「ふぅ……。このフードを被るの止めにしない? 気温が高い日だと熱いんだよね」
「それには賛成だな。密会するための昔からの習わしとはよく言ったものだ。一度風が吹いた拍子に正体がばれる古典的な顔隠しなど、まったくもって不要な習わしだ」
深く被ったフードを脱ぎながら俺と対面のソファに腰かけるヴィンセント。流れる様に綺麗なブロンドの髪を揺らし、やれやれと困った様に眉毛をハノ字にした。
肘を着いた手に顔を置き、中指と人差し指を同時にクイと小さく上げると、用意したティーポットが独りでに動き、ヴィンセントの前に置いてあるティーカップに紅茶が注がれる。
「んん~♪ この湯気から香る芳醇な香り……。ンク。……舌に絡めばまろやかで、喉に通せばヒマワリを連想させる……。サラダ家が誇る茶葉を使ったものだね」
微笑む様に自分の感想を言ったヴィンセント。奇しくも俺と同じような感想なのが何とも憎たらしい。
「さすがにわかるか。少し前に農業地区でゴブリン騒ぎがあってな。紆余曲折あったがクエストは達成……。その騒動を調べたついでにサラダ家の茶葉も手に入れたわけだ」
「その話はこっちにも届いてい居るよ。なんでも先に送られたパーティがクエスト失敗したって? その後に送られた優秀なパーティがクエスト完了したとも届いている」
そう言ってカップを傾け紅茶を飲んだ。
飲み終わったのを確認する。空になったティーカップに再び紅茶を注いていると、ニヤニヤした表情のヴィンセントが俺を見ていた。
「優秀なパーティねぇ……。ボクの調べによると農業地区に出向いたクエスト失敗したパーティとクエスト達成したパーティの派遣元が同じだってさ……」
「なにが言いたいヴィンセント」
「君がサラダ家の嫡男であるルイス・サラダを
このヴィンセント・グラップは非常に優秀な男。特に観察眼が非常に優れている。頭脳明晰は当然のこと、人の挙動や表情で相手の行動を読み取り、推理し、動く。
それは学業においても遺憾なく発揮し成績優秀。そして戦闘面に関しても天才の域にあり、善の貴族としての人気はもちろん整った容姿で人気を博している。
だからこそ。
「なんのことだかサッパリ皆目見当つかん。一人で慰めすぎて観察眼が鈍ったのではないかヴィンセント」
「へぇ~~そうなんだ。まぁそういう事にしておこうかな」
俺がニヒルに笑って誤魔化している今でも、ニヤニヤしているヴィンセントには誤魔化しきれないだろう。
「でだ。こんな夜遅くに何用だ。俺もそろそろ床に着き、カルヴィナの抱き枕としての使命を全うしなければならんのだが?」
「そう言えばカルヴィナは夜更かししない
ハハ! と笑うヴィンセント。
すると笑顔の表情から一変して真剣な顔に変わり俺を見た。
「正義の貴族であるグラップ家。悪の貴族であるイングラム家。双方は華麗国で言うと対極に位置する相いれない善悪の代表貴族だ」
イングラム家が悪の貴族代表ならば、グラップ家は正義の貴族代表だ。陰謀、悪逆、不誠実。悪の貴族を取りまとめるイングラム家とは違い、グラップ家は一本筋の通った正義その者であり、正義の貴族の取り纏め、まさに誰もが羨望の眼差しで敬う存在である。
「故に互いをけん制し合い、尖りすぎている勢力を抑制している。何を真剣な顔で言うと思えば、そこらへんの学生にでも聞けばわかる事だろう。ましてや俺たちは当事者だぞ」
「まぁそうだね」
ヴィンセントはそう続けて。
「イングラム家は謀略に暴走する悪の貴族を抑制する役割がある様に、グラップ家にも行き過ぎた正義を執行するのを止める役割がある」
「そうだな……当然だが……」
悪の取り纏めを皇帝から任されたイングラム家。正義の取り纏めを任されたグラップ家。両家は代々その役割を全うし、裏ではこうして交流を続けている訳だ。
父上の代では悪の貴族が幅を利かせている訳だが、俺の代でその幅を交代する計画。今日学園でヴィンセントとひと悶着があり、おめおめと尻尾を巻いて逃げたのはそれを周囲に匂わすためだったりもする。
「そして今日この場に来たのは他でもない」
「というと……?」
「輝かしい正義を免罪符にし、不必要な暴力に訴えかける輩が出てきたのを報告するよ」
そう言うヴィンセントの眼差しは真剣そのもの。
どうやら正義の貴族であるヴィンセントは動くそうだ。