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057 違法な取引

 2階の応接室で、勝手知ったる感じにマルカトニー様は脚を机に投げ出して座っていらっしゃっている。


「お待たせしました」


 私は内鍵をかけると、スカートの中のショーツに手を掛けた。


「いや、今日はそういう用件じゃない」


「え?」


 そういえば、マルカトニー様は服を着たままだ。


「ランザ。お前はいつもよくやってくれている。感謝しているんだ」


「わ、私なんかに…」


 そんな優しい言葉をかけられ、私はひどく動揺する。


「……だから、また俺の為に仕事を引き受けてくれるな」


「仕事? は、はい! 私に出来ることならなんでもやります!」


 期待して貰える……それがこんなに嬉しいことだなんて私は初めて知る。


「実はだ。これから、ある簡単な探索依頼を出すんで、それにギルドで最も強いレンジャーを派遣して欲しい」


「最も強いレンジャー?」


 私は思わず首を傾げてしまった。 


 確かに強いレンジャーであれば依頼の成功率が高いのは当然だが、それなら依頼の難易度を上げればそれに見合ったレンジャーが選ばれるハズだ。


 それに探索依頼ならば、別に強さだけで選ぶ必要もない。中には戦闘能力は低いが、探索スキルに特化したレンジャーもいる。むしろギルドとしてはそちらを推奨するだろう。


 私の疑問に気付いたのか、マルカトニー様は大きく頷く。


「別に金をケチってるわけじゃない。確かに、ランクの高い依頼を出して、指名して好きなレンジャーを選べばいいだけの話だ。だがな……」


 マルカトニー様は自分の唇をペロリと舐める。


「……親父の目がある」


 マルカトニー様のお父様……この街の町長だ。


 親子関係はあまりよくないということは私も知っている。


「最近、幾つか秘密裏に回した依頼。どうにも俺直属の部下にも何人か、親父の息がかかったヤツが紛れていてな。やたらと嗅ぎまわっているみたいなんだ」 


 なるほど。ようやく頭の鈍い私にも納得がいった。


 要は依頼の偽装をしたいってことなんだろう。


 いつもなら、マルカトニー様は討伐依頼を出される。魔物を狩る必要があるからだ。でも、それはあからさますぎて、町長に怪しまれるのは当然だろう。


 そこで探索依頼を出して、魔物を狩る気なんだ。だからこそ、強いレンジャーが………でも、それってギルドで“最も強いレンジャー”が必要なほどのことかしら?


 ……いけない。頭の悪い私が考えたって分かりっこない。


 私はマルカトニー様の言われた通りにすればいいだけ。


「……それでは、私はレンジャーの派遣を手引きすれば宜しいのですね?」


 私が尋ねると、マルカトニー様は一瞬だけ嬉しそうにしたけれど、何故か、その後に少し首を傾げて悩むようにされた。


「……いや、やはりそれはいい。最近、大きく成果を出したレンジャーのリストをくれ。こっちで選んで直接依頼する」


「? それではお父様に気付かれるのでは……」


 何に気付かれたくないのか、実は私は知っている。


 マルカトニー様は、魔物の核の違法取引をされているのだ。


 ギルドを通さずに横流し、警戒が厳しくなった最近では、ギルドを通した物を“私の手”で幾つか……


 もちろん、町長や自警団に知られたらタダでは済まされない犯罪行為だ。


「……あー、いや、考え直したんだ。やはり普通の討伐依頼に変える」


「普通の?」


「ああ。簡単な依頼を達成した後で、油断したところを……って思ったんだが、よく考えたら、その依頼自体が失敗すれば問題ないことになる。不成功の依頼なら、親父は気にも留めないだろう」


「……どういうことですか?」


 私の質問には答えてくれず、マルカトニー様はクククと喉の奥で笑う。


「……ランザ。お前、俺とこの街を出たくないか?」


「……え?」


 思っても見なかった言葉に、私は目を見開く。


「それはどういう…」


「この街を捨てて、俺と新しい所で新しい生活をしないかと言っているんだ」


 まさか、マルカトニー様が私なんかを……


 胸がいっぱいになって言葉が出てこない……


「……嫌か?」


「嫌だなんてそんなこと…ありません!」


 そうだ。嫌なことなんてない。


 この方と一緒ならどこにだって……


「その為には金が必要なんだ」


 マルカトニー様は、懐から液体の入った瓶を取り出し、机の上に置く。


「俺を信じろ。ランザ。これが俺たちに素晴らしい未来を与えてくれるんだぜ」

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