目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

049 ペンダント

 長い螺旋階段を昇って行く。


 階段の上の天井からは、国旗らしき垂れ幕が何枚もぶら下がっている。


「相当な権力者か、金持ちなんだな」


「成功した商人の隠棲地ってとこかしら」


 マイザーとトレーナさんが、手摺から見やって言う。


「しかし、そうなると、ますますここに管理人の1人もおらんことが不審に思えてくるのぅ」


「転移魔法を使うぐらいにゃ。よほどの人嫌いとかじゃにゃい?」


「んで、老後は寂しくお宝コレクションと暮らしてた…って、感じか?」


「そうそう。どっかに主のミイラが転がってるかもにゃ」


「やめろよー。ウィルテェ〜」


 シェイミはブルッと震える。


「なんだよ。スケルトンは平気だったじゃんか。シェイミ」


「魔物は平気だよ。でも、人間の死体は苦手ー」


「なんでだよ?」


「魔物は動くじゃん。でも、死体は動かないじゃん」


「……んん? 意味が分かんねぇんだけど。動かない方が安全じゃね?」


「安全とかそういう話はしてないしー」


「ホント、女心が解ってないダメ男にゃ」


「はぁ? なんだよ! それ!」


 うーん。あんまり階段で暴れないで欲しい。転がって落ちたら怪我だけじゃすまなそうだし。


「コラ。遠足じゃないぞ。いつまでもふざけておるんじゃない」


 ダルハイドさんが注意すると、マイザーもシェイミも「はーい」と返事をする。


「レディー。キサンもじゃ」


「え? アタシ? アタシはふざけてなんて…」


「違うわい。体調が悪いなら言わんか」


「あ。あー…」


「ヒューマンの顔色はワシには分からん」


 ダルハイドさんが、マイザーとトレーナさんに向かって顎をしゃくる。


「いや、レディーの顔色は……同族でも分かんなくね?」


 褐色系だから、たぶん顔色が悪いとか分かりにくいだろな。


 体調悪いとかじゃなくて、ユーデスが喋らないから何か変な感じがしてるだけで……


「思うことがあれば言え。ワシらは今は仲間じゃからな」


 “今は”……か。


「……うん。分かった」


 ウィルテが、なんでかフィーリーをチラッと見たけど、フィーリーはその視線に気づかない感じで、さっさと階段を昇って行ってしまった。



 階段を昇りきって、大きな廊下……そこからは一本道で、突き当たりに出入口と同じくらいの大きさの扉がある。


「主の部屋ですね」


「お宝部屋ですね」


 フィーリーの口真似をして、マイザーが言う。


 冷たい目でフィーリーは見やるけど、結局は何も言わず、マイザーは「冗談だって!」とその背中を叩いている。

 もう、“師匠”とか言って土下座していたことも忘れてるっぽい。


 シェイミが罠を調べ、トレーナさんが魔法で最終チェックをして、ダルハイドさんがその大きな身体を活かして扉を両手で押し開く。


「うっ…」


 扉を開いた瞬間、強い風がアタシたちの間を吹き抜けた。


「な、なんだよこれ…」


 部屋の中を見て、アタシたちは絶句する。


 辺りに転がる石片や木くず。柱は折れ砕け、奥の壁はダルハイドさんの身体よりも大きな穴が開き、窓という窓すべてが割れてしまっている。


 たぶん、奥にもう1つか2つ部屋が……たぶん寝室だろう。その間の壁はすべてなくなってしまって、ワンフロアになっちゃってる。


 寝室側にはたぶんバルコニーがあったんだろう。外壁に沿うようにせり出してるから分かったけれど、今は足場部分がまるまる崩れ落ちて、下には森や、その先の海までが見えている。


