きっと、彼女にとって誰にも言いたくなくて、守りたかった秘密だったに違いない。
そんな傷だらけの瘡蓋でデコボコになった心に触れて、気付いたら俺まで涙を流していた。
「社長……、同情はいらないの。私が欲しいのは、私がマリンとして生きていく為のお金なの。私はこれからも可愛く有り続けて、皺くちゃのオバちゃんになる前に死んじゃいたいんだ」
そんな悲しいことを言うなよ。
何で悲しいのか、抱き締めた時には分からなかったけれど、今なら分かる。
俺はマリンの過去に心の未来を重ねたんだ。
可愛くないと親にも愛されなくて、孤独な幼少期を過ごしたマリン。ついこの前までの俺はマリンの親と一緒だったんだ。
「愛してなかったわけじゃなかったんだよ……。ただ、受け入れるのに時間が掛かって、子供だからこそ……だからこそ認められなかったんだ」
心も幼少期のマリンにも、どうすることもできなかったのに。
整理しきれないゴチャゴチャの頭のまま、俺は縋るように腕に力を込めた。
「——社長? ゴメンだけど離してくれる?
マリンはね、マリンに欲情してくれる男の人は好きだけど、同情は勘弁なんだよねぇ」
俺の胸元に触れた指先に力が籠っていく。
少しずつ、少しずつ広がっていく距離。それを寂しいと思う権利は俺にはないのに、それでも止めたくて、マリンの手の甲に手の平を重ねた。
「社長の優しさって、ぶっきらぼうで分かりにくいのに、温かくて……ダメ」
「ゴメン、俺……」
「私さ、マリンとエッチしたいと思わなかった社長のことが好きなんだ。だからさぁ……これからもずっと、今の社長でいてくれる?」
彼女の手が動いて、指が絡んで、そして離れた。
「マリン、俺……やっぱりお前には真っ当な生き方をしてもらいたい。こんな身を削るような生き方じゃなくてさ」
風俗の人、皆がそういう生き方をしているとは思っていない。だが、マリンは……目の前の子は、その生き方を続けられるほど強い子には見えなかった。
驕りかもしれないが、本音では誰かに助けてもらいたかったんじゃないだろうか? 本当の自分を曝け出して、止めて欲しかったんじゃないだろうか?
チリチリと焦燥が生じる。じっとしていられなくて、慰めにもならない言葉が反芻される。
「あーぁ、何で奥さんよりも先に出逢えなかったんだろうね。私が先に出逢ってたら、少しは違ってたかな?」
波留よりも先に出逢っていたら?
確かにマリンは可愛くて、とても魅力的な女性だと思う。
だが、今の俺がいるのは波留のおかげだから。きっと波留に出逢っていなかったら、マリンは俺なんか見向きもしなかったと思う。
「でも、過去を悔やんでも仕方ないしィ。仕方ないから社長の友達兼、教え子ちゃんでいてあげるよ♡」
あんなに嫌悪感満載だったパパ活モードのマリンに、今は救われる。ニッと作られた笑顔に連れられるように笑って、俺達は手を繋ぎ合った。
「社長、このお勉強会のお返しに、社長が困った時にはマリンが助けてあげるから」
うん、ありがとう。もう既に助けられているけれど——ってことは、俺の胸の内に収めておこう。
「その時は頼むよ、マリンちゃん」
「えへ、お任せあれ♡ マリンの笑顔で社長を癒してあげるからね♡」