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051 もう1つの報酬

 アタシたちが報酬を受け取りに冒険者ギルドに赴く。


「“ダブルパイパイ”も“マイザー・チーム”もお疲れ様。大収穫だったみたいね。依頼人も喜んでいたわ」


 いつも事務的に淡々としているローラさんが、今日は少し優しく言う。


「手数料の上乗せでもあったような顔にゃ」


「ええ。まさに、その通りなのよ」


「へ?」


 冗談で言ったつもりのウィルテは目を瞬いた。


「よいレンジャーをイークルは育てているって褒められたわ。今後の活動の支援のためにもって、支援金も別途で頂けたのよ」


「はー。金持ちは変人が多いけど、なんとも奇特な話にゃ」


 アブドルさんは金払いのいい依頼人で、アタシたちの報酬以外に、冒険者ギルドが受け取る仲介料まで弾んで出したらしい。


「それで受け取りはどうする? 金額が金額だから、振り込みでいいかしら?」


「それでいいにゃ」「俺のところもそれで」


「分かったわ。すぐに支払証票を作るわ。

 ランザ。チーム分配報酬金額と追加報酬の計算を……」


「え…あ…。これが……まだ…」


 ランザさんは懸命に書類を見比べて、何やら記帳をしていた。


「それ朝イチに頼んだヤツでしょ。まだ終わってなかったの?」


「ご、ゴメンナサイ…」


 ローラさんがため息をつく。


 あー、なんかイヤなこと思い出しそう。そんなこと言われると余計に焦るよね。


 ほら、ランザさん、何か書き間違えて…また書き直しになってる。たぶん、お金に関する証明書だから、訂正印とかも使えないんだろうな。


 アタシはランザさんに心の中でガンバレって応援した。


「悪いわね。少し待ってもらってもいい?」


「構わん。別に急いではおらなんだ」


 ダルハイドさんがそう言う。


「ありがとう。今日中には渡すわ」


 ローラさんが申し訳なさそうに言うけど、ウィルテも“マイザー・チーム”も「いつものことだ」みたいな感じだった。


「それと、マイザー。もう1件の依頼の方は…」


「あ! ローラさん! シーッ! シーッ!」


「もう1件?」


 マイザーが慌ててるのに、ウィルテがジト目をする。


「あー、もう報酬は貰えることは確定したんだし、ここいらでお開きってのはどうだい?」


 マイザーがそんなことを言い出すのに、シェイミもトレーナさんも小さく「バカ」と言う。


「そんなこと言っても、依頼人が来てるわよ」


「へ?」


「昨日も、あなたたちの帰りを夜遅くまで待っていたんだから。

 ランザ。先にそちらをお願い」 


 ローラさんがそう言うと、ランザさんがカウンターを出て、ギルドの待合所の席にいたおばあさんを手を引いて連れて来る。


 マイザーは「あー」と気まずそうに頭を掻いた。


「何かありましたか……?」


「ああ。見つけたよ。お孫さんのだろ、これ」


 マイザーは懐から、ボロボロになった黒表紙の冊子を取り出す。


 おばあさんは震える手で受け取ると、中を開いて、顔をクシャクシャにして頷く。


「そうです。孫の日記に間違いありません」


 震える声で、涙を流しておばあさんが言う。ランザさんがハンカチを差し出して、その小さく丸まった背中を撫でた。


「ありがとうございます。本当に…本当に…」


 マイザーや、シェイミ、トレーナさんの手を取って何度もおばあさんは御礼を言う。


「なんにゃ?」


「あの老婆の孫、駆け出しのレンジャーだったんじゃが、アル・ズナー古代遺跡に行って戻らなかったそうじゃ」


 ダルハイドさんがそう説明してくれる。


「“B-6”ですか」


「え? なにそれ?」


「エキドナと対峙した時に、マイザー氏が口走ったセリフです」


 フィーリーがそう説明してくれる。そういや、そんなこと言っていた覚えもあるようなないような…。


「あの部屋周辺が、仲間が目撃した最後の場所じゃった。ワシら以外にも、他のレンジャーも捜索したが見つからなんでな」


「もしエキドナにやられたんにゃら、あの部屋の仕掛けの下に隠れてたわけかにゃ」


「まあ、そういうことじゃろう」


 そういえば、マイザーたちが見つけた死体は瓦礫に挟まってたな。

