「実は……ちょっと気になってる奴がいてさ」
ドッキーン! と心臓が跳ね上がる。
気になるって……やっぱり、それって私のこと⁉︎
「お前のことが好きだ、七瀬。古河なんかに絶対渡したくない」
……なーんて言われて抱きしめられたらどうしよう!
もちろんぼっちくんのことは大好きだから、告白されたらOKに決まってるんだけど!
想像しただけで、キュン死にしそうになっていたその時だ。
「気になってんのは……河合エリカのことなんだ」
「えっ?」
ぼっちくんの言葉に、私は笑顔のまま凍りついた。
河合、エリカ?
うちのクラスの、河合エリカちゃん?
男の子に人気で、みんなのアイドル、キラモテ一軍女子の、あの河合エリカちゃん……?
ぼっちくんが気になっている女の子って、私じゃなかったの……?
「ええええええっ⁉︎ そんなああ! 嘘でしょ⁉︎」
「バカ、大声出すな」
「ご、ごめんなさい……」
ぼっちくんに怒られた。
ヤバい。泣きそう。
ショックで立っているのがやっとの私に、ぼっちくんは追い打ちをかける。
「俺の一周目の人生のとき、あいつは俺のことが好きだったんだよな。それで俺もずっと気になってて……」
「えっ……⁉︎」
何それ、私の失恋確実じゃん!
「おい、聞いてるか? 七瀬」
「う、うん……」
頷いたけど、ごめんねぼっちくん。ぼっちくんの話が全然頭に入らない。
……私って、なんてバカだったんだろう。
そういえばぼっちくんは私が好きだなんて一度も言ってなかった。
守ってくれるのは、私がぼっちくんと同じ運命を辿ると知って見過ごせなかっただけで……それは単なる正義感だったり同情だったりっていう気持ちだけだったのかもしれない。
一周目のときはただのクラスメイトだったって、言ってたし。
勝手に運命の人だなんて勘違いして、私ひとりで盛り上がっていたのかな……。
「ぼっちくん……」
「ん?」
聞きたい、けど聞きたくない、けど聞かなきゃ。
私は涙を堪えながらぼっちくんを見つめた。
「ぼっちくんって、河合さんのことが……好きなの?」
ドキドキの瞬間、ぼっちくんは大仏様のような細い目になった。そして、私のほっぺをむぎゅっと両手で挟んだ。
「誰が誰のことを好きだって? 気になってるっていうのはそういう意味じゃねえよ。ちゃんと人の話を聞け!」
「んにゃー⁉︎ ごめんにゃしゃーい!」
違ったんだ⁉︎ 良かったあ。
って、またヘラヘラしてると怒られる。私は伸び切ったほっぺを引き締めて、真面目に聞く体勢を取った。すると。
「河合エリカは──俺の一周目の人生のとき、ある女子に対していじめをしていたんだ」
ぼっちくんの真剣な声で、私の顔から完全に笑みが消えた。
「いじめ……?」
「ああ。原因はあいつが俺のことを好きだったせいで……俺にちょっとアンチな発言をしたり仲良くしたりした女子を嫌がらせで追い詰めていったんだ。俺はそのことに気づいてなんとか事件を解決させたんだけど、そのせいで女子人気が上がってめちゃくちゃモテることになった。つまり、俺が死ぬきっかけを作った事件と言っても過言じゃない」
ぼっちくんは心配そうな瞳で私を見下ろした。
「それがもうすぐ繰り返されようとしているんだよ」
ぼっちくんが死ぬきっかけになった事件──。
これは本当に大事な事件だ。笑っている場合じゃない。
「た、大変じゃん! 早くなんとかしないと!」
「そうだ。なんとかしないと、お前は結果的にめちゃくちゃモテる。そして誰かに恨まれて死ぬ」
「そんな……私、どうしたらいいの?」
すがるようにぼっちくんを見上げると、彼は表情を変えずに言った。
「七瀬へのアドバイスはひとつだけだ」
「うん」
「何もするな」
ぼっちくんの意外な言葉に、私は目を見開いた。
「えっ?」
「これからもしも河合が誰かをいじめようとしたとしても……お前はその件に手を出すな。河合のことは無視して、近づかないようにしろ。関わったら自分が死ぬと思って、絶対に首を突っ込むな。分かったな」
私は愕然とした。
誰かがいじめられるって知っているのに、見て見ぬふりをするなんて……。
そうしないと私が死んじゃうかもしれない。けど──そんなこと、私にできるかな……?
