「もし奥さんがスマホを手放さなくなったら、浮気を疑った方がいいわよ」
実際に不倫をしていただけある説得力満載のメロの助言を頭に隅に置いて、俺は我が家へと帰宅を果たしていた。
もうすっかり調子を取り戻した波留は、心にご飯を上げながら一緒に笑って、美味しそうなご飯をスプーンで掬って、心の小さな口に運んでいた。まるで雛鳥に餌を与える親鳥のようだ。
(こんなに可愛い波留が、愛する娘と俺を裏切って他の男とイチャコラしていたら、確実に死ぬ……!)
誰も信じられなくなって、引き篭もりになって孤独なまま死に果てるに違いない。
「あ、大智さん。おかえりなさい。今日は早かったんですね」
「パパパー、ぷぅーぷぅー」
二人して満面の笑みを浮かべて迎えてくれて、しみじみと幸せだなと胸の奥が暖かくなっていった。
俺はネクタイを外して、羽織っていたスーツをハンガーに掛けたのだが、ふとダイニングテーブルの上に置かれていた箱が気になって中を覗いてみた。
そこに入っていたのは沢山の果実とお菓子。こんな世話を焼いてくるのは俺の実家しかないと苦笑を溢した。
「もしかして俺の親父、また来た?」
「うん、その段ボールを持って、遊びに来て下さいました。大智さんのご両親、とても優しくて仲良しですよね」
とはいえ、こんなに仕送りをされても困るのだが。一人っ子の俺を可愛がってくれるのは嬉しいのだが、いつまでも子離れできていないようで少し恥ずかしかった。
「大智さんのお母さんも、心にたくさんお菓子を買って下さって。本当にいつも有難いです」
「あの人たちは生粋のお節介焼きだからね。つーかさ、こんなに食える? 腐らせちゃいそうで怖いなー」
明らかに大人二人で食える量じゃない。かといって他にお裾分け出来るような人もいないので、その辺りを考えて送ってほしい。俺は手の平ほどの大きさの柑橘を手に取って、思いっきり匂いを嗅いだ。
うん、この爽やかな香りが堪らない。
「大智さんのご両親って、本当に仲が良くて羨ましいよね。二人とも大智さんに似てて、私の憧れです」
「えー、うるさくてデリカシーがないだけなんだけどね。特に俺の母親は」
とはいえ、似てると言われると若干むず痒さを覚える。
たしか波留にも話したことがあったと思うのだが、もしかしたら忘れているのかもしれない。
「父さんに関しては、俺も尊敬してるから似てるって言われると嬉しいな」
俺の父である
二人の間に子供が出来なかったことも理由になるのか、誉さんは俺のことを実の子のように育ててくれて、俺は彼のことを尊敬していた。
もしかすると、長年連れ添った夫婦は似てくると言われているので、俺と誉さんも親子として接していくうちに似て来たのかもしれないなと、勝手に思い込んでいたほどだった。
「そのうち俺と波留も似たもの夫婦になるかもしれないな。おじいちゃん、おばあちゃんにんっても、ずっと仲良くしていこうな?」
「そうですね。大智さん、これからもよろしくお願い致します」
俺はこの時の彼女を一ミリも疑うことなく、全てを肯定するように愛を捧げていた。
だが実際は……波留は俺に大きな秘密を抱えていて、その秘密の一片を垣間見た瞬間、俺は今まで味わったことのない絶望を思い知ることとなる。