信じられない話、だった。
この私が電車に轢かれて死ぬ──なんて。
ぼっちくんと同じ運命を、私が辿っているなんて……。
急に怖くなってきた。手の震えが止まらない。
「私……本当に死んじゃうの……?」
誰かに恨まれて、ホームから突き落とされて。
好きな人にも好きって言えずに、死んじゃうの……?
泣きそうになったその時、ぼっちくんの手が私の頭にそっと触れた。
「大丈夫だ。俺が七瀬を死なせない」
ドキッとして、私の震えが一瞬止まった。ぼっちくんの顔は今まで見た中で一番シリアスで、一番格好良かった。
「ぼっちくん……」
「俺のクソみたいな運命を七瀬が歩んでるのを知って、このまま放っておけるわけないだろ。見殺しになんて絶対にしない。俺がぼっちになって運命回避したように、何とかして足掻けば七瀬も生き残れるかもしれない。だからそれまで……俺が七瀬のボディーガードになる」
その声はまるで真っ暗な森の中に差した一条の光みたいに、恐怖に支配されかけていた私の心を優しく照らした。
ボディーガードって、なんていい響きなんだろう。
強くて、優しくて、あったかくて……いろんな意味で、泣きそうになる。
「どうしたらいいの? 私……」
すがるように尋ねると、ぼっちくんは真っ直ぐに私を見つめて言った。
「とりあえず、これ以上モテないようにしろ。好かれた相手にその気がないと伝えたら殺されるかもしれない」
「う、うん……分かった!」
「それから、モテてる奴にも近づくな。そいつを好きな人間からも逆恨みされて殺されるかもしれない」
「それで古河くんから逃げろって言ったんだね」
ぼっちくんの真意がやっと分かった。
全ては私の死を回避するため。これ以上モテちゃったら、私は死んじゃうことになるんだ……!
これはもう、他人事じゃない。
「ぼっちくんを殺した犯人が誰だったのか、ぼっちくんは見ていないの?」
「ああ。あの四人の中の誰かだったのかもしれねえし、全員だったのかもしれねえし、通りすがりのイカれた野郎だったのかもしれねえ。とにかく気づいたらレールの上だったからな」
ぼっちくんに勧められて、私は少しずつケーキを口に運んだ。
できれば甘ーい雰囲気と共に味わいたかったけど、そんな贅沢を言っていられる場合じゃない。
「その四人って、ちなみに今の世界にも存在してるの?」
「まあいるけど……そいつらは今のところ、お前を殺そうとしている感じには見えないな。前世と同じ人間が絶対に同じことを繰り返しているわけじゃなくて、その時そういうことをしそうな人間が運命に導かれてお前の前に現れるんじゃないかって俺は思ってる」
「それはまだ誰なのか分からない……んだね」
「ああ。それが四人なのか三人なのか二人なのか……それも定かじゃねえな。確定してるのはその日七瀬が誰かに殺されるってことだけだと思う」
誰なんだろう。私のことを殺したいほど好きになる人って……。
一瞬、古河くんの顔がよぎったけど、相手は学園のアイドルだし……私なんかを好きになるわけないと思う。
それに、たとえ古河くんに好かれていても、私には──。
「誰が来ようと俺が全員蹴散らすけどな」
そう言って優雅にコーヒーを口に運ぶ最強のボディーガード様がついている……。
嬉しすぎてニヤニヤしちゃうよ。
やがてケーキセットを食べ終えた私たちは、二人並んでお店を出た。
「駅まで送る。いや、家まで……その方が安全か」
「えええっ⁉︎ いいの⁉︎」
「心配だから」
当たり前のような顔をして、私の隣を歩いているぼっちくん。マスクもメガネも外した最強イケメンのままなんだけど、指摘したほうがいいのかな?
いや、もしうっかりしているだけだったら、私の指摘でイケメンが隠されてしまう可能性が高い。ここは黙っているのが吉だ。
私はそーっとぼっちくんの横顔を見つめた。心臓がドキドキして、長い間は見つめられない。
そのうちに、私の胸にある疑問が浮かび上がってきた。
「あの……まだ分からないことがあるんだけど」
「なんだ?」
「どうして、ぼっちくんの運命が私に引き継がれちゃったのかな? 私とぼっちくんって、前の人生で何か関わってた……?」
そう。私とぼっちくんの関係性が、さっきまでの話だと全然説明されていない。
衝撃的な話に夢中になっていたけど、そもそも私たちってどういう関係だったんだろう……?
私を守ってくれるのは、単に私の運命を可哀想に思ってくれただけなのかな。
それとも、他にもっと意味が……?
ぼっちくんはゆっくりと私の方を向いた。
彼の瞳に夕陽が映る。形のいい鼻の陰影すら芸術的に美しくて、私は息を呑んだ。
「俺と七瀬は……」
ぼっちくんが何かを言いかけて、ドキドキしていたその時だった。
「みーっけた」
背後から声がかけられた。振り向くと、さっき私を路地裏に連れて行こうとしていた二人組が私を見てニヤニヤしていた。
「まだこんなところをウロついてたんだ? さっきは変なチー牛野郎に邪魔されたけど、今度は逃さねえよ」
「おい、そこのイケメン。綺麗な顔面にワンパン入れられたくなきゃ大人しくしてろよ」
二人はぼっちくんの陰キャバージョンと素顔の彼を同一人物だと分かっていないようだった。
「やれやれ……」
ぼっちくんは面倒くさそうにため息をついた。
その後はもう判で押したようにさっきと同じ展開が待っていた。
まさかこんなに短いスパンでタイムリープが起きるなんて、この二人も思っていなかったはず。
笑っちゃ悪いけど……思わず笑っちゃう。
「てめえら、もう二度とこの女に近づくんじゃねえぞ」
「は、はいっ……!」
しっかりとぼっちくんにお灸を据えられた二人は、スタコラサッサと逃げ出した。
「……で、何の話だったっけ」
「え、えーと……私とぼっちくんって、どういう関係だったの? っていう話」
ぼっちくんはメガネをかけ、マスクも装着して隠キャバージョンに戻りながら「ああ……」と呟いた。
「俺と七瀬は、ただのクラスメイトだよ」
ある意味衝撃的な返事に、私は肩透かしを喰らった。
「えっ……そ、そう……なの? じゃあなんで私がぼっちくんの運命を──?」
「それはこっちが聞きたいくらいだな」
マスクとメガネ越しだと、ぼっちくんの表情が分からない。
その言葉が嘘なのか、本当なのか、確かめる術は私にはなかった。