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060 頭なき巨人

「ごきげんよう。お嬢さんシニョリーナ


「あなたは……?」


「マルカトニー様からの使いの者です」


「使い……」


「こちらを。くれぐれも割らないようにお気をつけ下さい」


「……はい」


「万が一、あの“魔物”が失敗した時には……」


「分かっています。私がこれを飲めばいいのでしょう」


「……ほう。それが何か気付いていて仰っているので?」


「……冒険者ギルドに長年勤めていますから」


「なるほど。その覚悟はとても見事です。感銘を受けました」


「……そんなことはないです。当たり前のことを言ったまでです。私はマルカトニー様のお役に立つならなんでもします」


素晴らしいメラヴィリオーゾ!」


「メラ……え?」


「シヒヒ……失礼。感動したと言ったのです」


「そう……ですか」


「そんな貴女に、素敵な贈り物をお渡ししましょう」


「贈り物……?」


「ええ。貴女とマルカトニー様を祝してね」




──




 轟音を立てて、廃墟の屋根が崩れ落ちていく……


 ズズズッ…という巨石を引きずるような音と共に、瓦礫の中から“頭のない巨人”が姿を現した。


 それは身の丈は家ほどもあり、灰色の甲冑に包まれていた。


 その太木のような腕が柱を圧し折り、神殿に使われる土台石のような足が壁や床を蹴散らす。


「な、なんだよ…あれは……。あんなの出てくるなんて聞いてないぞ……」


 屋敷の裏で事が終わるのを待っていたマルカトニーは、その場で尻もちをついてガタガタと震えていた。


「これはこれは。なかなかのリビングアーマーですね」


 音もなく、黒い服の男がマルカトニーの側にいつの間にか立っていた。


「アンタは……」


 幾分、落ち着いたマルカトニーはフウと息を吐きだす。


 この男は長年の取引相手であり、魔物の核を大金を出して買い取ってくれる良客だった。


 そして今回の“件”も、彼のアイディアでやったことなのである。


「ミスター・オクルス。話が違うじゃないか……。強い人間を弱らせて、魔物化させた上で、弱っているソイツを殺せば……簡単に核を、つまり最良のエキスを手に入れられるって話じゃないのか?」


 オクルスと呼ばれた男は、目深く被った中折帽子に触れてシヒヒと笑う。


「ええ。何も間違っていませんとも」


「だが、あれは……予定と違う。レンジャーどもじゃないぞ……」


 マルカトニーの目が、リビングアーマーの胸元に向けられる。


 そこには赤い靄のようなものに囚われ、意識を失ったランザの上半身が、胸当ての装飾の一部と化していた。


 ずっと外にいたマルカトニーには何が起きたのかはよく分かっていなかったが、あのランザが何かヘマをして、渡してあった“魔物のエキス”を飲んだに違いなかったことだけは理解できたのだ。


「強い人間というのは、別に戦闘力という意味だけではありません」


「え?」


「“意志の強さ”と申しましょうか……まあ、総体的に、『意志が強い=戦闘力も高い』という場合が殆どなんですがね」


 そう言いつつ、オクルスはリビングアーマーを指差す。


 こんな悠長に話している間も、リビングアーマーは目の前のすべてを破壊しつつ前進している。


「あんなのどうやって倒すんだ。このままじゃ……」


「ああ。まあ、倒す必要もないでしょう」


「へ?」


 マルカトニーは間抜けな顔で目を瞬く。


「だって、強い魔物の核が……必要なんだろ? そのためには……倒さなきゃ…」 


 ランザが犠牲になる……そんなことはマルカトニーには実のところ、どうでも良かった。核を手に入れることが一番大事なのだ。


「いえね。あれが本当の我々の“商品”なのですよ。

 しかし、死霊族は難しいですな。意識を欠いた状態では売り物にもなりません。

 ……やれやれ、これでは、ハイ・リッチーを失った損失の方が大きくなってしまう」


「なんの……話だ? いったい何を言っている? 核を……エキスが欲しいから、金を出してたんじゃ……」


「核は必要ですよ。しかし最近は入手量も減りつつありました。ここら辺が潮時と思いましてね。ちょうど、“目的の場所”も攻略して貰えたことですし…」


 オクルスがゆっくりと帽子を脱ぐ。


「ヒッ!」


 それは、人間ではなかった。


 一瞬、スキンヘッドなのかと思ったが──違った。頭頂に歪な目玉が無数に張りついており、それぞれがギョロギョロと落ち着きなく動いていたのだ。


「ば、ばけも……グエッ!」


 “化け物”と言おうとしたマルカトニーの太い首を、目にも止まらぬ速度の手刀が跳ね飛ばす。


 マルカトニーの頭がゴロゴロと石畳の上を転げ、壁に激突してようやく止まった。


 オクルスは血のついた手をペロリと舐めると、頭頂の目玉が興奮したように見開かれた。


「よしよし。“ソレ”はお前たちに分けてやる。そう慌てるな」


 オクルスは歯を剥き出しにして笑うと、“人間の方の目”で中空を見やった。


 知っている“魔力”を感じ取ったのだ。


「……はい。これは、これは。パパチチイヤン様。ええ、もうすぐ終わります。

 はい。そうです。質が悪く、魔物の増産は無理でしたが……ビジネスとしては失敗ですが、まあ、我々の想定内の結果ですよ」


 オクルスはリビングアーマーを見やり、帽子を被り直す。


「ええ。その通りです。ニスモ島はこのまま地上から消えますとも」

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