長い螺旋階段を昇って行く。
階段の上の天井からは、国旗らしき垂れ幕が何枚もぶら下がっている。
「相当な権力者か、金持ちなんだな」
「成功した商人の隠棲地ってとこかしら」
マイザーとトレーナさんが、手摺から見やって言う。
「しかし、そうなると、ますますここに管理人の1人もおらんことが不審に思えてくるのぅ」
「転移魔法を使うぐらいにゃ。よほどの人嫌いとかじゃにゃい?」
「んで、老後は寂しくお宝コレクションと暮らしてた…って、感じか?」
「そうそう。どっかに主のミイラが転がってるかもにゃ」
「やめろよー。ウィルテェ〜」
シェイミはブルッと震える。
「なんだよ。スケルトンは平気だったじゃんか。シェイミ」
「魔物は平気だよ。でも、人間の死体は苦手ー」
「なんでだよ?」
「魔物は動くじゃん。でも、死体は動かないじゃん」
「……んん? 意味が分かんねぇんだけど。動かない方が安全じゃね?」
「安全とかそういう話はしてないしー」
「ホント、女心が解ってないダメ男にゃ」
「はぁ? なんだよ! それ!」
うーん。あんまり階段で暴れないで欲しい。転がって落ちたら怪我だけじゃすまなそうだし。
「コラ。遠足じゃないぞ。いつまでもふざけておるんじゃない」
ダルハイドさんが注意すると、マイザーもシェイミも「はーい」と返事をする。
「レディー。キサンもじゃ」
「え? アタシ? アタシはふざけてなんて…」
「違うわい。体調が悪いなら言わんか」
「あ。あー…」
「ヒューマンの顔色はワシには分からん」
ダルハイドさんが、マイザーとトレーナさんに向かって顎をしゃくる。
「いや、レディーの顔色は……同族でも分かんなくね?」
褐色系だから、たぶん顔色が悪いとか分かりにくいだろな。
体調悪いとかじゃなくて、ユーデスが喋らないから何か変な感じがしてるだけで……
「思うことがあれば言え。ワシらは今は仲間じゃからな」
“今は”……か。
「……うん。分かった」
ウィルテが、なんでかフィーリーをチラッと見たけど、フィーリーはその視線に気づかない感じで、さっさと階段を昇って行ってしまった。
階段を昇りきって、大きな廊下……そこからは一本道で、突き当たりに出入口と同じくらいの大きさの扉がある。
「主の部屋ですね」
「お宝部屋ですね」
フィーリーの口真似をして、マイザーが言う。
冷たい目でフィーリーは見やるけど、結局は何も言わず、マイザーは「冗談だって!」とその背中を叩いている。
もう、“師匠”とか言って土下座していたことも忘れてるっぽい。
シェイミが罠を調べ、トレーナさんが魔法で最終チェックをして、ダルハイドさんがその大きな身体を活かして扉を両手で押し開く。
「うっ…」
扉を開いた瞬間、強い風がアタシたちの間を吹き抜けた。
「な、なんだよこれ…」
部屋の中を見て、アタシたちは絶句する。
辺りに転がる石片や木くず。柱は折れ砕け、奥の壁はダルハイドさんの身体よりも大きな穴が開き、窓という窓すべてが割れてしまっている。
たぶん、奥にもう1つか2つ部屋が……たぶん寝室だろう。その間の壁はすべてなくなってしまって、ワンフロアになっちゃってる。
寝室側にはたぶんバルコニーがあったんだろう。外壁に沿うようにせり出してるから分かったけれど、今は足場部分がまるまる崩れ落ちて、下には森や、その先の海までが見えている。
「ここだけ壊れ方がハンパない…。何か激しい戦いでもあったのかしら」
「もしかして子供部屋なのか?」
シェイミが壊れた古びた人形を手に取って首を傾げる。
今は薄汚れてしまって分かりにくいけど、壁紙は一面ピンク色だったっぽい。
「やはり、最近のものではないな。この大穴、建物の裏側だから気づかなんだ」
雨風による侵食や、外から蔦や苔が入り込んでることから、かなりの年数が経っていることが分かる。
「おいおい! 勘弁してくれよ〜!」