「ここだけ壊れ方がハンパない…。何か激しい戦いでもあったのかしら」


「もしかして子供部屋なのか?」


 シェイミが壊れた古びた人形を手に取って首を傾げる。

 今は薄汚れてしまって分かりにくいけど、壁紙は一面ピンク色だったっぽい。


「やはり、最近のものではないな。この大穴、建物の裏側だから気づかなんだ」


 雨風による侵食や、外から蔦や苔が入り込んでることから、かなりの年数が経っていることが分かる。


「おいおい! 勘弁してくれよ〜!」


 マイザーが頭を抱えて大声を上げた。


「え? なんなんにゃ?」


「いや、アブドルさんの話だと、主の部屋の隣に宝物庫があるってことだったんだよ!」


「宝物庫…」


 アタシたちは、バルコニーのある方じゃない、右側の何もない空間を見やる。


「これ、魔法錠の一部ね」


 トレーナさんが、床に転がったドアの取っ手みたいなのを拾って言う。


「あー、床と柱の配置から言って、本棚か収納棚で隠していた部屋って感じにゃ」


「……ということは」


「ここが宝物庫“だった”と言うのが自然な流れかな〜」


「“お宝”は……」


「この戦いの規模じゃ。魔法が使われたんなら、盗まれたというより、消し飛んだ可能性の方が濃厚じゃな」


 マイザーはムンクの叫びみたいな顔になった。


「なあ! ウィルテ!」


「なんにゃ?」


「やっぱ報酬は5:5ってなわけには…」


「お断りにゃ」


 マイザーだけでなく、全員がガッカリしたように肩を落とす。


「……何か見つかるかも知れません。少し探してみましょう」



 手分けをして部屋の中を探し回る。アタシの担当は寝室。入ったところの応接室っぽいのはウィルテたち、宝物庫の方はマイザーたちだ。


 寝室は他の2つに比べれば狭い。ベッドはほとんど朽ち果てていて、シーツは風化し、指で摘んだだけでボロボロと落ちてしまう。


 なにせ壁がないから、みんなが何をしているかはこっからでも見える。


「アタシが悪かったから…。ねぇ、ユーデス」


 声までは聞こえないから、ユーデスと話す機会だと思ったのに、アタシが何を言っても応えてくれない。


 困ったな。ユーデスは表情が見えないから、黙っていると本当に何を考えてるのか分からない。


「いつもみたいなお喋りに戻ってよ……」


「……」


「あー、いいよ! 話したくないなら、もうアタシからも声は掛けな……」


 ふと大きな瓦礫がアタシの目に止まった。


 いや、部屋に入る前からあったのは気づいていたんだけど、改めて目にして不思議な感覚になる。


 寝室のど真ん中に、ポツンとある大きな石の塊。たぶん天井から落ちてきたんだろうけど、なぜか気になって近寄ってしまう。


「なんだろ。これ見てると、すごく悲しい気分になる…」


 どう見ても、ただの大きな白い破片だ。だけれど、なぜかアタシにはそれはまるで墓標のように感じられた。


「ん? これ…」


 瓦礫の下に何か光るものがあって、しゃがんで辺りの破片を取り除く。すると──


「ペンダントだ」


 埃や砂片を払うと、それは円錐形の宝石に、シルバーのチェーンがついた首飾りだった。


 ピンク色の宝石を光に照らすと、半透明の中身が炭酸の泡が立ち上っているかのように、光が弾けて見えた。


「なんか見つけたのか?」


 アタシがしげしげとペンダントを見ていると、マイザーがやって来る。


「お。アクセサリーか。なかなか高そうだな」


「はい」


「え? いいのか?」


 アタシがペンダントを渡すと、マイザーは驚いた顔をする。


「うん。アタシにはその価値は分かんないし。あげるよ」


 綺麗だとは思ったけど、陰気なデヴなアタシには装飾品なんて無縁のものだったし。ブランドとかも全然分かんない。


 マイザーはしばらく、アタシとペンダントを交互に見比べる。


「あー。あのよ、似合う…と思うぜ」


「ん? 何が?」


「これ」


 マイザーはペンダントを掲げて、なんでか留め具を外した。


「は? な、なに? なんだよ!?」


「いいから、な。じっとしてろよ」


 何を思ったのか、マイザーはアタシの背後に回る。


 いや、何をするかは分かっていた。


 けど、逃げられなかったのは、少しだけ期待する自分が居たからかも知れない。


 言われた通り動かないでいると、マイザーの手が頭を越えて、前に回って、ペンダントが近づいてくる。


