目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

061 エキストラクト

 屋敷を壊しながら出てきたのは、巨大な真紅の甲冑だった。


 アタシたちが出てきた玄関を、その上から踏み潰して悠々と進み行く。


「な、なんにゃ!? あの魔物は!? 見たこともないにゃ!」


 ウィルテが目を白黒とさせている。


 ベテランのレンジャーである彼女が知らない魔物だなんて……


「“怨動甲冑リビングアーマー”です」


「え? フィーリーは知っているの!?」


「あ。いえ、あの首なしの鎧……似たような魔物の存在に聞き覚えがあります。しかし、それは人型で人間サイズ。あれでは大きすぎます。

 頭部を欠損しているところを見ると、“首亡甲冑デュラハン”と呼ばれる上位種かもしれませんが……」


「ハイ・リッチーよりも厄介なの?」


「いえ、魔法を使わない分、対処はまだできるかと……もしかして、あれはハイ・リッチーが召喚した死霊族なのですか?」


「そうにゃ! ハイ・リッチーはどうしたにゃ?」


「あー、ソイツは倒したの、アタシが!」


 本当はユーデスが倒してくれたんだけれど、アタシもその現場を見ていたわけじゃない。


 勢いに任せて言ってしまったけれど、2人の顔は半信半疑といった感じだった。


「……分かりました。この現実を見れば、信じざるを得ませんね。魔剣の力を扱えるのはレディーだけだと」


 そう言って、フィーリーは心底悔しそうな顔を浮かべる。


 魔剣が使えなかったのが、そんなに悔しかったのかな。


「とりあえず、アレがリビングアーマーでもデュラハンどっちでもいいんだけれど、あそこにいるのは…」


 アタシが見やったのは、リビングアーマーの胸元だ。


 そこにはランザがいた。両手と両足を胸当てに呑み込まれ、まるで十字架に括りつけられているかのようだ。


 意識はない。ぐったりしている様子。死んでは……いないと思う。


「んにゃ!? ランザにゃ!? なんでランザがあんなところにいるにゃ?」


「まさか人質として?」


「ううん。違うと思う。何がどうなってこうなったのかまでは知らないけれど、あれはランザが何かを口に入れた瞬間にああなったんだ」


「口に入れた? 何をですか?」


「液体だと思う。何かドロッとしてて瓶に入っていたんだ」


 フィーリーはハッと目を見開く。


「“魔呼びの水”!」


「な、なにそれ?」


「“エキストラクト”とも呼ばれ、そちらの方が通っているでしょう。あれは人間を魔物に変える薬です」


「あ! 聞いたことあるにゃ! なんか魔物の核の盗難も、それが関係しているって言う噂にゃ!」


「人間を魔物に……ということは、ランザは魔物になっちゃったってこと?」


「ええ。しかし、それにしては妙な……まるで失敗してしまったかのようにも見えます」


「は?! つーことは、町長のバカ息子のマルカトニーに騙されたんにゃ!

 だからイヤな予感がしたんにゃ! なにがグール討伐にゃ!! 大損にゃ!!」


 いやいや、今はそんなこと言っている場合じゃないでしょ。


 と、ちょうどリビングアーマーがこちらに向かって動き出して、アタシたちはその衝撃で小刻みに震える。


 幸い、外壁の裏に隠れられたんで多分見つからないと思うけれど……


 手当たり次第という感じに、リビングアーマーは屋敷の回りを壊し始めた。


 動作は緩慢だけれど、一挙一動が大きいから、動く度に何かが壊れる。


「……あの姿、知性がまるで感じられない。リビングアーマーなら生前の知識を有していますし、デュラハンならば肩当ての方に人格が宿っています。見たところ、あの魔物はそういう風には見えないですね」


「で、どうする? あんなのがもし街に行ったら……」


「大騒ぎにゃ。でも、倒しても何の得にも…」


「だから、ウィルテ。もしあの魔物が街で大暴れでもしてギルドが壊されたら……」


「ウィルテの報酬はどうにゃるにゃ! 困るにゃ! せめてグール退治の依頼金は回収しないと!」


「あのさ、そういうことじゃなくて……」


「倒す他ない……ということですね」


 フィーリーは頷いて剣を抜き、ウィルテも渋々といった感じに頷く。


「彼女……ランザは助けられる?」


「何とも言えませんが…。彼女の本体を傷つけずに、鎧の方だけ行動不能にすればあるいは……」


「よし。それでいこう。ランザは傷つけず、鎧の方だけを倒す…。って、いつまでしょげてるのよ」


 見合った報酬じゃないからウィルテのテンションはだだ下がりだ。耳もペタンと前に倒れている。


「ねえ。ランザはギルドの関係者なんだよな?」


「そうにゃ。それが……」


「それを助けたとあれば、謝礼金がでるんじゃない?」


 ウィルテの猫耳がピョコンと立つ。本当に分かりやすい。


「よし! ランザを絶対に助けるにゃ!!」


 良かった。やる気になってくれたらしい。



 こうして、アタシたちはリビングアーマーと戦うことになったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?