目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

040 師匠

 アタシたちは順調に洞窟内を進んで行く。


 古代遺跡といっても、中は土壁ばかりで、たまにボロボロの人工物っぽい柱や、部屋だったものらしき空間があるだけで、期待していた宝箱なんて1個も出てこない。


 モンスターはそこそこ出てきたけれど、さっきのスケルトンや、大きなイモムシやダンゴムシ、それとギャアギャアうるさいコウモリみたいなの……名前を聞く前に、誰かが反応して先に倒してしまう。



「いやー、フィーリー“師匠”! お疲れじゃないですか? 水どうぞ!」


 小休憩時、少し開けた場所、岩に腰掛けたフィーリーに、マイザーが自分の水筒を差し出す。しかも直角にお辞儀してまで。


「……いえ、大丈夫です」


「そうっすか! なら、師匠! 肩もみでもしましょうか!」


「……結構です。それと」


「はい! なんでしょう!? 師匠!?」


「……その“師匠”というのは止めて貰えませんか?」


「えー? いや、もう“師匠”は“師匠”ですから!」


「私は弟子を取るつもりは…」


「はい! 勝手に見て、勝手に学ばさせて貰ってます! “師匠”呼びは、俺が勝手にやらせて貰ってます! 師匠!」


「……」


 入口の近くでフィーリーがスケルトンを一掃してから、マイザーはずっとこの調子だ。


「……ねえ、これも“裏をかく”って作戦なの?」


 アタシが小声でウィルテに尋ねると、彼女はフレーメン反応してる猫みたいな顔をしていた。


「買いかぶってたにゃ。マイザーがあそこまでアホだったとは思わなかったにゃ」


 結構、声が大きかったけど、側にいたトレーナさんもシェイミも呆れ顔のまま頷いた。


「……まあ、あれだけ実力差を見せつけられてはな」


 周囲の見回りに出ていたダルハイドさんが戻ってきて、「どっこらしょ」と地面に腰を下ろす。


「お願いします! 1つだけ! 1つだけ質問させて下さい!」


 今度はマイザーは土下座して両手を合わせてる。フィーリーは眉間にシワを寄せて迷惑そうにしていた。


「もうやめなよ。リーダー。休憩が休憩じゃなくなるってば」


 見かねたシェイミが声を掛けるが、マイザーは土下座から姿勢を戻さない。


「どうやったら、剣に魔力を流せるようになるんですか!? それだけ! お願いします! 教えて下さい! ヒントだけでも! 師匠!」


 フィーリーはため息をついて髪を掻き上げる。


「あなたのレベル帯は?」


「レベルは24です!」


 マイザーがそう言うと、シェイミ、トレーナさん、ダルハイドさんまでもが「ああー」と顔を覆った。


「なんなの?」


「普通、レベルはライバルのレンジャーには正直に教えないにゃ。フィーリー様がわざわざ“レベル”と聞いてるんにゃから、『レベル20台です』でよかったにゃ」


 ウィルテも呆れかえった顔で言う。


 この世界ではレベルとか数値化できるものが多くあるんだけれど、エアプレイスでは誕生日を迎えると、神官さんが両親に教えてくれるって感じだった。


 アタシも15歳になったら、直接、自分のパラメーターとか教えて貰える予定だったんだけど……。


「ねえ、ウィルテ」


「ん?」


「アタシのレベルっていくつか分かる?」


「は? レディー自身に分からないのに、なんでウィルテに分かるんにゃ?」


 そりゃそうか。


 フィーリーなら……いや、お父さんがアタシのレベルとかわざわざ伝えたりするかな? しないよな。フィーリーはアタシに才能ないってたし。興味すら抱きそうにない。


 ん? なんか、トレーナさんがこっちを見て不思議そうな顔を浮かべてるけど……あれ? アタシが見返したら視線を逸らしちゃった。


「レベルは単なる経験の指標じゃからな。昔ほど重要視されなんだ。ギルドランクも、レッドランク以下ならレベルそのものは問われんしな」


「あー、なんか魔物倒した時の経験値だけ得てレベルアップだけして、ろくにスキルも持ってないで死んだレンジャーが昔にいたんだっけ?」


「強さには直結せんからな。本人の能力を高く見せ、金儲けだけに利用するこすい者もおったんじゃ」


 へー。レベルが高いから強いってわけじゃないのね。


 アタシらとは別に、マイザーはフィーリーの話を真剣になって聞いている。


「流派は?」


「一応、剛剣派のつもりなんですが……その、倣ったのは普通の“双剣術”なんです」


「なるほど。“常剣”ということですね」


「“ジョウケン”?」


「魔力を纏わない、普遍的な剣術…“誰でも使える常なる剣”をそう呼んでいます」


「あ。いや、でも、道場は剛剣って…」


 フィーリーは首を横に振る。


「剛剣は“ただ力を込めた剣撃”と勘違いされやすく、常剣派の中には剛剣流を名乗る者も多いのですが、その殆どが偽物です」


「に、偽物?」


 マイザーは目を丸くして驚く。


「実のところ、剛剣も魔力を使っています。武術によっては“オド”などと呼び分けている例もありますが、いずれにせよ剛剣は“魔力によって筋力そのものを強化”しているのです」


 慌ててマイザーは懐から紙を取り出すと、細い木炭でメモを取り始める。


「魔法は使えますか?」


「え? あ、ああ。多少…なら」


「それであれば、魔法のセンスはあるということ。レベルが20台で普通に経験を積んでいるのなら、流剣に目覚める可能性も高いでしょう」


「な、なにかコツみたいなものは……」


「ありませんね。魔法と同じく、魔力を剣に流すというのは感覚的なものが要求されます。言葉で言ってどうにかなるものでもありません。才能がない人間はいつまで経っても会得はできません」 


 マイザーはガッカリしたように肩を落とす。


 フィーリーやモンドに「才能がない!」と揃って言われたことをアタシは思い出す。


「才能は関係ないよ」


「え? ユーデス?」


 アタシは周囲を見回すけど、マイザーたちの話に集中しているおかげで誰にも気づかれなかった。


「才能が関係ないって…どういうこと?」


「魔力そのものは才能じゃない。誰しもが持ってるものなんだよ。力を引き出す“方法”と“手順”さえ踏めば、魔力の多寡そのものは個人差があったとしても誰しもが扱える。本来はそういうものさ」


「……そうなの?」


「魔剣の私がそう言っている」


 んー。そう言われると説得力がある気もする。


 みんなはフィーリーの話を感心したように聞いているけど……


「彼はレディーの剣の師匠なんだろう?」


「え? うん」


「君に剣の才能がないって言ったのは彼?」


「うん」


「ふーん。なら“見る目”がないね、彼は」


 うあー。ユーデス、冷たく言うなぁ。


「……次に魔物が出たら私に任せて」


「でも、戦うなって言われてるし…」


「大丈夫だよ。言われたのは“魔剣の力を使うな”でしょ?」


「そうだったかな?」


「まあ、任せて」


「レディー。またブツブツなに言ってるにゃ?」


「あ! いや、なんでもないよ!」


 危ない。ウィルテに気づかれるところだった。


 アタシが顔を上げると、みんな立ち上がっていた。


「レディー。休憩は終わりだよ。さぁ、さっさと目的の地下3階目指してレッツゴー!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?