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039 中堅レンジャー

 森の中に不自然に盛り上がった斜面があり、その裏手に回るとポッカリと大きな洞窟が口を開けていた。


「イークルから歩いて半日。こんな近くに古代の遺跡とはなぁ」


 マイザーは武器を軽く点検し直しつつ言う。


「でも、めぼしいお宝はもう無いんしょ?」


「うむ。低層はだいぶ荒らされておる。2年前ならウィルテも潜った事があるんではないか?」


「ないにゃ。発見者が大陸の人間で、ここの調査権もとある国が買い取ったにゃ。何か見つけても、全部そこが買い取るって話だったにゃ」


「とある国?」


「ウィズドン市国」


「あー、あの強欲市長か。あり得る話だな」


「珍しい物ならそこそこの値段で買い取ってくれるからバカみたいにレンジャーが集まったけど、本当に価値のあるものは二束三文の値段つけて取り上げられるのにゃ。こんなんに騙されるウィルテじゃないにゃ」


「それで、今からそんなところを探索するわけだけど、何か宛はあるのよね、リーダー?」


「ん? あー、とりあえず地下3階を目指す。そこから、そこそこ強い魔物が出てくる。闇猟犬ダーク・ハウンド浮遊監視者フローティング・アイが目撃情報にあった。中でも厄介なのは、石化大蛇ペトラコンダだ」


