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第15話 ヴィンセント・グラップ

「ヴィンセント・グラップ!!」


「げえヴィンセントだ!?」


 苦虫を嚙み潰したような表情でヴィンセントを見る俺と、縋る様に俺の腕に絡みついて嫌がるカルヴィナ。


 そんな俺たちを見たルイスとスミス、傍観している生徒たちは真顔、または不思議そうな顔を俺たちに向けている。


「いい加減にしろマルフォイ! 立場の弱い者をいじめて楽しいか!」


 流れる綺麗なブロンドの髪をなびかせてビシッと俺に指さすヴィンセント。


 その姿に見惚れる女性とがチラホラと散見する。


「ッハ! ああ楽しいねえ!」


 眉毛をハノ字にし、どこ吹く風といった顔で俺はヴィンセントを見た。


「愚民の躾は俺たち貴族の義ィ務ゥだ。粗相をしでかさないためにも、献身的な教育は必要不可欠……。ヴィンセントォ。俺を睨むその眼差し実はあ↑、俺と同じ感性なんだろぉ?」


「なんだろぉ?」


 ニヒルに笑みを浮かべて方眉を上に動かす。どうせお前もそうなんだろう? そんな表情を作りヴィンセントを見る俺とカルヴィナときたら、どっからどうみても悪役のソレだろう。


(なんてワザとらしい顔なんだ……)


(マルフォイの憎たらしい顔がイイ!!)


 隣に座る二人。片方は白目を向いて俺を見る視線と、相変わらずキラキラした視線が俺を見る。


 前者はそれでいい。後者は……まぁ……まぁいい。


「君と同じ感性だと……? 笑わせるなマルフォイ!!」


 ――ギュ!


 俺たちを指した指を曲げ拳を作る。


「我らがドルイド帝国において愚民など誰一人として居ない!! ボクたち貴族は民草のおかげで襟を伸ばして立っている!! 民草が貴族を立たせているんだマルフォイ!! だからボクたちは民草の見本にならなければならない!!」


「「っぐ!?」」


 キラキラと周囲を煌びやかにするヴィンセントの論。周りの生徒たちは目を輝かせて正義の貴族を見るが、俺たち二人は額に汗を滲ませながら一歩後ずさる。


「は、ッハ! 所詮は綺麗ごとぉ! 愚民は俺たち貴族が躾なければ何もできない無能だ! ザクにも値しない醜悪な人間なんだよお↑!!」


「なんだよお↑!!」


 言ってやった。論破した。俺という存在が当然そう思っている言葉をニヤついた顔で放った。


 カルヴィナも同調してあくどい顔でヴィンセントをクスクスと笑う。


「醜悪な人間……?」


 ピクリと方眉を動かして反応するヴィンセント。


「民草を馬鹿にし、共に国を発展させていく仲間たみをあざ笑うその感性!!」


 ババンと手のひらを俺たちに見せる。


「醜悪なのはマルフォイ!! キミじゃないのかい!!」


「「ッッグゥ!?!?」」


 体をビクつかせ、わなわなと口を震わせる俺とカルヴィナ。


 周囲の奇異な視線に気づいた俺たちは。


「ぉお! お父様に言いつけてやるからなああああああああ!!」


「やるからなああああああああ!!」


 脚をグルグルと回転させて逃げるようにこの場を退散した。


「うおおおおお!!」


「いいぞヴィンセント!!」


「キャーステキーー!!」


 俺たちのが退散したその後は皆が皆ヴィンセントの雄姿を称え。


「マルフォイはうんちだったんだ!! イエーイ!!」


 ルイスはガッツポーズ。


「どっか行っちゃった……」


 スミスはシュンとした。


「「「ヴィンセント!! ヴィンセント!!」」」


「いやぁ~参ったなぁ……」


 惜しみないヴィンセントコールがしばらく続いたそうな。



 その日の夜。


《――噴火の前兆はあるケド、いつ噴火するかわからないわね……》


「だろうな。しかしまだ猶予は残されている……」


《私にはさっぱりわからないのに、マルフォイが自信を持って言うなら信じるわ♡》


「なぜ噴火に時間があるのか。と質問しない所がガブリエル、お前の魅力だ」


 ソファに深く座り机に上げた足組を反対にする。


《んもう♡ 素直に褒められたら嬉しくなっちゃうじゃない♡》


 青い口紅を塗った唇をすぼめ、腰をくねくねしているガブリエルの姿が容易に想像できる。


「その街とその周辺は噴火の影響をあまり受けないが、用心に越したことはない。……念のため偵察に出しているお前になにかあれば嫌――貴重なザクが消えるのは損失だ。避難する時は全力で避難しろ」


「うふ♡ りょーかい♡」


「切るぞ」


 ――プツ。


「ふぅ……」


 耳元に展開した魔術陣を消し、俺は大きく息を吐いた。


 俺がこの世界に生まれてから、世界の存亡が危ぶまれる事件が数回あった。最近その数回に加算される候補が浮上し、今回俺が信用を置いているザクの一人であるガブリエルには偵察に行ってもらい、その報告を聞いた。


「……エンドレスワールドのランダムイベントか」


 人命に関わる突発的なイベントと言えば、ルイスの両親が居る農業地区でのゴブリン被害が記憶に新しい。


 今回発生するランダムイベントは、まさに世界の存亡が危ぶまれるが含まれるイベントである。


 ゲームのエンドレスワールドでのイベント仕様としては、火山の噴火に備え備蓄やら家畜、人の避難を制限時間内にこなすというもの。


 字面としてはさも簡単なことだが、節操のないコラボギネス保持のエンドレスワールドがそれだけで終わるはずもなく……。


「さて、今回はどう俺を楽しませる……エンドレスワールド」


 期待とは裏腹に緊張感をも感じる。ゲームの使用上仕方ない事はあるにせよ、俺はそれをも楽しむつもりだ。


 そう思っている時だった。


 ――ヒュウ。


 開けた窓から可視化した風が俺の頬を撫でる。


「来たか」


 ――パチ!


 とフィンガースナップ。するとくぐもった扉が開く音が段々と大きく聞こえてくると、この部屋の扉が開いた。


「――」


 開いた扉の後ろには黒いフードを被った人間が俺を見ていた。


 おもむろに手でフードを掴んで脱ぐ。


「夜遅くにすまないね、マルフォイ」


 ブロンドの流れる様な綺麗な髪。


 整った顔立ち。


 耳障りの良い声。


 悪の貴族と双璧を成す善の貴族。その象徴たる嫡男の男――ヴィンセント・グラップが俺を訪ねてきた。

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