マイザーが頭を抱えて大声を上げた。
「え? なんなんにゃ?」
「いや、アブドルさんの話だと、主の部屋の隣に宝物庫があるってことだったんだよ!」
「宝物庫…」
アタシたちは、バルコニーのある方じゃない、右側の何もない空間を見やる。
「これ、魔法錠の一部ね」
トレーナさんが、床に転がったドアの取っ手みたいなのを拾って言う。
「あー、床と柱の配置から言って、本棚か収納棚で隠していた部屋って感じにゃ」
「……ということは」
「ここが宝物庫“だった”と言うのが自然な流れかな〜」
「“お宝”は……」
「この戦いの規模じゃ。魔法が使われたんなら、盗まれたというより、消し飛んだ可能性の方が濃厚じゃな」
マイザーはムンクの叫びみたいな顔になった。
「なあ! ウィルテ!」
「なんにゃ?」
「やっぱ報酬は5:5ってなわけには…」
「お断りにゃ」
マイザーだけでなく、全員がガッカリしたように肩を落とす。
「……何か見つかるかも知れません。少し探してみましょう」
手分けをして部屋の中を探し回る。アタシの担当は寝室。入ったところの応接室っぽいのはウィルテたち、宝物庫の方はマイザーたちだ。
寝室は他の2つに比べれば狭い。ベッドはほとんど朽ち果てていて、シーツは風化し、指で摘んだだけでボロボロと落ちてしまう。
なにせ壁がないから、みんなが何をしているかはこっからでも見える。
「アタシが悪かったから…。ねぇ、ユーデス」
声までは聞こえないから、ユーデスと話す機会だと思ったのに、アタシが何を言っても応えてくれない。
困ったな。ユーデスは表情が見えないから、黙っていると本当に何を考えてるのか分からない。
「いつもみたいなお喋りに戻ってよ……」
「……」
「あー、いいよ! 話したくないなら、もうアタシからも声は掛けな……」
ふと大きな瓦礫がアタシの目に止まった。
いや、部屋に入る前からあったのは気づいていたんだけど、改めて目にして不思議な感覚になる。
寝室のど真ん中に、ポツンとある大きな石の塊。たぶん天井から落ちてきたんだろうけど、なぜか気になって近寄ってしまう。
「なんだろ。これ見てると、すごく悲しい気分になる…」
どう見ても、ただの大きな白い破片だ。だけれど、なぜかアタシにはそれはまるで墓標のように感じられた。
「ん? これ…」
瓦礫の下に何か光るものがあって、しゃがんで辺りの破片を取り除く。すると──
「ペンダントだ」
埃や砂片を払うと、それは円錐形の宝石に、シルバーのチェーンがついた首飾りだった。
ピンク色の宝石を光に照らすと、半透明の中身が炭酸の泡が立ち上っているかのように、光が弾けて見えた。
「なんか見つけたのか?」
アタシがしげしげとペンダントを見ていると、マイザーがやって来る。
「お。アクセサリーか。なかなか高そうだな」
「はい」
「え? いいのか?」
アタシがペンダントを渡すと、マイザーは驚いた顔をする。
「うん。アタシにはその価値は分かんないし。あげるよ」
綺麗だとは思ったけど、陰気なデヴなアタシには装飾品なんて無縁のものだったし。ブランドとかも全然分かんない。
マイザーはしばらく、アタシとペンダントを交互に見比べる。
「あー。あのよ、似合う…と思うぜ」
「ん? 何が?」
「これ」
マイザーはペンダントを掲げて、なんでか留め具を外した。
「は? な、なに? なんだよ!?」
「いいから、な。じっとしてろよ」
何を思ったのか、マイザーはアタシの背後に回る。
いや、何をするかは分かっていた。
けど、逃げられなかったのは、少しだけ期待する自分が居たからかも知れない。
言われた通り動かないでいると、マイザーの手が頭を越えて、前に回って、ペンダントが近づいてくる。
なぜか、ユーデスが息を呑んだ音が聞こえたような気がした。
そして、マイザーは前に来ると、ペンダントの位置を少し調整して、少し屈んだまま離れて「よし」と言う。
