2階の応接室で、勝手知ったる感じにマルカトニー様は脚を机に投げ出して座っていらっしゃっている。
「お待たせしました」
私は内鍵をかけると、スカートの中のショーツに手を掛けた。
「いや、今日はそういう用件じゃない」
「え?」
そういえば、マルカトニー様は服を着たままだ。
「ランザ。お前はいつもよくやってくれている。感謝しているんだ」
「わ、私なんかに…」
そんな優しい言葉をかけられ、私はひどく動揺する。
「……だから、また俺の為に仕事を引き受けてくれるな」
「仕事? は、はい! 私に出来ることならなんでもやります!」
期待して貰える……それがこんなに嬉しいことだなんて私は初めて知る。
「実はだ。これから、ある簡単な探索依頼を出すんで、それにギルドで最も強いレンジャーを派遣して欲しい」
「最も強いレンジャー?」
私は思わず首を傾げてしまった。
確かに強いレンジャーであれば依頼の成功率が高いのは当然だが、それなら依頼の難易度を上げればそれに見合ったレンジャーが選ばれるハズだ。
それに探索依頼ならば、別に強さだけで選ぶ必要もない。中には戦闘能力は低いが、探索スキルに特化したレンジャーもいる。むしろギルドとしてはそちらを推奨するだろう。
私の疑問に気付いたのか、マルカトニー様は大きく頷く。
「別に金をケチってるわけじゃない。確かに、ランクの高い依頼を出して、指名して好きなレンジャーを選べばいいだけの話だ。だがな……」
マルカトニー様は自分の唇をペロリと舐める。
「……親父の目がある」
マルカトニー様のお父様……この街の町長だ。
親子関係はあまりよくないということは私も知っている。
「最近、幾つか秘密裏に回した依頼。どうにも俺直属の部下にも何人か、親父の息がかかったヤツが紛れていてな。やたらと嗅ぎまわっているみたいなんだ」
なるほど。ようやく頭の鈍い私にも納得がいった。
要は依頼の偽装をしたいってことなんだろう。
いつもなら、マルカトニー様は討伐依頼を出される。魔物を狩る必要があるからだ。でも、それはあからさますぎて、町長に怪しまれるのは当然だろう。
そこで探索依頼を出して、魔物を狩る気なんだ。だからこそ、強いレンジャーが………でも、それってギルドで“最も強いレンジャー”が必要なほどのことかしら?
……いけない。頭の悪い私が考えたって分かりっこない。
私はマルカトニー様の言われた通りにすればいいだけ。
「……それでは、私はレンジャーの派遣を手引きすれば宜しいのですね?」
私が尋ねると、マルカトニー様は一瞬だけ嬉しそうにしたけれど、何故か、その後に少し首を傾げて悩むようにされた。
「……いや、やはりそれはいい。最近、大きく成果を出したレンジャーのリストをくれ。こっちで選んで直接依頼する」
「? それではお父様に気付かれるのでは……」
何に気付かれたくないのか、実は私は知っている。
マルカトニー様は、魔物の核の違法取引をされているのだ。
ギルドを通さずに横流し、警戒が厳しくなった最近では、ギルドを通した物を“私の手”で幾つか……
もちろん、町長や自警団に知られたらタダでは済まされない犯罪行為だ。
「……あー、いや、考え直したんだ。やはり普通の討伐依頼に変える」
「普通の?」
「ああ。簡単な依頼を達成した後で、油断したところを……って思ったんだが、よく考えたら、その依頼自体が失敗すれば問題ないことになる。不成功の依頼なら、親父は気にも留めないだろう」
「……どういうことですか?」
私の質問には答えてくれず、マルカトニー様はクククと喉の奥で笑う。
「……ランザ。お前、俺とこの街を出たくないか?」
「……え?」
思っても見なかった言葉に、私は目を見開く。
「それはどういう…」
「この街を捨てて、俺と新しい所で新しい生活をしないかと言っているんだ」
まさか、マルカトニー様が私なんかを……
胸がいっぱいになって言葉が出てこない……
「……嫌か?」
「嫌だなんてそんなこと…ありません!」
そうだ。嫌なことなんてない。
この方と一緒ならどこにだって……
「その為には金が必要なんだ」
マルカトニー様は、懐から液体の入った瓶を取り出し、机の上に置く。
「俺を信じろ。ランザ。これが俺たちに素晴らしい未来を与えてくれるんだぜ」