『朱里ばっかり男子にモテてずるい』
その瞬間、耳の奥で誰かの声がした。
それは中学時代の記憶だった。
女の子の嫉妬は怖い。私はそれを知っている。周りから誰もいなくなる恐怖。人に嫌われる恐怖。そのとき差し伸べられた……手の温かさを。
私はぎゅっと両手を握りしめた。
「ごめん、ぼっちくん。私……やっぱり、放っておけないよ……」
心臓がどきんどきんと大きな音を立てる。
あの時のことをしっかりと思い出すのは久しぶりだ。
「私……中学時代にね、ちょっといじめられかけたことがあったの。女の子たちに、『朱里ばっかり男子にチヤホヤされて生意気だ』って言われて……休み時間に囲まれたんだ。好きな男の子なんかいなかったのに、誰が好きなんだっていっぱい聞かれて、疑われて、嘘つきって言われて……みんなの目が怖くて」
みんな、私から離れていく。
気のせいだって、思わないと。鈍感にならないと。
あの子もこの子もみんな私のことが嫌いなんだって疑い始めたら、怖くて息ができなくなった。
「だけどね、そのとき……乃亜が助けてくれたの。朱里は嘘つきじゃないって、一人だけ庇ってくれて、それでみんなの誤解もとけて……いじめはすぐに収まったんだ。あのときの乃亜、すごくカッコ良かった。だから私もいつか乃亜みたいに、困っている子に手を差し伸べる人になりたい……って思ったの」
あのとき乃亜からもらった優しさは、今でも私の支えになっている。
孤独を救ってもらえてどんなにありがたかったか。私が今こうしてヘラヘラしていられるのも乃亜のおかげだ。
私は唇を結んで、ぼっちくんを見上げた。
「いじめをわざと見過ごすのはいじめに加担しているのと同じじゃないかな。私はそうなりたくない」
ぼっちくんは黙って私をじっと見つめていた。
なんて言われるんだろう。読めなくてドキドキしていると、彼はやがて小さくため息をついた。
「七瀬にいじめを見過ごせなんて、言ってないだろ」
「えっ……⁉︎」
呆れたようなその声に驚くと、ぼっちくんはそっと笑みをこぼした。
「俺を誰だと思ってんだ。人生二周目だぞ。いじめが起きる前に俺がなんとかしてやめさせるよ。七瀬が心配しなくてもいいように、この世界からはいじめ事件そのものを消滅させる」
「ほ、本当⁉︎」
「ああ。俺に任せろ」
うう……超絶かっこいい!!
私は思わずぼっちくんに抱きつきそうになったけど、何とかつま先にブレーキをかけて踏みとどまった。
やばいやばい。うっかり調子に乗って自爆するところだった。
「ありがとう、ぼっちくん!」
「お前は放っとくと余計なことをしそうだから、とりあえず忠告だけはしておこうと思ったんだけど……やっぱ俺の思った通りだった」
ぼっちくんはそう言って、結び目がほどけたような笑みを浮かべた。
「でもそれが七瀬だよな」
ズッキューンと心音が上がる。
鼓膜の中に響く鼓動がうるさすぎて、褒められたのか貶されたのかも分かんない。けどなんか嬉しい。
ぼっちくんとの距離が縮まったみたいな気持ちになる。
「だけど……いじめを止めるってどうするつもりなの? 一人で大丈夫? 私にできることがあったらなんでも協力するから教えて。一周目の時は誰がいじめられてたの? どんないじめ?」
もっと近づきたくてそう言ってみたけど、ぼっちくんは首を横に振った。
「七瀬は知らない方が身のためだ。知ったらどうせ放っておけなくなるだろ」
「そ……それはそうかもしれないけど」
「いいから、この件は俺に任せとけって言っただろ。七瀬は放課後に古河を呼び出す文言だけ考えとけよ」
ぼっちくんはそう言うと、私に頼もしい背中を見せた。
「じゃあ、俺は先に戻る。時間差でお前はゆっくり戻ってこいよ」
「うん」
有無を言わせずに去っていくぼっちくんにときめきと切なさを感じながら、私は手を振った。
「結局、何も教えてもらえなかったな……」
ぼっちくんの私への気持ちもまだ分からないままだ。
私を助けてくれるのは、ただの同情? それとも……私に何か特別な気持ちがあったりするのかな……?
分からないけど、今はただぼっちくんを信じるだけだ。
これからどんなことが起きようとも、彼は私の味方なんだって──。