 なぜか、ユーデスが息を呑んだ音が聞こえたような気がした。


 そして、マイザーは前に来ると、ペンダントの位置を少し調整して、少し屈んだまま離れて「よし」と言う。


「思った通り似合うぜ」


「……」


 アタシは何も言えなかった。


 自分で付けることもなかったし、ましてや男の人にペンダントを付けてもらう日が来るなんて……


 いや、相手はマイザーだ。それは分かってるんだけど…


「お。ルームミラーあんじゃん。なんかカビてっけど、拭けばいけるだろ」


 部屋の隅から、マイザーが鏡を持ってくる。服の裾で乱暴に擦ると、アタシの方に向けた……


 褐色肌の細い首、銀色のチェーンと、揺れるピンクの宝石……


 そうだ。今のアタシはアクセサリーをつけたっておかしくは……


「マイザー!!」


 鏡に向かったままペンダントに触れようとしたアタシは、マイザーが飛び上がって鏡を落としたせいで、それは叶わなかった。


 声のした方を見やると、シェイミが耳と尻尾の毛を逆立てて怒っている。


「こんなところで浮気か! このクソ野郎が!!」


「ち、ちがっ…! 首飾り、付けてやっただけだって!」


「言い訳すんじゃねぇ!! シャーッ!!」


 シェイミは犬歯を剥き出しにして、マイザーを爪で引っ掻く。その動きは犬ってより、なんか猫っぽい。


「“浮気”って…」


「大丈夫かにゃ? マイザーに変なことされたんか? レディー?」


 ウィルテが心配してくるけど、確かに普通にペンダント付けてもらっただけだしなぁ。


「ん? その宝石……」


 ウィルテが、アタシのペンダントを見て怪訝そうにする。


「あ。盗む気ないから。ちょっと試しただけで。ここに置いて…」


 慌ててペンダントを外そうとして……


「あれ? 外れ……ない?」


 トレーナさんがやって来て、アタシを見て口元を押さえる。


「そ、それって…」


「呪いのアイテムにゃ」


「……は?」


 アタシはその場で固まる。


「体調に異変は?」


「ないけど…」


「油断はできないわ。つけて3日後に死ぬとかいう呪いもあるし」


「は、はぁ!? し、死ぬ!?」


 アタシは力付くでペンダントを取ろうとするけど…できない!


「神官じゃないと効果も分からないし、解除もできないわね」


 トレーナさんが言うと、ウィルテも頷く。


「て、テメェ! 何してくれてんだこの野郎!」


「し、知らなかったんだって!」


「浮気しただけじゃなく、呪いまで掛けやがるとは信じらんねぇ!」


「浮気じゃねぇし、呪いも知ら……イデェ! は、腹パンは! か、勘弁! だからって、脛や腿も…イダーッ!」


 アタシはシェイミと一緒になって、マイザーをタコ殴りにした!


 ひとしきりマイザーを殴ると、アタシは床に座る。


 シェイミはまだ怒り冷めやらぬといった様子で追い掛け回して、マイザーは部屋を出て行ってしまった。


 他の人たちは、なんか呪われたアタシを今後どうするか話し合っている。


「クソ! これ外すのに、あの神殿に行かなきゃならないのかぁ…」


 気が重い。


 あそこ嫌いだし。


「……呪いじゃないから大丈夫」


「え?」


 アタシはハッとして、ユーデスを見やる。


「……いま君の魔力をチェックしてるから、一時的に外せなくなってるだけ。持ち主じゃないと判別されれば勝手に外れる」


「ユーデス? 話してくれて…」


「……持ち主の魔力適合が作動条件らしい」


「ユーデス……」


 アタシの問いには応えず、ユーデスは淡々と一方的に言う。


「……その首飾りの魔力を解析をして、君の魔力を本来の持ち主に似せることで、“誤作動”させることはできる」


「よく分かんないけど、なにかこのペンダントに仕掛けがあるってこと?」


「……そこはやってみなければ何とも言えない。けど、やれと言われればやる」


「え?」


「私は“道具”だからね」


「なんだよ。その言い方…」


 アタシとユーデスはしばらく黙る。


「……やって」


「……分かった」


 アタシがそう言うと、ピンク色の宝石が輝き出して──


「な、なんじゃ?」


「宝物庫の方からにゃ!」


 ガタンッと何かが落ちる音が、アタシのいる部屋の反対側から聞こえたのだった──

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?