目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

046 未熟な者

 アタシはみんなから見えなくなるように、陰に隠れる。


 メカ・エキドナを倒したからかなのか、鉄格子の方は開いていたのはラッキーだった。


 あんな気まずい中、みんなの顔見れないし。


「レディー! なんでだよ! 戻って! あの野郎に一言、言ってやらないと気がすまないよ!」


「やめてよ。ユーデス」


「“やめろ”? なんで!? アイツは君の頬を叩いたんだよ! 絶対に許せることじゃない!」


「……ユーデスのことがバレちゃう」


「この際、君のためなら構わない!」


 “アタシのため”とか……そういうのやめてよ。


「僕が正体を隠したかったのは、この世界の現状がどうなったか分からなかったからだ。敵対する連中もいたからね。だけど当面、その危険がないのが分かったから別にもういい」


「でも、魔剣の力を悪用しようとする人だっているでしょ。デモスソードみたいに…」


「ああ。そうだね。でも、今さっき君の力を見ただろう? 戦えるってことが分かれば……」


「あれはアタシの力じゃない……」


「? 何を言ってるんだい?」


「ユーデスが力を出した。アタシは何もやってない……」


「……なんだって?」


 ユーデスはビックリしているようだった。


 アタシの気持ちなんて……そうだよ。分かるはずない。


 ユーデスみたいな誰とでも上手くやれるタイプとは……


 そうだ。ユーデスの正体を明らかにすれば、ウィルテやフィーリーとも仲良くやれるはず。


 代わりにアタシが黙っていれば……


「勘違いしないでほしい。僕が正体を現すのは、君のためになる時だけだよ」


「え?」


「君のためにならないことはやらない。でも、それでも許せないものは許せない。だから…」


「お願い! もうやめて!」


「レディー」


「アンタは剣なんだ! 剣なんだから、優しい言葉なんてアタシに…」


 あれ? いまアタシ、いまとても酷いことを……


「……そうか」


「違う。ユーデス、アタシ…そんなつもりじゃ」


「君がそう望むなら、私は……黙っていよう」


「……ユーデス。アタシ」


 なんでこうなっちゃったんだろう。


 ユーデスはアタシのためにやってくれた。怒ってくれた。


 それなのにアタシは……


「……みんなが心配してる。戻るね」


「……」


 ユーデスは応えなかった。




──




 レディーが走って行ってしまった後、全員の中で気まずい雰囲気が漂う。


「あー、その、ええっと。追いかけなくて…いーのかなぁ?」


 マイザーは、フィーリーとウィルテを交互に見やって言う。


 フィーリーは無表情のままで、ウィルテは何やらソワソワとしていた。


「……ワシらが来た方に走って行った。魔物の心配はなかろうて」


 メカ・エキドナの死骸を検分していたダルハイドは、「どっこらせい」と腰を上げる。


「いや、ダルハイド。そういう心配じゃなくてさー」


 シェイミが頬を掻いて言うのに、ダルハイドは「分かっておるわい」と頷いた。


「レディーは戻って来る。問題はむしろこっちの方じゃ。フィーリーよ」


 フィーリーは髪を振って、腕を組み直す。


「……少々やり過ぎたという自覚はあります」


「相手はシェイミと同い年……まだ、子供じゃろうて」


 シェイミはムッとした顔をするが、ダルハイドはフィーリーの顔を見やっていた。


「15歳ともなれば、自己決定権があります。それは成人と同じ扱いをされるです」


「だとしても、未熟じゃ」


「ちょっと。ダルハイド。年齢や性別でレンジャーについて言うのはご法度じゃ……」


 トレーナが言うのに、ダルハイドは「それも分かっておるわい」と言う。


「ワシの言うておるのは、レンジャーとしての部分の話じゃない。人生には、経験を積まねば分からん部分もあると言うとるんじゃ。そこは年長者が教えて、導いてやらねばいかんと考えておる」


 フィーリーは目を細めたが、特に反論はしなかった。


「心は技術ではなんともならん。迷ったら相談せい。話ぐらいは聞ける」


 ダルハイドは、シェイミとトレーナの頭を撫でて言う。2人は何やらこそばゆそうにしていた。


 そしてなぜかマイザーは「うんうん」と偉そうに頷いている。


「……ウィルテも悪かったにゃ。なんか、レディーは少し大人びて見えたから。悩みがあるなら、ちゃんと聞いてやるにゃ」


「そうですね。彼女が戻ってきたら謝罪します」


「それがいい。何にせよ、叩いたのは感心せんからな」


 嫌味っぽくダルハイドが言うと、フィーリーは小さく息を吐く。


「そう! それだ! 俺もそう思う! 師匠! 師匠だけど、女に手を上げるのはどうかと思うぜ! やっぱ師匠とは呼べねぇな!」


 マイザーがそんなことを言い出すのに、ダルハイドは大きく息を拳に吹きかけてから、彼の頭に拳骨を落とした。


「ってぇ! 叩くのはよくないんじゃないのかよ!?」


「餓鬼の躾は、話が別じゃ」


 シェイミが「最高にカッコワルー」と呆れる。


「にゃ! レディー!」


 ウィルテが目を丸くする。レディーが戻って来て、所在なげにしていたからだ。


 フィーリーは髪を掻き上げると、気を取り直したように頭を振ってから1歩近づく。


「レディー。手を上げたことは…」


「フィーリーが正しいから謝らないで!」


 ハッキリとそう言い切るレディーに、全員が目を瞬く。


「へ、平気かにゃ? レディー?」


 ウィルテは心配そうに指をモジモジとさせた。


「大丈夫!逃げてゴメン! そうじゃないと、あの場でフィーリーに殴り返しそうだったから! 頭冷やして来た!」


 レディーがパァンと拳を手の平で打つのに、フィーリー以外があんぐりと口を開く。


「フィーリー! 忠告しとくから! 次、アンタがいくら正しくても、殴ってきたらアタシは絶対殴り返す!」


 マイザーが「ええー!」と驚く。


「ビンタなら、パンチする! パンチなら、キックで返す! 覚えておいて!」


 レディーはそう言うと、先に向かって進み出した。


「じ、自分が間違っていても殴り返す…とか。こ、これが“狂犬レディー”かよ」


 マイザーはブルリと震える。


「あ! 待つにゃ! レディー!」


「まあ、これで解決したなら……よかったのかな?」


「よかった……そう言っていいのかしらね?」


 若者たちがレディーに続いて行ってしまうのに、フィーリーとダルハイドだけが取り残される。


「……逆に気を遣われたみたいだのぅ」


 ダルハイドはそう言ってフィーリーの横を通り過ぎると、誰にも聞こえないように彼は小さく舌打つ。


「……余計なお世話ですよ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?