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第7話 古河くんを呼び出してみた件

「古河くん、今日一緒にカラオケ行かない?」

「あーっ、ずるい! 私も行きたい!」

「みんなで行こうよ、ね、いいでしょ? 古河くん」



 俺の名前は古河佑哉こがゆうや

 学校一のモテ男だ。

 何も言わずに廊下を歩けば、俺と一緒に帰りたがっている女子が金魚のフンみたいにくっついてくる。



 ……そんなモノローグが聞こえてきそうな、キラキラした光景が廊下の奥からこちらへ迫ってきている。

 私は階段への曲がり角にある壁の陰から、彼に声をかけるタイミングをこっそりと伺っていた。


 古河くんは本当にかっこいい。

 背は高いし、股下85センチくらいありそう。顔面はもちろん、言わずもがな。清潔感もあって、近づけばきっとものすごくいい匂いがするに違いない。あれぞまさに一軍男子。

 あの人が本当に私のファン……なのかなあ?

 ものすごく疑わしい。

 でも、私のアクリルスタンドを自作していたしなあ。


 よく観察していると、古河くんが浮かない表情をしていることに気がついた。時々ため息もついているみたい。

 どうしたんだろう。思い当たることといえば、昼休みに私が古河くんに声をかけられて「いやああああ! 来ないでくださあああい!!」って言いながら全力で逃げ出したことくらいだけど……。


「どうしたの、古河くん。何か悩み事? 昼間からずっとため息じゃん」


 古河くんの隣にいた子がナイスな質問をする。ナイス!

 古河くんは落ち込んだ表情のまま、彼女を見た。


「俺って、キモい?」

「は? 全然。超かっこいいけど」

「俺もそう思う」


 思ってんのかい。素直なのはいいことだけど。


「何故だ。原因がさっぱり分からない。自分で言っちゃあなんだけど、俺……優良物件よ? 女の子に愛されるために生まれてきたような男だよ? それなのに……どうしてなんだ」


 古河くんはブツブツと独り言のように呟いている。


「SNSをフォローしてるのがキモかった? いや、それくらい誰でもやるだろ! 友達同士でフォローし合うのなんて当たり前だし。友達になる前からフォローしてたからってそこまで嫌がらなくても……」

「ねえ、さっきから何の話?」

「私たちがついてるじゃん! 元気出してよ」

「うん。分かってるんだけど……」


 古河くんは再びため息をつきながら遠い目をした。


「推しに嫌われたかもしれないと思うとどうしても心が死んじゃって」


 うん。これ絶対私のせいだ。

 そして古河くんはやっぱり私のガチオタだ!


「推し?」

「いや、何でもない」


 古河くんは周りの女子に弱々しい笑みを向けた。


「ごめん、みんな。今日は一人になりたいんだ。ちょっと考え事したいから……先に帰るね」

「ええ〜っ?」

「また今度、埋め合わせするから」


 都合よく、古河くんが彼女たちと別れて一人になった。今がチャンスだ。



「やっべ。素が出そうになった。キモオタ素質があることだけはみんなに内緒なのに……。これも全部朱里ちゃんのせいだ。今は朱里ちゃんのことばかり考えちゃって、他の女の子に構う余裕がない。なんて罪深いんだ俺の天使は」


 また一人でブツブツ言いながら、古河くんが私のいる曲がり角に差し掛かった。


「あ、あのっ。古河くんっ」


 突然呼び止められて、古河くんはうんざりしたように振り向いた。

「だから俺は、今日は一人になりたいんだって……」


 文句を言おうとした彼の目が丸くなり、瞳孔が開いた。



「あ、あ、あ、か、りちゃん……⁉︎」



 彼は一瞬で号泣しそうになった。


「え。夢? まぼろし? 君の方から声をかけてくれるなんて……」

「あ、あの、ごめんなさいっ。ちょっといろいろお話したいんですけど……人に見られていると恥ずかしいので……これっ読んでくださいっ」


 私は恥ずかしくなって、慌ててあらかじめ作っておいた手紙を古河くんに渡した。

 その手紙にはこう書いてある。



『古賀くんへ。

 二人っきりで話がしたいので、30分以内に河川敷まで来てください。

 誰かに見られないように、一人で来てね。

 絶対に二人だけの秘密だよ。 七瀬朱里より』



「じゃあっ」

 ミッション、第一段階成功。

 私は人目を避けるべく、すぐに彼の前から逃げるように立ち去った。



「こら、七瀬! 階段は走るな!」

「すいませんっ! 非常事態なんですーっ!」


 すれ違った先生に怒られながらも、私は全力で河川敷へと向かった。

 古河くん、来てくれるかな。もう話しかけないでくださいってお願いするためにわざわざ呼び出すのは心苦しいけど、古河くんとしゃべっているところを誰かに見られるだけで噂が立ちそうで怖い。


 集合場所を河川敷にしたのは、単純に人がいないから古河くんがどんなにキラキラした笑顔でいようともキャアキャアとはしゃぐ女子たちが群がってこないっていうところと、橋桁の下は意外と涼しくて直射日光も避けられるのがちょうどいいからだ。

 Rolling Stonesカフェはぼっちくんとの思い出の場所だし、彼のテリトリーだから、そこに古河くんを連れて行きたくなかった。


 この難関ミッションを必ず成功させて、ぼっちくんに褒められたい。

 そしてまたご褒美に頭をヨシヨシされたりしたら超嬉しい……。


「うふふ」


 能天気に笑いながら土手を降りようとした時だった。


「おーい、朱里ちゃーん!」


 河川敷の方から誰かの声がした。

 見ると、そこには超笑顔で手を振る古河くんの姿が……。


 え。待って。なんで私より先に着いてるの⁉︎ めちゃくちゃ笑顔で手を振ってるし!



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