からかわないでよっ」
ぼっちくんの言うことなら何でも信じそう。
そんな私に、ぼっちくんはそっと立ち上がって自分のスポーツバッグを渡した。
「ここに着替え入ってるから、個室トイレとか見えないところで早めに着替えて帰れよ。俺の私服でサイズ合わないと思うけど」
「あ、ありがとう! ぼっちくんはどうするの?」
「学校に戻って体操服の予備に着替えるから心配すんな」
ぼっちくんはそう言って、スポーツバッグに一度手を入れて何かを抜き取った。
多分、下着……だと思う。
よく見えなかったけどドキドキした。
「七瀬」
ぼっちくんは私を真顔で見つめた。
「今日はうまくいかなかったけど……100日後は絶対にお前を助けるから」
斜めに差し込んできた夕陽の逆光がぼっちくんのシルエットを映し出す。
綺麗。
眩しくて、目を細める。
「ぼっちくん……」
いろいろ聞きたいことがありすぎて、何から聞いたらいいか分からない。
「あの……」
「早く着替えないと、誰かに襲われるぞ」
ぼっちくんは夕陽のせいか赤い顔をしてスッと私から目を逸らした。
「お前、下着透けてっから」
「えっ⁉︎ また嘘でしょ⁉︎」
「今度はマジ」
「ええええっ⁉︎」
私は慌ててタオルを胸元に押し当てた。その間に、ぼっちくんはもう河川敷の土手を登ろうとしている。本当に行動が半歩先に早い人だ。
「ぼっちくん! ありがとう!」
私は彼の背中に声をかけた。すると彼は振り返って、濡れた髪をかきあげた。
「今日のことは誰にも言うなよ」
そしてそのまま去る。
かっこいい……。
彼の背中が見えなくなるまで、痺れまくって動けなかった。
「はぅ……どうしよう。あんなに色っぽい人が歩いてたらそれこそ襲われるよ……? 大丈夫かな、ぼっちくん」
「キャンキャン!」
その時、ダンボールの中から仔犬の声がした。そういえば、この子の存在をすっかり忘れていたな。
段ボールの中で震えていた雑種の小型犬の脇を掴んで抱っこすると、ブルブルッと毛を振って四方八方に水滴を飛ばしてきた。
「つめたっ」
仔犬はしてやったりっていう表情でベロを出していた。思わず笑ってしまう。
「うちで飼えるかな……」
とりあえずぼっちくんの着替えを自分のカバンに移して、大きなスポーツバッグにタオルで包んだ仔犬を入れて運ぶことにした。ぼっちくんの言う通り、早く着替えないと目立って仕方ない。