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第6話 過去の後悔

 それから、昂輝と朱里は自然と話すようになり、仲良くなった。

 それと比例するかのように、朱里へのいじめはエスカレートしていった。


「あーあ……」


 体育の授業前、女子が更衣室に体操服を持って移動していく中、朱里が体操服バッグの中を見て青い顔をしていることに昂輝は気づいた。

「どうした、七瀬」

「あ、ううん。なんでもない……」

 昂輝を見て、朱里は一瞬バッグを隠そうとした。

「見せろよ」

「あっ、待って」

 朱里の制止を無視してバッグを奪い中を開けてみると、そこには泥まみれになった体操服が入っていた。


「何だこれ。ひどいな」

「やけに重たいなーと思ったんだけど、まさかこんなことになってるなんて。あははっ。すごいドロドロ」

「笑い事じゃないだろ」


 遠くでクスクスと笑い声がしたから振り向くと、河合エリカが他の女子と一緒に談笑していた。何の話題かは知らないが、時々彼女だけこっちに視線を送ってくる。


「あいつ……」


 昂輝は以前朱里の上履きシューズの件で、エリカに「お前がやったのか?」と尋ねたことがあったが、その時はのらりくらりとはぐらかされていた。

「私がやったっていう証拠があるの? 疑うなんてひどい……」

 そう言って泣かれ、逆に疑ってごめん、と慰めるハメになった。女を泣かせるなという至上命令には逆らえなかったのだ。

 けれども、これはひどい。放って置けない。

 昂輝が再びエリカに注意しようとした時だった。


「坪内! ちょっとこっち来て」


 昂輝は誰かに呼び止められた。それは朱里の親友、朝倉乃亜の声だった。

「乃亜……」

「朱里は体育見学にしな。先生にちゃんと事情を説明するんだよ?」

 心配そうだった朱里にテキパキと指示をした乃亜は、昂輝を連れて教室を出た。ひと気のない廊下の隅まで行くと、彼女は唐突に怒りを昂輝にぶつけた。


「朱里に近づくのはやめてくれない? はっきり言って、迷惑!」

「俺が迷惑?」


 昂輝は戸惑ってしまった。女子に怒られたのは母親依頼だった。


「中途半端な優しさならいらない。問題解決どころか、ますますエスカレートしてるじゃない。全部あんたのせいだよ坪内。朱里を守りたいなら、他の女子と全員縁を切って。それができないならもう朱里に近づくな!」


 乃亜は朱里のいじめの犯人が昂輝に関係していると見抜いて、彼女なりの意見をしてきたのだ。


「近づくなって言われても……俺のせいなら放って置けないだろ」

「朱里のことは、私が守る」


 乃亜の目は真剣だった。


「あの子、中学時代も可愛いせいでいじめられてたの。その時も私が守ったんだ。……同性愛のカップルのフリをしてね」


 昂輝は驚いて乃亜を見た。女子の中では身長が高く、格好良い姉御キャラだ。宝塚歌劇団に入れば必ず男役になるだろう。小さくて姫ポジションの朱里と並べば、確かにカップルのように見えてくる。


「もちろん、私たちにそんな感情はないよ。でもそこまでしないといじめは止まらなかったの。あの子、明るいフリしてるけど本当は傷つきやすいから守ってあげないとダメなんだよ。坪内。あんた──他の女を全員敵に回して、あの子と恋人同士になるつもりがあるの?」


 昂輝は返事に詰まった。その時だった。



「やめて、乃亜っ」



 後ろから、朱里の声がした。昂輝たちを心配して追いかけてきたらしい。


「私、大丈夫だから! もう、中学時代みたいに弱くないよ? こんなのへっちゃら! だから……坪内くんに守ってもらわなくても大丈夫!」


 へへっ、と朱里はいつもの笑顔を見せた。けれども、いつもとどこか違って嘘っぽい笑顔だった。


「七瀬……」

「坪内くんのせいじゃないから、気にしないでね」


 その声は少し震えていたと思う。昂輝は──ますます朱里のことが心配になった。



 そして、その後……昂輝が今でも後悔している、あの出来事が起きる。



 ──



 あんな悲劇はもう繰り返させない。

 そのために、昂輝はぼっちになったのだ。昂輝がいなくなれば朱里は嫉妬されることもなく、平和に暮らせると思っていた。

 しかし運命は昂輝が思っていたより複雑な動きをしているようだ。朱里は昂輝のようにモテている上に、嫉妬のターゲットにもなっているらしい。


 せめて今回こそは朱里がいじめのターゲットから外れるようにしなければ──。


 昂輝は決意を込めて、二周目の廊下を歩き続けた。





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