「クマンの酢漬け、メルシーの姿揚げ、ピリ辛ソテーも。イロ豆の炒め物…ほう、こんなところにもあるんですね! 私の故郷の定番品ですよ! もちろんいただきましょう! とりあえず、出来た順に持って来て! 急いで急いで!」
アブドルさんは食べ物を手当たり次第に注文する。
見た目はニコニコと笑った小太りの普通のオジサン。考古学者ってより、商人とか富豪とかそういった肩書の方が似合いそうな雰囲気だ。
“ダブルパイパイ”の代表者としてアタシ、“マイザー・チーム”の代表者としてマイザーが、アブドルさんとテーブルを向かい合わせに座っている。
「ホホホ! さあ、お若いんですから! 食べて、食べて!」
今は3人しかいないのに、テーブルには山盛りの料理が並んでいた。
「あのー」
「もちろん、ここのお代はご心配なく! ご遠慮なさらずに!」
アブドルさんはタプタプと頬を揺らして言った。
「そうじゃなくて、先に本題の話をしたいんだよ」
「なるほど! つい舞い上がってしまいましたな! 私としたことがお恥ずかしい! ホホホ!」
「あー、とにかく確認してくれ」
マイザーは手前の料理を横にずらし、下から木箱を取り出して置く。メロンが入ってそうなくらいのサイズだ。
「……それがそうですか」
アブドルさんは微笑むのを止めて、ワインを一口呑んで口を湿らせてから言う。その視線は木箱にジッと注がれていた。
「宝物庫の下、隠された納戸があった」
「……他には何かありましたか?」
「いや、これしかなかった」
納戸のスペースは本当に狭くて、この木箱が1つあっただけだ。よほど貴重な物なんだと分かる。
「中を
「もちろんだ」
マイザーが食器を避けながら木箱を押しやり、アブドルさんの手の届くところへ置く。
アブドルさんは「ふー」と深呼吸すると、白手袋をはめて、両手を擦り合わせてから「さて」と木箱の上蓋を開いた。
「…おお!」
中は……見たから知っているけど、紫とも黒とも言えない色をした丸い宝玉。光の当たる加減で虹色にも見える不思議な石だ。
「間違いありません。戯水晶です」
アタシとマイザーは「よし!」と頷き合う。
「ふむ。では、追加報酬は…そうですな、30,000Eほどでいかがでしょう?」
「え!? そんなに?」
「ええ。これはかなり高純度のもの。しかも状態もいい。きっちり上乗せさせて貰いますとも」
「マジすか!? ありがとうございます!」
これで追加報酬は、アタシたちとマイザーたちで半々で15,000Eもらえる(ウィルテは最後まで追加報酬も8:2だって抵抗していたけど)。
1,000Eの基本報酬だけじゃ、マイザーたちも働き損になるところだった。
正直、マイザーたちもどんな物か分かってなかったんで、アブドルさんに確認してもらうまでは不安で仕方なかったんだけど。これで一安心だね。
「報酬はギルドを通してお受け取り下さい。
それで先ほどの話の続きですが、そのレディー様の首の装飾品が……」
「うん。これが鍵になっていたみたい」
きっと、館の主が装備していたもので、ユーデスがこの魔商のペンダントに魔力を流したことで、宝物庫の隠し部屋の仕掛けが動いたんだった。
「これはなんとも興味深い。それも見たところ魔法のアイテムでしょうな」
アブドルさんは白いハンカチを取り出すと、額や頬、首の周りをセカセカと拭く。
「どうでしょう? その首飾りもよろしければ引き取らせて貰いますよ?」
「え?」
「そうですね。30,000……」
アタシとマイザーは目を丸くする。
「いえ、50,000Eお支払い致しましょう。いかがでしょう?」
「お、おいおい! 戯水晶より高値がつくのか? そんなにスゴイものなのかよ?」
マイザーが驚くと、アブドルさんはさらに困ったといった感じに額を拭き始める。
「いえいえ、魔法アイテムではさほど珍しいものではありませんが。調べる価値があるかも…と、思いましてね」
マイザーがハッとして、アタシの耳元で「もう少し価格を吊り上げてやろうぜ」とか言う。
「ゴメン。これ、外せなくてさぁ…」
「外せない?」
アブドルさんはポカンとした顔を浮かべる。
「うん。“呪われてる”みたいでね」
「……そんなハズはありません。魔力が合わなければ外れ、合えば自分の意思で外せるハズです」
「アブドルさん、このペンダントのこと知ってるの?」
アタシが聞くと、アブドルさんはピタッと動きを止める。
