「……もう少しで崩せるか」
フィーリーは剣撃を飛ばしつつ、メカ・エキドナの動きが鈍ってきているのを確認した。
ただ闇雲に攻撃をしていたわけではない。
相手が鋼鉄のような鎧に覆われていることから、守備力が高いことは分かっていた。
だからこそ、フィーリーは“繋ぎ目”となる部分を狙って攻撃を執拗に重ねていたのである。
そして、エキドナの翼の根元から、ヒンジのようなものが弾け飛んだのを見逃すわけがなかった。
「よし。ここで畳み掛ければ墜落する。一斉に…ッッ?!」
フィーリーが進み出ようとした瞬間、“黒い影”が横から物凄い勢いで駆け抜けて行った──
──
「レディー。君は誰かとダンスを踊ったことはあるかい?」
「ダンス?」
こんな時に、ユーデスは何を言ってるんだろう。
「ええと、フォークダンスぐらいなら…」
あれは、アタシがまだデヴってない高学年になったばかりの時だったと思う。
たぶん男の子と手を繋いだのはあれが最初で最後だったんじゃないかな。
中学生になってからは、確か人数合わせで体育の先生と……ああ、なんて惨めな思い出かしら。
「そうか。君とダンスした男はボコボコにしてやりた……いや、そこは今は置いておこう。それより、その時のことを思い出してほしい」
「え? 大昔の話だよ」
「それでもいい。わずかでも、その経験がある。身体が覚えているってのが大事なんだ」
よく分かんないけど……うーん。
「レディー! なにブツクサ言ってるにゃ! 危ないから、せめて敵が来たら逃げるのにゃ!」
なんかウィルテが魔法で盾みたいなのを出して叫んでる。
「さあ、イメージして。大丈夫。その後は私に任せて」
うーん。イメージ……フォークダンスって、確か腐女子が喜びそうな名前で、“オクラホ
あー。違う。オクラホ
男女で輪になって、後ろに男の子が立って、女の子が前になって、なんか前に4歩進んで、回転するんだった……よね。確か。
「さあ、頭で音楽を流して、ステップを踏んで」
「ええ? 1人で? それをやるなんて…」
馬鹿みたいで恥ずかしい。
でも、ユーデスは何か確信があって言っているみたい。
「信じて。私が今まで嘘を言ったことがあったかい?」
「ない…ね」
確かにユーデスはアタシに嘘をついたことはない。
アタシは目を閉じて、学校のグラウンドと、あの陽気なBGMが流れてくるところを必死で思い起こす。
そして、爪先を出した時だった──
全身の毛穴が開いた感じがして、心臓から、耳の先や指先にまで脈動を覚える。皮膚の下から風が流れているみたい。
「力を抜いて。私の流すままに手足を動かして」
ユーデスに言われるまま、脚が引っ張られる感覚に合わせて前に……
気づいたらアタシは走り出していた。
それも普通の速度じゃない。足の裏にローラースケートでも着けてるんじゃないかって速度だ!
急な坂道を重力に引っ張られて、駆け下りている感じ!
「フフ。いいね。毎夜の魔路拡が役立っている。君の魔力を、私が導いているんだ」
右に行くのか、左に行くのか、筋肉というか神経っていうのか、ピリッとしたものを感じることで方向と次の動作が分かる。
「無理にリンクして“暴走”させる必要なんてない。私が適時、魔力の流れをコントロールして、レディーがそれに合わせて動いてくれればいいんだよ」
え? それって、なんかアタシが操られているように聞こえるんだけど……
「さあ、間合いに入ったよ! ビートを上げていこう!」
フィーリーの横を通り過ぎる。彼はなんだか酷く驚いた顔をしていた。
でも声を掛ける間もなく、ユーデスが“飛べ”って指示を出してくる。
アタシは言われるままにジャンプする。
それは棒高跳びでもする選手のように、棒は使ってもいないのに高く、高く跳躍して、メカ・エキドナの頭上に上がる。
「高いっ! こわっ!」
「問題ない。魔力によって君の身体能力を“突発的”に上げている。それも強化魔法なんかよりも遥かに効果的にね」
心臓が何か自分のものじゃなくなったみたい。
ドクッ、ドクンッ、ドッドッドッ、ドクン…
でも血の流れとは似てるけど違うエネルギーが、アタシの全身で音楽のように鳴り響く。
メカ・エキドナは、アタシに向き直ると大きな口を開いて、上下のギザギザの牙の間から勢いよく炎を吐いた!
