アタシはみんなから見えなくなるように、陰に隠れる。
メカ・エキドナを倒したからかなのか、鉄格子の方は開いていたのはラッキーだった。
あんな気まずい中、みんなの顔見れないし。
「レディー! なんでだよ! 戻って! あの野郎に一言、言ってやらないと気がすまないよ!」
「やめてよ。ユーデス」
「“やめろ”? なんで!? アイツは君の頬を叩いたんだよ! 絶対に許せることじゃない!」
「……ユーデスのことがバレちゃう」
「この際、君のためなら構わない!」
“アタシのため”とか……そういうのやめてよ。
「僕が正体を隠したかったのは、この世界の現状がどうなったか分からなかったからだ。敵対する連中もいたからね。だけど当面、その危険がないのが分かったから別にもういい」
「でも、魔剣の力を悪用しようとする人だっているでしょ。デモスソードみたいに…」
「ああ。そうだね。でも、今さっき君の力を見ただろう? 戦えるってことが分かれば……」
「あれはアタシの力じゃない……」
「? 何を言ってるんだい?」
「ユーデスが力を出した。アタシは何もやってない……」
「……なんだって?」
ユーデスはビックリしているようだった。
アタシの気持ちなんて……そうだよ。分かるはずない。
ユーデスみたいな誰とでも上手くやれるタイプとは……
そうだ。ユーデスの正体を明らかにすれば、ウィルテやフィーリーとも仲良くやれるはず。
代わりにアタシが黙っていれば……
「勘違いしないでほしい。僕が正体を現すのは、君のためになる時だけだよ」
「え?」
「君のためにならないことはやらない。でも、それでも許せないものは許せない。だから…」
「お願い! もうやめて!」
「レディー」
「アンタは剣なんだ! 剣なんだから、優しい言葉なんてアタシに…」
あれ? いまアタシ、いまとても酷いことを……
「……そうか」
「違う。ユーデス、アタシ…そんなつもりじゃ」
「君がそう望むなら、私は……黙っていよう」
「……ユーデス。アタシ」
なんでこうなっちゃったんだろう。
ユーデスはアタシのためにやってくれた。怒ってくれた。
それなのにアタシは……
「……みんなが心配してる。戻るね」
「……」
ユーデスは応えなかった。
──
レディーが走って行ってしまった後、全員の中で気まずい雰囲気が漂う。
「あー、その、ええっと。追いかけなくて…いーのかなぁ?」
マイザーは、フィーリーとウィルテを交互に見やって言う。
フィーリーは無表情のままで、ウィルテは何やらソワソワとしていた。
「……ワシらが来た方に走って行った。魔物の心配はなかろうて」
メカ・エキドナの死骸を検分していたダルハイドは、「どっこらせい」と腰を上げる。
「いや、ダルハイド。そういう心配じゃなくてさー」
シェイミが頬を掻いて言うのに、ダルハイドは「分かっておるわい」と頷いた。
「レディーは戻って来る。問題はむしろこっちの方じゃ。フィーリーよ」
フィーリーは髪を振って、腕を組み直す。
「……少々やり過ぎたという自覚はあります」
「相手はシェイミと同い年……まだ、子供じゃろうて」
シェイミはムッとした顔をするが、ダルハイドはフィーリーの顔を見やっていた。
「15歳ともなれば、自己決定権があります。それは成人と同じ扱いをされるです」
「だとしても、未熟じゃ」
「ちょっと。ダルハイド。年齢や性別でレンジャーについて言うのはご法度じゃ……」
トレーナが言うのに、ダルハイドは「それも分かっておるわい」と言う。
「ワシの言うておるのは、レンジャーとしての部分の話じゃない。人生には、経験を積まねば分からん部分もあると言うとるんじゃ。そこは年長者が教えて、導いてやらねばいかんと考えておる」
フィーリーは目を細めたが、特に反論はしなかった。
「心は技術ではなんともならん。迷ったら相談せい。話ぐらいは聞ける」
ダルハイドは、シェイミとトレーナの頭を撫でて言う。2人は何やらこそばゆそうにしていた。
そしてなぜかマイザーは「うんうん」と偉そうに頷いている。
「……ウィルテも悪かったにゃ。なんか、レディーは少し大人びて見えたから。悩みがあるなら、ちゃんと聞いてやるにゃ」
「そうですね。彼女が戻ってきたら謝罪します」
「それがいい。何にせよ、叩いたのは感心せんからな」
嫌味っぽくダルハイドが言うと、フィーリーは小さく息を吐く。
「そう! それだ! 俺もそう思う! 師匠! 師匠だけど、女に手を上げるのはどうかと思うぜ! やっぱ師匠とは呼べねぇな!」
マイザーがそんなことを言い出すのに、ダルハイドは大きく息を拳に吹きかけてから、彼の頭に拳骨を落とした。
「ってぇ! 叩くのはよくないんじゃないのかよ!?」
「餓鬼の躾は、話が別じゃ」
シェイミが「最高にカッコワルー」と呆れる。
「にゃ! レディー!」
ウィルテが目を丸くする。レディーが戻って来て、所在なげにしていたからだ。
フィーリーは髪を掻き上げると、気を取り直したように頭を振ってから1歩近づく。
「レディー。手を上げたことは…」
「フィーリーが正しいから謝らないで!」
ハッキリとそう言い切るレディーに、全員が目を瞬く。
「へ、平気かにゃ? レディー?」
ウィルテは心配そうに指をモジモジとさせた。
「大丈夫!逃げてゴメン! そうじゃないと、あの場でフィーリーに殴り返しそうだったから! 頭冷やして来た!」
レディーがパァンと拳を手の平で打つのに、フィーリー以外があんぐりと口を開く。
「フィーリー! 忠告しとくから! 次、アンタがいくら正しくても、殴ってきたらアタシは絶対殴り返す!」
マイザーが「ええー!」と驚く。
「ビンタなら、パンチする! パンチなら、キックで返す! 覚えておいて!」
レディーはそう言うと、先に向かって進み出した。
「じ、自分が間違っていても殴り返す…とか。こ、これが“狂犬レディー”かよ」
マイザーはブルリと震える。
「あ! 待つにゃ! レディー!」
「まあ、これで解決したなら……よかったのかな?」
「よかった……そう言っていいのかしらね?」
若者たちがレディーに続いて行ってしまうのに、フィーリーとダルハイドだけが取り残される。
「……逆に気を遣われたみたいだのぅ」
ダルハイドはそう言ってフィーリーの横を通り過ぎると、誰にも聞こえないように彼は小さく舌打つ。
「……余計なお世話ですよ」