「?」
なんか変な感じ。
動揺してるにしても、動画を一時停止してるみたいにまるで身動ぎもしない。
「アブドルさん?」
「……ホホホ! いえいえ、魔法の品という物は一般的にそういう物が多いものでして」
一時停止が解除されたみたいに、アブドルさんは急に動き出す。困ったように笑うと、額をハンカチで何度も拭いていた。
「しかし、外せないと言うのであれば仕方ありませんね」
「うん。ゴメン」
「……残念です」
マイザーが「売っちまえばいいのに」とか言ってるけど、アタシは聞こえないフリをした。
「それでは、依頼はこれにて完了という事で」
アブドルさんはそう言うと木箱を持って立ち上がる。
アタシたちも同じようにしようとしたら、アブドルさんは「ごゆっくりどうぞ」と食事を指す。
「……
「「ん?」」
アブドルさんが帽子を被って奇妙なことを口走ったのに、アタシとマイザーは同時に首を傾げる。
「……それでは、また近いうちに依頼をすることがあるかも知れません」
「おう! こちらこそお願いしたいところっすよ!」
「大変、よい取引でした。それではまた」
アブドルさんは深々と頭を下げると、木箱を抱え、そそくさと酒場を出ていってしまった。
「……なんか変わった人だったね」
「まあ、金払いはよかったんだしいいじゃねぇか。それより飯食おうぜ。残すと罰が当たりそうだ」
マイザーは肉の香草焼きを手づかみで口に入れると「んー」などと感嘆の声を漏らす。
それを見て、アタシもグーッとお腹が鳴った。マイザーも「食え食え」と勧めて来る。
「それよか、なんでまたその首飾り売らなかったんだ? 気に入ったのか?」
「それもあるけど、なんか渡しちゃいけないような気がして…」
「なに? 勘みたいなもんか?」
「そうだね。うん。……マイザー、気づいていた?」
「何が?」
アタシは自分の気の所為だと思いたかったけど、思い切って話してしまおうと決意する。
「……アブドルさん。ハンカチでやたら顔とか拭いてたけどさ」
「ん? あー、汗っかきなんだろ? 太ってたし」
「ううん。あの人、全然、汗なんてかいてなかったんだよ」
「……へ? ウソだろ?」
「ウソじゃない。だって、ハンカチだって……見ていたけど、全然、濡れた感じもなかった」
マイザーは、テーブルの上の濡れたおしぼりを見る。
「なら、なんで顔を拭いてたんだ?」
「……さあ」
──
アブドルは路地裏に入ると、中身だけを抜き取って木箱を無造作に放り捨てた。
「……まさか、“
アブドルは戯水晶をしげしげと見やって言う。
「しかし、予期せぬ素晴らしい結果でした。これで計画が1段階早まりますね」
自分の後ろからトトトと近づいてくる影に向かって言う。
「オレ、その顔、キライだ」
アブドルの顔を見やるなり、フェイフェンは不愉快そうに舌打つ。
「……そうですか? 子供に好かれる顔だと思うのですが」
アブドルはニコリと笑って、懐から飴を出して渡そうとするのに、フェイフェンはパシンとその手を払う。
「イヤ。元に戻して」
アブドルは首を横に振ると、グニャリと顔全体が歪み、縦に伸びたかと思いきや、飴細工のように背丈も伸び、腹がヘコみ、あっと言う間にスラリとした中折帽子、黒を基調とした服装の青年男性の姿となる。
「へへッ。“オクルス”はやっぱそっちの方がカッコいーよ」
フェイフェンは嬉しそうに、オクルスの腕を取る。
「シヒヒ。…失礼。こちらも“本当の私”とも言い難いのですよ」
「それでも、その姿が多いだろ?」
「ええ。一番、“慣れている姿”ではありますね」
フェイフェンの目が、オクルスが手にしている戯水晶へと向く。
「それ欲しきゃ、オレに言えば簡単に取って来たのにー」
「これはそういうものではないのですよ」
オクルスは、戯水晶を持った手をくるりと回し、手首を元の位置に戻した時には宝玉はどこかへと消えてしまっていた。
「どういうこと?」
「“私への対策”がされているのです。恐らくは、貴女でも突破は容易でなかった」
「? だって、“敵”じゃなかったんだろ?」
「……商人としてはライバルでしたからね」
「ふーん。よく分かんねぇわ」
「シヒヒ。…失礼。数百年に渡る付き合いとは、得てしてそういうものです」
オクルスは目を細め、自分が来た酒場の方を見やる。
「……レディー・ラマハイム。否応なしに、近々この姿でお目に掛かることになるでしょうね」