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041 鍔鳴り

「おーい。例のプレゼン資料まだ?」


「あ、はい。一応、完成はしてます。でも、まだ見直しが終わってなくて……」


「あのさぁ、一応でもできたのなら早く持ってきてよ。チェックする時間もあるんだからさ」


「す、すみません……」


「……んー、まあ、これでいけるかな。使えそうだね」 


「あ、ありがとうございます……」


「これ、君が1人で作ったの?」


「え、ええ…」


「はーい! 私も一緒にやりました〜!」


「え?」


「畑中さんも手伝ったの?」


「ええ。ほとんど私が作ってて、最後の仕上げと確認だけお願いしたんです」


「そっか。なら安心だね」


「えへへ! ありがとうございます〜!」


「……じゃあ、君は畑中さんが用意したの使って、仕上げだけなのにそんなに時間かかったってこと?」


「いえ、あの……」


「それにちゃんと言おうよ。畑中さんが手伝ってくれたってこともさ。なんか1人でやったみたいに思うじゃん」


「……す、すみません」


「いやさ、静かにやる仕事も別に悪いとは言わないけどさぁ。もうちょっと、明るくやろうよ。黙々もいいけどさ。仕事ってさ、チームで回すもんじゃん。ね?」


「……」




「ねー。知ってる? あの“根暗さん”。また課長に怒られてたんだって」


「誰とも喋んないし、ずっとパソコンの前にいて黙仕事してんのにやること遅いよね」


「畑中さんが彼女の面倒みてあげてるって話でしょ」


「それ聞いたー。だって、あの子は去年新卒で入ってきたばかりでしょ?」


「畑中さん、誰とも気さくに話すし、可愛いし垢抜けてるし、なんか本社の偉い人にも目をかけられて、次のプロジェクトリーダーに抜擢されるかもって」


「凄いねー。それと比べると根暗さんは……ねー」


「見た目は……仕事には関係ないにしても、あの暗さはねぇ」


「せめて、自分の仕事ぐらいはしっかりやってほしいよねー」




「あー、せんぱーい。これ、明日までにお願いしまーす」


「……え? これ、畑中さんが頼まれた仕事じゃないの?」


「もうほとんど終わってるんで、“仕上げ”として、先輩に見て貰いたくてぇ〜」


「……そう。なら、少し待って」


「あ! 今日、約束あってー。定時に帰んなきゃなんですー」


「……え? でも、明日必要なんだよね?」


「マジすみませんー! 足んないとこあったら、フォローよろでーす」


「フォローって…」


「じゃ! おつかれーす!!」


「あ……。行っちゃった。えっと、ファイルの中身は……って、空っぽじゃん。また私に作れってこと? ……私も自分の仕事あるのに」




──




「……レディー?」


「……え? あ、うん?」


「大丈夫かい? さっきから話し掛けても返事しないからさ」


「あ、ゴメン。なんか、ちょっと考え事しちゃって」


 レディー・ラマハイムになってから、ずっと忘れていた記憶がなぜか今になって思い起こされていた。


 デヴで根暗、それでいて仕事もできない……


 デヴはノロマだからテキパキ仕事ができないなんて言われたこともあったな……


 でも、どれも本当の事だから仕方がない。


 今だって──


 優秀なイケメンことフィーリーはもちろん、マイザーだって前に出て戦っているし、ダルハイドさんもその大きな身体が戦闘で役に立たないわけがない。


 ウィルテとトレーナさんは競うように魔法を使って敵をあっという間に倒しちゃう。


 シェイミは真っ先に罠を見つけたり、危険な箇所や、敵の気配があればすぐに教えてくれる。


 そんな中、アタシだけ何も出来ない──


「レディーってば」


「……うん。なに? ユーデス?」


「もう少し前に出て欲しいんだ」


「前? うん」


「もう少し右……いや、左側を歩いて」


「左? うん」


「バッチリ。いい角度だ」


「いい角度?」


「ああ。ちょうど、2人のお尻が見えるんだ。トレーナはローブからも安産型だと分かるね。歩いていると割れ目がちょっぴり見える。パンティの形もなかなか際どいの履いてるよ。……もしかして紐パンかな。うん。いま落ちてきたら最高だ」


「うん」


「シェイミは小柄だと思ってたけど、なかなか下半身の肉付きがいい。太すぎず、痩せすぎず……ちょっぴり大きなお尻に、ハイソックスからちょっとたわむ程度に肉が載っているのがデリシャスだ。はー、手があれば触りたいものだね」


「うん」


「…………レディー?」


「うん」


「大丈夫かい?」


「え? なにが?」


「ぼーっとしているよ」


「あ、うん。ゴメン……ゴメンなさい」


「あ。魔物だ」


「え?」


「右から来る。……今回はマイザーが先に気づいたね」


 ユーデスの言う通り、二股に分かれた先の道の右から、槍を持ったガイコツが出てくる。


 マイザーは「師匠! ここは俺に!」って走って行った。


「うーん。あれは倒しても面白くないね。

 お、ウィルテが魔法を使うね。いいね。彼女が魔法使う時、杖を掲げる時にオッパイが弾むんだ。ああ、あの間に挟まれたらどんなに幸福かな」


 ウィルテが【フレイム・ボンバー】で、魔物を爆発させると、斬りかかろうとしたマイザーがその爆風に煽られてひっくり返る。


「……ねぇ、ユーデス」


「うん? なんだい? 今いいところなんだ。マイザーが怒って、ウィルテに詰め寄って……。よし。 予想通りビンタした。

 いやぁ、前傾姿勢になった時のセクシーなお尻がまったくキュートだねぇ。味もみてみたい」


「……そんなにウィルテがいいなら、彼女のところへ行けば」


「ええ?」


「彼女は魔法使いだから、魔剣の力だって使えそうじゃん」


「レディー? 何を言っているんだい?」


「……もしくは、フィーリーでもいいじゃん。あれだけ凄腕の剣士なら、魔剣を持つのにも相応しいんじゃない。もっともっと戦えるよ。そうしたら、もっと可愛い女の子だって寄ってくるよ」


