屋敷を壊しながら出てきたのは、巨大な真紅の甲冑だった。
アタシたちが出てきた玄関を、その上から踏み潰して悠々と進み行く。
「な、なんにゃ!? あの魔物は!? 見たこともないにゃ!」
ウィルテが目を白黒とさせている。
ベテランのレンジャーである彼女が知らない魔物だなんて……
「“
「え? フィーリーは知っているの!?」
「あ。いえ、あの首なしの鎧……似たような魔物の存在に聞き覚えがあります。しかし、それは人型で人間サイズ。あれでは大きすぎます。
頭部を欠損しているところを見ると、“
「ハイ・リッチーよりも厄介なの?」
「いえ、魔法を使わない分、対処はまだできるかと……もしかして、あれはハイ・リッチーが召喚した死霊族なのですか?」
「そうにゃ! ハイ・リッチーはどうしたにゃ?」
「あー、ソイツは倒したの、アタシが!」
本当はユーデスが倒してくれたんだけれど、アタシもその現場を見ていたわけじゃない。
勢いに任せて言ってしまったけれど、2人の顔は半信半疑といった感じだった。
「……分かりました。この現実を見れば、信じざるを得ませんね。魔剣の力を扱えるのはレディーだけだと」
そう言って、フィーリーは心底悔しそうな顔を浮かべる。
魔剣が使えなかったのが、そんなに悔しかったのかな。
「とりあえず、アレがリビングアーマーでもデュラハンどっちでもいいんだけれど、あそこにいるのは…」
アタシが見やったのは、リビングアーマーの胸元だ。
そこにはランザがいた。両手と両足を胸当てに呑み込まれ、まるで十字架に括りつけられているかのようだ。
意識はない。ぐったりしている様子。死んでは……いないと思う。
「んにゃ!? ランザにゃ!? なんでランザがあんなところにいるにゃ?」
「まさか人質として?」
「ううん。違うと思う。何がどうなってこうなったのかまでは知らないけれど、あれはランザが何かを口に入れた瞬間にああなったんだ」
「口に入れた? 何をですか?」
「液体だと思う。何かドロッとしてて瓶に入っていたんだ」
フィーリーはハッと目を見開く。
「“魔呼びの水”!」
「な、なにそれ?」
「“エキストラクト”とも呼ばれ、そちらの方が通っているでしょう。あれは人間を魔物に変える薬です」
「あ! 聞いたことあるにゃ! なんか魔物の核の盗難も、それが関係しているって言う噂にゃ!」
「人間を魔物に……ということは、ランザは魔物になっちゃったってこと?」
「ええ。しかし、それにしては妙な……まるで失敗してしまったかのようにも見えます」
「は?! つーことは、町長のバカ息子のマルカトニーに騙されたんにゃ!
だからイヤな予感がしたんにゃ! なにがグール討伐にゃ!! 大損にゃ!!」
いやいや、今はそんなこと言っている場合じゃないでしょ。
と、ちょうどリビングアーマーがこちらに向かって動き出して、アタシたちはその衝撃で小刻みに震える。
幸い、外壁の裏に隠れられたんで多分見つからないと思うけれど……
手当たり次第という感じに、リビングアーマーは屋敷の回りを壊し始めた。
動作は緩慢だけれど、一挙一動が大きいから、動く度に何かが壊れる。
「……あの姿、知性がまるで感じられない。リビングアーマーなら生前の知識を有していますし、デュラハンならば肩当ての方に人格が宿っています。見たところ、あの魔物はそういう風には見えないですね」
「で、どうする? あんなのがもし街に行ったら……」
「大騒ぎにゃ。でも、倒しても何の得にも…」
「だから、ウィルテ。もしあの魔物が街で大暴れでもしてギルドが壊されたら……」
「ウィルテの報酬はどうにゃるにゃ! 困るにゃ! せめてグール退治の依頼金は回収しないと!」
「あのさ、そういうことじゃなくて……」
「倒す他ない……ということですね」
フィーリーは頷いて剣を抜き、ウィルテも渋々といった感じに頷く。
「彼女……ランザは助けられる?」
「何とも言えませんが…。彼女の本体を傷つけずに、鎧の方だけ行動不能にすればあるいは……」
「よし。それでいこう。ランザは傷つけず、鎧の方だけを倒す…。って、いつまでしょげてるのよ」
見合った報酬じゃないからウィルテのテンションはだだ下がりだ。耳もペタンと前に倒れている。
「ねえ。ランザはギルドの関係者なんだよな?」
「そうにゃ。それが……」
「それを助けたとあれば、謝礼金がでるんじゃない?」
ウィルテの猫耳がピョコンと立つ。本当に分かりやすい。
「よし! ランザを絶対に助けるにゃ!!」
良かった。やる気になってくれたらしい。
こうして、アタシたちはリビングアーマーと戦うことになったのだった。