マリンは友人である萩生の紹介で知り合った地下アイドル。そこそこ人気があるようで、見た目も可愛い。何よりも風船みたいなオッパイが魅力的だ。
こんなメロンのようなものを揺らしてダンスをするなんて、けしからんとむしゃくしゃしてしまう。
「なーんか、木梨社長と一緒にいると自信がなくなっちゃう。他の男の人はマリンのことをチヤホヤしてくれるのに、社長は怒ってばかりなんだもん」
真っ赤なルージュで彩られた唇を尖らせて、分かりやすく拗ねる。
彼女を口説きたいのなら、甘い言葉の一つや二つ掛けてやるのかもしれないが、生憎俺には波留というパートナーがいる。
出し掛けた手を引っ込めて、ぶっきらぼうに突き放した。
「他の男がいいなら紹介してやろうか? 男の俺から見てもイケメンで、職業は弁護士。しかも独身」
「え、そんな素敵な物件があるの? はいはいはーい! マリン、愛人枠に立候補しちゃいます♡」
現金なやつめ!
コイツは男を何だと思っているんだ?
条件だけで立候補しやがって。しかも愛人って、彼女じゃないのかよ!
先程も言ったのだが、身体を安売りするのはあまりお勧めできないのに、どうして彼女達は春を売るようなことを選ぶのだろう?
華が美しい内に、っていうのも分かるが、もっと自分の身体を大事にして欲しい。お金欲しさに好きでもない男に身体を許すよりも、愛を育んで欲しいと思うのは浅はかな願いなのだろうか?
「えー、どうしたの社長? もしかして他の男に紹介するのが惜しくなった? あらら? もしかしてマリンの魅力に今更気づいちゃった?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。単純に何でパパ活なんてしてんだろうなって思っただけだよ。地下アイドルを続ける為にってのは分かってんだけどさ……」
俺の言葉にマリンの仮面が外れ掛けて揺らいだ。口元が引き攣って、歪んだ笑みしか浮かべられなかった。
「……何で? アイドルに憧れるのがそんなにアホらしい? カラダ売ってまでやる価値あるのって思ってるんでしょー?」
それは一理ある。
想像と偏見に塗れた知識かもしれないが、ファンに愛想を振り撒いて、自腹で衣装やグッズを準備して、レッスンに金と時間を費やして。
代償の割に対価が少なすぎる。
まだプロになる可能性があるのならしがみつく価値はあるかもしれないが、若いうちしか夢見れない職業だ。さっさと堅気の仕事に就くか、結婚して家庭を持った方がいい。
「ねぇ、おブスな女の子に生きる価値ってあると思う?」
「…………え?」
突然の質問に情けない声で答えてしまった。
おブスに生きる価値? そんなの当たり前だろう?
「生きる価値のない人間なんていないだろう? そもそも第三者に決める権利なんてねぇし」
マリンは嘲笑を吐いて、蔑んだ目を向けてきた。
「それは木梨社長が整った顔で生まれて、何一つつまづくことなく生きてきたから言えるセリフだよね? 男が思っている以上に女の世界って見た目が重要なの。ブスってさ、誰にも認めてもらえない上に、存在しているだけで暴言を吐かれるんだよ? 男に見てもらえないのはもちろん、同性の女にまで馬鹿にされてさぁー。本当に馬鹿馬鹿しいったら、ありゃしない」
苛立ちを抑え切れないのか、せっかく綺麗に彩っていたネイルを噛んで、硬い声色で話し始めた。
「母親もさ、自分だってブスなくせに、更におブスな私のことを蔑んでさ。可愛がってもらった記憶なんて全くなかったよ。小学校も中学校の時も、触ったら汚いって、ブスがうつるって触れてももらえなかった。でもね、それでも泣いたり悲しんだりする権利がないんだよ? 必死に笑って誤魔化して、イジメじゃなくてイジられキャラを演じるの。本当に惨めで死にたくなったなぁ」
今、俺の目の前にいるのは水色の髪の人形みたいな容姿の可愛いマリン。だが、今の彼女になる前の……
「初めてセックスをしたのは中学三年生の時。数人の男子に囲まれて、顔に布を被せられてシたの。痛くて泣いても……誰も気にも止めてくれなくて。ふふっ、おかしいよね。ほら、マリンってオッパイだけは大きいから……。エッチをするには丁度いい女だったんだろうね」
「マリン、お前……」
「私、絶対に子供なんて産みたくない。だって、私が産んだ子供なんて可愛くないに決まってる。私は自分の子供にこんな思いをさせたくないの。それにさ……たーくさん整形して、やっと今の顔を手に入れたの。あんなに毛嫌いしていた男達が、私に媚びを売ってるんだよ? 笑えるでしょ? あんなにおブスだった私をチヤホヤして、本当に笑えちゃう」
笑えるって言うなら……何でお前は泣いているんだよ。
カラコンを入れた大きな瞳から溢れる大粒の涙が、ボロボロと落ち続ける。
彼女に掛けることが見つからなかった。
ルッキズム……外見至上主義。口先ではどうとでも言えるけど、結局は消えることのない差別の一種だろう。
俺自身も見た目で判断しているところがあるので否定はできない。だが、それだけが全てだと言うのは、あまりにも救いがなさすぎる。
「マリン、俺は見た目だけでお前を判断してるわけじゃないんだぞ?」
「……分かってる。木梨社長は私自身を面白いって思ってくれて、色々と世話を焼いてくれたんだもんね。でもね……きっと私自身がルッキズムだから、こういう生き方しかできないんだ」
見た目で差別されて、今もなお傷つきながら生きているマリンを見て、俺は無意識に抱き締めていた。
好きとか、愛しいとか、そんな感情とは別の。顔も知らない女の子が泣いている気がして、気持ちを抑え切れなくて、止めることができなかった。
————……★
「それが正解かどうかは分からないけれど……どうしようもなかったんだ」