「レディー。聞いて。私は、君だから使えるんだよ。むしろ君しか使えないと言っていい」


「そんなハズない……」


「なぜ君はそこまで頑なに自分の力を信じないんだい?」


 力を信じない?


 そんなの当たり前じゃん。


 アタシなんて別にどうでもいい。


 だって、“畑中さん”の方が愛嬌あるし、可愛いし、お喋りだって上手だ……


 だから、“彼女の方が仕事ができた方がいい”。


 そうに決まってるじゃない。


「レディー。私は……ん」


 ユーデスが黙った。


 アタシが顔を上げると、ウィルテが覗き込んで来ているところだった。


「なんか、お腹でも痛いんにゃ? レディー?」


「あ、ううん。そんなことないよ」


「具合が悪いのなら早う言えよ。おそらく、3階に降りたら戦いは激化するからのぅ。休みたくとも休めんかも知れんぞい」


 ダルハイドさんがそう言い、彼が指さす方を見るとそこには下に続く階段があった。


「アタシ、足手まといになるから。ここに残って……」


「足手まとい? あに言ってんだ?」


 マイザーが首を傾げる。


「だって、アタシ……少しも戦ってないし……」


 シェイミとトレーナさんが顔を見合わせている。


「あー。でも、元々は戦闘はウチらがやるって話だったしねぇ」


「フィーリーさんはともかくとして、ウィルテが出しゃばりすぎなのよ」


「フィーリー様は特別だけど、特別扱いしていいのはウィルテだけにゃ。アバズレ・トレーナさん・・


「なんですって! …ってか、なによその挙げた手は! すぐに暴力に訴えようとしないで! 魔法使いのクセに!」


「やめろって! ウィルテ、お前のビンタはマジ痛ぇんだよ! さっきも本気で殴りやがって!」


「うるさいにゃ! マイザー! もう一発おみまいするにゃ!」


「いでぇ!! なんで俺をまた殴った!? 2度もよォ!!」


 ここにいる人たちは優しい……


 とっても、とっても……優しい。


 だけれど……


「あのさ。レディーなんでしょ?」


「え?」


「アレしてるの」


「アレ?」


 シェイミが頬をかいて何か言いづらそうにしてる。


「ウチたちが魔物に気づく前、“鍔鳴り”させてんのさ」


「……なに?」


 鍔鳴りって……剣で音を立てること? 時代劇でチンとか鳴らすやつ?


 なんかマイザーとダルハイドさんが頷いてるけど。


「隠さなくていいのにゃ」


「うむ。この中の誰よりも、真っ先に魔物に気づいて、その方向を教えてくれとるじゃろ」


 ダルハイドさんが、ユーデスを指さす。


 ……え? まさか、ユーデスが?


 そういえば、何か音してたけど、いつもみたいに女の子に興奮してただけだとばかり──


「なんか、俺たちに気を遣ってくれてんのかもだけど……口で言ってくれても大丈夫だかんな」


 マイザーは、シェイミの頭をポンポンと撫でて言う。シェイミはなぜか申し訳なさそうにしていた。


「……正直、ウチが気づかなかった敵の接近にも気づいてたし。シーフ職としては、プライドにキズがつくなー」


 違う。


 それ、アタシじゃないし──


「だから、口にせんかったんじゃろ。どっかの、すぐに力をひけらかそうとする男にも、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわい」


「え? 俺を見て言うなよ! ダルハイド!」


「ニヒヒ。まあ、マイザーのポンコツ具合に比べたらウチはまだマシかー」


「ポンコツ! そりゃないぜ! シェイミ〜」


 なんか盛り上がってるけど。


 そんなことない……。


 ユーデスが凄いだけ。


 でも、ユーデスのことを言えない。


 これ、アタシの手柄じゃないのに……


「でも、不思議な剣ね。鍔も鞘もないのになんで“鍔鳴り”するの?」


 トレーナさんが首を傾げている。


「レディーも特別な存在なのにゃ」


「は? なんの説明にもなってないじゃないのよ」


 違う。


 違うんだよ…… 


「……もういいでしょうか? そろそろ下に行きませんか?」


 フィーリーが冷たく言う。


 そうだ。フィーリーはきっと気づいている。


「レディー。こんなところに残られても迷惑ですよ」


「……うん」


 そう。これがアタシに対する正しい在り方なんだ。


 目立たず、騒がず、邪魔をせず……


 なぜかユーデスが「シャン」と音を鳴らした。


「魔物か?!」


「どこにも見当たらないぞ?」


「ふふん。たぶん、3階には気をつけろってレディーは言ってるんにゃ」


「「「「なるほど」」」」

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