「石化させる魔物…そんなものまでいるのですか?」


 フィーリーが少し驚いたような顔を浮かべる。


「そうそう。そんなのがいるから、並の冒険者じゃ無理なんだって話なわけ」


「無論、対策はしておる。ワシらが戦闘は受け持つので、キサンらは探索を優先して貰いたい」


「あのー」


 アタシが手を挙げると、全員の視線が向けられる。


「アタシがちゃんと理解できてないだけかもだけど、ここの採掘権がある国に話は通さなくていいの?」 


 日本の常識じゃ、持ち主がいる土地で宝探しなんてしたらお巡りさんに捕まる。


「もう今は管理してないにゃ。前は見張りのレンジャーがいて、持ち出すものをチェックしてたにゃ」


 ウィルテは洞窟の横にあった見張り小屋を指差す。

 長らく使用してないのは明らかで、屋根や壁は朽ち落ちて、外から見ても分かるぐらいに草や苔が室内を覆っていた。


「まあ、もし見つかったら、やんや言われんだろうけど。そういうリスクもレンジャーにはつきもんなんだよ、新米さんレディー


 マイザーは馴れ馴れしく、アタシの背中をポンと叩いた。


 どうやら、犯罪じゃ……って思ってるのはアタシだけらしい。


「さあ、ちゃっちゃと行こうぜ。俺たちを待っている遺物があるんだからよ」




──



 洞窟内は思った以上に広く、通路でもアタシらが全員、横一列に並んでもまだ余裕がありそうだった。


 ウィルテとトレーナさんが【ライト・ソース】という魔法を使うと、小さな浮遊する光球がアタシらの周囲を明るく照らしてくれる。


「低層階にはそんなに強い魔物は……って、さっそくお出ましかよ」


 先頭を歩いていたマイザーが、人差し指を立てて「止まれ」と合図してくる。


 カチャカチャという音が暗闇の先から聞こえてくる。しばらくして、それが白骨……ボロボロの剣の盾を持ったガイコツが姿を現す。


 アタシはデモスソードのことを思い出し、思わずユーデスを強く握りしめると、彼は「大丈夫。あれは違う。単なる雑魚だよ」と静かな声で言った。


骸骨兵スケルトンか。まったく暗がりならどこにでもいやがんのな。ま、みんなはここで待機な。俺が軽く蹴散らせて…」


「失礼。先に行きます」


「え?」


 マイザーが双剣を持って走るよりも先に、フィーリーが音もなく走り出す。


「は、速いッ!」


 マイザーがビックリするのも当然だ。


 フィーリーが走る時は音がしないだけじゃなく、アイススケート選手がスケートリンクで走るみたいな動きだ。“走る”より、“滑る”に近いかもしれない。それを地面で行う。


 そして、剣を振る。


 音もなくスッと抜いて、そのまま剣を振るって、回して鞘に戻す。


 なんか居合抜きに似てるけど、フィーリーのは剣を抜く動作があまりに速すぎるから、アタシたちの目にはそう見えてるだけらしい。


 お父さん…グランバが流剣を使うとモーター音がしたけど、フィーリーはまたちょっと違う。シャーッていう金属が擦れた音が響く。


 5体いたスケルトンは、反応することもできず、ほぼ同時にガラガラッと崩れてその場に落ちた。


「これは……見事じゃな。核だけを斬り落としておるとは」


 ダルハイドさんが、バラバラになったスケルトンの背骨部分を持ち上げて言う。


 魔物によって違うらしいけど、骨だけの魔物の大体が胸椎と頚椎の間に核があるらしい。


「確かにスケルトンは弱い魔物だけどさ。一瞬でこんなこと……マイザーにもできる?」


 シェイミが聞くと、唇を噛んでいたマイザーは首を横に振る。


「イケてるのは格好だけだと思っていたのに……」


 トレーナさんが口元に手を当てていた。若干、頬が紅くなってるように見える。


「どうにゃ。驚いたかにゃ」


「なんで、あなたが自信満々に言うのよ!」


 フィーリーは何事もなかったかのようにして戻ってくると、なぜかアタシの方を見やる。


「レディー。ウィルテ。少しよろしいですか?」


 ユーデスがガタガタ震えるけど、アタシはそれを抑え込む。


「え? うん」


「はーいにゃ♡」



 フィーリーはダルハイドさんに何か短く言うと、アタシら2人を連れて、“マイザー・チーム”から少し離れる。


「ええと…」


「今回、魔剣の力は使わないようにしましょう」


「え?」


「あー、なるほど。それには賛成にゃ」


 恋する乙女の目をしていたウィルテが、急に素の顔に戻って頷く。


「どういうこと? アタシらの戦闘は最初からなしだって…」


「それを信じる理由がありません。今の戦闘も、マイザー氏以外に動く気配がありませんでした」


「それって、マイザーが1人で充分だって…」


「彼はスケルトンを全部倒す気がないのだと判断しました。だから、先に私が倒したんです」


「え?」


「ははーん。『敵がそっち行っちゃった〜。頼むぜ〜』ってパターンも考えられるってことにゃ」


 どういうこと?


 ウィルテは納得したように頷いてるけど……


「でも、アタシに戦うなって。やっぱりまた暴走するから……」


「いえ、彼らに手の内を見せたくないのです」


「手の内?」


「そうにゃ。“マイザー・チーム”が今回、ウィルテたちに接触してきたのも新参のレディーとフィーリー様の実力を計る目的もあるにゃ」


「んん? どういうこと?」


 アタシが顔に疑問符を浮かべてると、ウィルテは軽く肩をすくめて見せる。


「レンジャーで一番大変なのは中堅クラスにゃ。上には置いて行かれないよう喰らいつかなきゃいけないし、下からは抜かされないように警戒しなきゃいけないにゃ」


「ですから、こちらの手の内を晒すというのは“弱点”を教えるようなものなのです。裏をかかれ、いつ危険が及ぶと知れません」


「ええ。そんなに悪い人たちには見えないんだけどぉ…」


 アタシが向こうに視線を送ると、それに気付いたシェイミが手を振ってくる。


 マイザー……は、ともかく、トレーナさんもダルハイドさんもいい人っぽい。


「レディー。甘々にゃ。レンジャーは表向きは真面目な顔して、腹ん中で笑ってるヤツらばっかにゃ」


「ウィルテの言う通りです。彼らも今回の任務で実力を見せるつもりなんてないでしょう」


 フィーリーはチラッと彼らを見やる。


「魔剣の力が知られたとして、悪いことが起きないとも限りません」


「そんな……人を疑うような真似……」


 アタシはそういうの嫌だな。なんの証拠もなしに人を疑うなんて。


「現に、今回騙されてるにゃ」


「うっ……」


 それを言われると何にも言い返せない。


「……分かった。魔剣の力は使わない」


 フィーリーとウィルテは「よし」と頷くと、戻って行く。


 ユーデスが舌打ちしているのを聞きながら、アタシはなんだかとても寂しい気持ちになった。

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