 あの部屋は壁が広がったり、鉄格子が降りてくる罠があったから、それを作動させたことで偶然に出てきたってことか。


 おばあさんはしきりに御礼を言って、お孫さんの日記を大事そうに抱きしめたままギルドを出て行った。


「あんなに感謝されるとはなぁ。遺体もちゃんと埋葬してあげりゃよかったかなぁ…」


「無理でしょ。今にも崩れそうだったし。かといって魔法で吹き飛ばすわけにもいかなかったわ」


「そうそう。身内としては、形見の品が戻ってきただけでもそりゃ嬉しいでしょ。ウチらはやるべきことをやったよ」


 なんかマイザーを見直しちゃうかな。


 単なるお調子者だとばかり思っていたけれど、こんな依頼も受ける一面があるなんて……


「で、こっちの成功報酬10万Eも振り込みでいいかしら?」


「「10万E!?」」


 アタシとウィルテが同時に声を上げる。


「おい! 金額がおかしいにゃ!」


 “マイザー・チーム”は、わざとらしくウィルテから目を逸らす。ダルハイドさんですら、外を見やって「今日はいい天気じゃのぉ」なんて言ってる。


「……当然、それも8:2にゃろ?」


「……これは、俺たちが単独で受けた依頼だしぃ〜」


「ローラ!」


「チームアップ契約は、アブドルさんの依頼だけね。“ダブルパイパイ”に報酬権は発生しないとしか、うちとしては言いようがないわね」


「こんの野郎! そっちが本当はメインだったにゃ!」


「ソンナコトナイヨー」


 マイザーはロボットみたいに口をパクパクさせた。


「ブチのめしてやるのにゃ!」


「ちょっと! ウィルテ! ギルド内での刃傷沙汰は資格剥奪よ!」


 アタシとフィーリーは、暴れるウィルテをなんとか押さえる。


「ブチギレるのはアタシの仕事でしょ」


「そうにゃ! レディー! 怒れ! 狂犬の怒りを見せつけてやるのにゃ!」


 そんなこと言われてもなー。


 アタシは、このペンダントの借りがあるし。


 ペンダントは本当は向こうにも権利はあるんだけど、アブドルさんに売るのを渋ったアタシに、マイザーは「別に似合ってるんだから、お前が貰っとけばいいんじゃね」とくれたんだった。


 それがあるから、今回の件は怒りにくいんだよねー。


「くやしー! 怪しいと思ってたのに、マイザーなんかにしてやられたのにゃー!」


 ウィルテが悔しがるのに、トレーナさんが「おほほほ!」と嬉しそうに口元に手を当てて笑う。


「悪く思うな。たまにはワシらも旨味を味わってもいいじゃろ、ウィルテ」


「うるさーい! そんなん関係ないにゃ!」


「でも、ホントに今回はウチらも楽しかったし。またこれに懲りずにチームアップしようよ。ニヒヒ!」


 シェイミが手を差し出してくるのに、アタシは苦笑いして応える。


「そうだな。レディーもウィルテも、俺が恋しくなったらいつで…イデェ!」


「……浮気野郎ッ。それとこれとは話が別だぞ。後で話があっかんな」


 シェイミが真顔で、マイザーの脇腹に本気の肘鉄を入れる。


「まさか、この2人って…」


「そこはお察しってことでお願いよ」


 トレーナさんが困ったように笑う。


「……さ、それでいいかしら? 後もつっかえているんだけれど」


「あ。はい」


 ローラさんはその間も、他のレンジャーとの手続きをこなしながら言う。


 アタシたちが邪魔だという意味だろうと思い、移動しようとしたら、なぜかローラさんに呼び止められた。


「“ダブルパイパイ”に指名依頼が入ってるの。その話をしたいってことよ」


「……他のヤツが横から掻っ攫っていった事後報告なら、もう聞きたくないにゃ」


 そう言えば町長絡みの依頼は、別のチームに理不尽に取られたんだっけ。


「いいえ。今回は他のレンジャーは参入できないという条件つきよ」


「はい? なんにゃそれ?」


 アタシもフィーリーも不思議そうにする。


「依頼人の名前はマルカトニー・キングラート。今度は町長の息子からの依頼」


 ローラさんが言うのに、事務作業に戻っていたランザさんはなぜかアタシたちの方を見ていた。


「ランザさん?」


「……あ。いえ、なんでもないです」


 アタシの視線に気づいたランザさんだけど、ふいと顔を背けて仕事へと戻ったのだった──

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