「思った通り似合うぜ」
「……」
アタシは何も言えなかった。
自分で付けることもなかったし、ましてや男の人にペンダントを付けてもらう日が来るなんて……
いや、相手はマイザーだ。それは分かってるんだけど…
「お。ルームミラーあんじゃん。なんかカビてっけど、拭けばいけるだろ」
部屋の隅から、マイザーが鏡を持ってくる。服の裾で乱暴に擦ると、アタシの方に向けた……
褐色肌の細い首、銀色のチェーンと、揺れるピンクの宝石……
そうだ。今のアタシはアクセサリーをつけたっておかしくは……
「マイザー!!」
鏡に向かったままペンダントに触れようとしたアタシは、マイザーが飛び上がって鏡を落としたせいで、それは叶わなかった。
声のした方を見やると、シェイミが耳と尻尾の毛を逆立てて怒っている。
「こんなところで浮気か! このクソ野郎が!!」
「ち、ちがっ…! 首飾り、付けてやっただけだって!」
「言い訳すんじゃねぇ!! シャーッ!!」
シェイミは犬歯を剥き出しにして、マイザーを爪で引っ掻く。その動きは犬ってより、なんか猫っぽい。
「“浮気”って…」
「大丈夫かにゃ? マイザーに変なことされたんか? レディー?」
ウィルテが心配してくるけど、確かに普通にペンダント付けてもらっただけだしなぁ。
「ん? その宝石……」
ウィルテが、アタシのペンダントを見て怪訝そうにする。
「あ。盗む気ないから。ちょっと試しただけで。ここに置いて…」
慌ててペンダントを外そうとして……
「あれ? 外れ……ない?」
トレーナさんがやって来て、アタシを見て口元を押さえる。
「そ、それって…」
「呪いのアイテムにゃ」
「……は?」
アタシはその場で固まる。
「体調に異変は?」
「ないけど…」
「油断はできないわ。つけて3日後に死ぬとかいう呪いもあるし」
「は、はぁ!? し、死ぬ!?」
アタシは力付くでペンダントを取ろうとするけど…できない!
「神官じゃないと効果も分からないし、解除もできないわね」
トレーナさんが言うと、ウィルテも頷く。
「て、テメェ! 何してくれてんだこの野郎!」
「し、知らなかったんだって!」
「浮気しただけじゃなく、呪いまで掛けやがるとは信じらんねぇ!」
「浮気じゃねぇし、呪いも知ら……イデェ! は、腹パンは! か、勘弁! だからって、脛や腿も…イダーッ!」
アタシはシェイミと一緒になって、マイザーをタコ殴りにした!
ひとしきりマイザーを殴ると、アタシは床に座る。
シェイミはまだ怒り冷めやらぬといった様子で追い掛け回して、マイザーは部屋を出て行ってしまった。
他の人たちは、なんか呪われたアタシを今後どうするか話し合っている。
「クソ! これ外すのに、あの神殿に行かなきゃならないのかぁ…」
気が重い。
あそこ嫌いだし。
「……呪いじゃないから大丈夫」
「え?」
アタシはハッとして、ユーデスを見やる。
「……いま君の魔力をチェックしてるから、一時的に外せなくなってるだけ。持ち主じゃないと判別されれば勝手に外れる」
「ユーデス? 話してくれて…」
「……持ち主の魔力適合が作動条件らしい」
「ユーデス……」
アタシの問いには応えず、ユーデスは淡々と一方的に言う。
「……その首飾りの魔力を解析をして、君の魔力を本来の持ち主に似せることで、“誤作動”させることはできる」
「よく分かんないけど、なにかこのペンダントに仕掛けがあるってこと?」
「……そこはやってみなければ何とも言えない。けど、やれと言われればやる」
「え?」
「私は“道具”だからね」
「なんだよ。その言い方…」
アタシとユーデスはしばらく黙る。
「……やって」
「……分かった」
アタシがそう言うと、ピンク色の宝石が輝き出して──
「な、なんじゃ?」
「宝物庫の方からにゃ!」
ガタンッと何かが落ちる音が、アタシのいる部屋の反対側から聞こえたのだった──