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037 暗黙の了解

「よくもアタシをハメてくれたなぁ! このヤロウッ!!」


「ハメたわけじゃねぇーって! そっちにかなり有利な条件だし、そもそも俺たちが依頼見つけて教えてやった形だろ!」


 アタシは、朝っぱらから、町の入口でマイザーの胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。


「まあまあ」


「少し落ち着けい」


 フィーリーと、ダルハイドさんが間に入って、アタシとマイザーを引き剥がす。


「正直、今回の件のやり方は気にいらないにゃ」


「でも、“リーダー”同士の話し合いの結果よ」


 トレーナさんが、ウィルテを見て余裕の微笑を浮かべながら言う。


 そう。なぜか、“ダブルパイパイ”はアタシがリーダーとして登録されていた。


 理由を聞いたら、「剣士が前、魔法使いは後ろの方が見映えがいいからにゃ」とよく分からないことをウィルテは言ってたけど。


「無理して受けなくてもいいさ。冒険者ギルドに戻って不当契約だって言えばいいじゃん」


 シェイミは犬耳をブラシで軽く擦りながら言う

(毛繕い?)。


「知ってるだろ。依頼に不備がない契約の一方的な破棄は、実質的に“黒星”になるにゃ」


「“レンジャー、・チーム同士の諍いごと当事者同士で解決に当たるべし”……冒険者の基本じゃな」


「当たり前にゃ。自分で自分の尻も拭けないレンジャーに仕事は任せられんにゃし」


 アタシがキョトンとしていると、ダルハイドさんは胸元から小冊子を取り出す。

 大きな手で、器用にそれを開くと、そこにはギルドのルールみたいなものが箇条書きに書かれていた。


「登録した時にバッジと一緒に貰わんかったのか?」 


 あれ? そんなん貰ったったけ?


「そんなモン見せないで欲しいにゃ! レディーには、ウィルテ、手取り、足取り、乳取り…ナマでレンジャーのイロハを教えてるにゃ

!」


 ウィルテに強く引っ張られる。


 “乳取り”で、ユーデスがなんかガタガタし出し、マイザーがアタシとウィルテの胸を見て鼻の下を伸ばしたんで、シェイミがスネを蹴り飛ばしていた。


「座学も必要じゃろ。チーム規定則を知っとれば、今回の事態にはならなんだ」


「余計なお世話にゃ!」


 ん? ウィルテは、なんかアタシがあのガイドブックに近づくの嫌がってるように見える。


「……なんか、アタシが読んで困ること書いてあんの?」


「え!? あ、いや! そんなことないにゃ! 活字を読みすぎると、あの半巨人トロルみたいに、レディーの目がショボショボしてゴマみたいに小ちゃーくなるのを心配てるのにゃ!」


 うーん。なんか怪しい。


 けど、ダルハイドさんってトロルだったのか。


半巨人ハイ・トロルじゃ」


「ああん?」


「種族をさす時は、そう呼んで貰いたい」


「は? 別にそんなのどっちだって同じ……」


 ウィルテが口を尖らかせて言うと、マイザーたちがなんか神妙な顔をしている。


「ダルハイドにとっては大事なことなんだ。頼むよ。ウィルテ」


 今までおちゃらけていたマイザーが真面目な顔をして言うのに、ウィルテも「分かったにゃ」と頷く。


「……まあ、今回の件、結果として騙すようになったのは悪かった。どうしても組むのがダメってんなら、俺たちから取り下げる。そうすれば、“ダブルパイパイ”の実績に傷はつかねぇし、キャンセル料もなくなる」


 シェイミとトレーナさんが「あーあ」と呆れ顔をする。


「うーん」


「ウィルテ」


「待つにゃ。このタイミングでそれ言われるの、なんかこっちが悪者になった気がして気分が悪いにゃ」


 ウィルテは腕を組んで難しい顔をしている。


 アタシたちの方もコレ受けるのは確定したんだから、ここで揉める必要は正直ない。

 まあ、マイザーに怒りをぶつけたアタシが言う資格はないんだけど。


「……ウィルテ。ワシらも好きこのんでこんなことをしたわけじゃないぞ」


「なんにゃ?」


「キサンが手当たり次第に依頼を受けとるせいで、ワシらグリーンランク以下の報酬額が減っとるんじゃ」


「なぁに甘えたこと言っとるにゃ! そんなのは早いもの勝ちにゃろが!」


「まあ、確かにそれはそうじゃ。しかし高ランクレンジャーが下の仕事を取ってしまうと、イエローやホワイトが育たんぞい。だから、ワシらも下のランクの仕事にはまず手を出さんことにしとる。これは決まり事ではないが、暗黙の了解というヤツじゃ」


 ウィルテは苦々しそうな顔を浮かべる。


「依頼がないと、ランクアップできない。俺たちも当然、ブルーやレッドを目指しているわけだ。その点、分かって貰えると助かる」


 ウィルテは「はー」とため息をついて頭をガシガシと掻く。


「わーったにゃ。ただし、一緒にやるのは今回だけにゃ」


 そう言うと、“マイザー・チーム”はホッとしたような顔を浮かべたのだった──。

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