「甘いよ」
ユーデスが“右腕を上げる指示”を出し、アタシがそれに従うと……
「うわ! うわわッ!」
アタシは魔剣を軸に、右回転して炎を旋回して避ける。
「君が方向と角度にさえ従ってくれれば、私自身が君の魔力を調整してこんなこともできるんだ」
ユーデスは得意げに言う。
なぜか、記憶の中の“畑中さん”が八重歯を出して笑った気がした。
──せんぱーい。せんぱいは、私の言うとーりにやってくれればいいんですよ。それで、す・べ・てうまくいくんですからねぇ──
そうだ。アタシは言われた通りにやれば──
「さあ、一気に行こう!」
ユーデスに従い、アタシは剣を振るう。
指示は言葉で言うより的確だった。上手くメカ・エキドナの死角に潜り込み、魔力をまとった剣を突き入れる。
「……? 思っていたより脆いな」
ユーデスがそう呟くと、メカ・エキドナの翼の片方が壊れて落ちた。
翼を失ったことでバランスを崩して、本体の方も落ちていく。
その落下に合わせ、ここぞとばかりにユーデスは上から剣撃を浴びせる。
アタシの心臓の奥で奏でられるリズムに合わせ、まるで太鼓でも叩いているような気分で剣を振る。力は少しも入れてないのに、メカ・エキドナのボディはヘコみ、割れ、砕けて行く。
そして、地面に到達する。アタシはその首と背中を踏み潰すようにして乗っていた。
メカ・エキドナはもはや動くのもままならないみたいで、四肢を突っ張らせ、折れ曲がった首と、消えかけた目の光。半端に開いた口からは、オイルみたいなものを垂れ流す。
「……倒した」
アタシはなんの実感もなくそう言った。
「す、すっげぇー」
顔を上げると、マイザーが鳩が豆鉄砲でも喰らったみたいなアホ面になっていた。
マイザーだけじゃなく、シェイミもトレーナさんも、ダルハイドさんも普段は毛に覆われている目を丸くしてアタシを見ている。
「なんだよ! レディー! こんなに強かったのかよ!」
「ビックリだよ! だって全然戦おうとしないから、ウチはてっきり弱いとばかりに…」
みんながアタシを囲んで称賛してくる。
アタシじゃない。ユーデスがやったのに……
「でも、あの動き……強化魔法を掛けてもあんなこと普通はできないわよ」
「フム。その不思議な形をした剣に秘密でもあるんかのぅ?」
ダルハイドさんの言葉に、ユーデスが静かに「流剣だって言うんだ。魔力を通しただけってね」とアタシに言う。
アタシが言われるままに伝えると、マイザーはキラキラした目で「先生!」とか言って、シェイミに殴られていた。
「あー、頼んでて何なんにゃが、レディー、身体の方は……」
なんとも気まずそうに、ウィルテが聞いてくる。
「……平気」
アタシがそう言うと、暴走していないと理解したウィルテは安心したように頷いて、“マイザー・チーム”に「どうにゃ! ほれ見たことか! ウチの切り札、“狂犬レディー”は!」とか、自分事みたいに自慢をし始めた。
ユーデスは「大丈夫。“魔剣の力”は使ってない。レディー、君の“魔力”を使ったんだしね」とか言っているけど、その声はずいぶんと遠くから聞こえてきているような感じがした。
「……レディー」
「え?」
パァンッ!
振り向いた瞬間、乾いた音がして、左頬に鋭い痛みが走った。
「……あれだけ力を使うなと忠告したはずです」
フィーリーだ。
フィーリーが、アタシをビンタしたんだ……
そう思うと、ジンジンと頰が熱を持ち始める。
痛いよりも、恥ずかしさや悲しさの方が辛い。
ウィルテだけじゃなく、マイザーたちもいきなりの出来事に静まりかえっていた。
アタシは前世で、みんなの前で上司に怒られ、胃の奥から酸っぱいものがこみ上げて、食道が焼けるあの不快感を味わう。
「“暴走”した場合、全員が危険に晒されます。だからこそ、戦わなくてよいと私は言いました」
そうだ。フィーリーが言うことが正しい。
マイザーたちに手の内を晒さないだけじゃない。
“暴走”しないのを知っていたのは、アタシとユーデスだけ。
さっきウィルテが怯えていたように、フィーリーらそれを心配してくれていたんだ。
それなのに、アタシは──
「……おい。ふざけるなよ。俗物が」
ユーデスが低い声を出した。
「なに?」
「ゴメン!」
アタシはユーデスを押さえると、そのままフィーリーに背を向けて走り出した──
ウィルテが呼ぶ声が聞こえたけど、アタシは振り返ることもできなかった。