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066 憧れの勇者

 いよいよ町に、リビングアーマーが到達する。


 平和だった港町イークルは、かつてない脅威の襲来に、喧騒と恐怖に包まれていた。


「近くで見ると、やっぱデカイな……」


 広場からでも、アーケードの屋根よりも遥かに高く見える敵の姿を見て、マイザーは冷や汗を一筋流す。


 “マイザー・チーム”はついさっきまで、ギルドの緊急依頼に応じて人々の避難誘導に当たっていたのだ。


「自然発生する普通の魔物じゃないわよ」


 トレーナが顔を引きつらせて言った。


「ああ。わーってる。あと、俺らがやるのは被害を最小限に……」


「ちょっと、待ってよ。マイザー。まさかアイツとやり合う気じゃないよね?」


 シェイミが怪訝そうに尋ねる。


「そのまさかだ。町の兵士じゃアレの相手は荷が重すぎるだろ。今こそ、俺たちレンジャーの出番じゃねぇか」


「まったく勘弁して貰いたいのぅ。グリーンランクの仕事じゃないぞい。報酬が倍でも割に合わんわい」


 ダルハイドが眉尻と一緒に肩を落とす。


 マイザーは珍しく真剣な顔をして、メンバーに向き直った。


「みんなはさ、俺がレンジャーやってる理由は知ってるだろ? 前に話したよな」


 3人は互いに顔を見合わせてから頷く。


「“勇者”になりたい……だよね」


 シェイミが少し呆れたように言うと、マイザーはニヤリと口の端を笑わせる。


「実力が伴ってねぇのは百も承知だよ。だがな、ここで逃げ出したら……“あの人”には届かねえ気がしてなんねぇんだ」


 マイザーは震える自分の膝を叩く。


「戦わずに逃げ続けた人生だ。こんな時にも逃げ出したとあっちゃ、俺は俺を許せねぇ。だから、お前たちは俺に付き合う必要は……」


「バカなこと言わないで。死ぬのはご免だけど、その直前までは付き合ってあげるわよ。あなたに死なれたら目覚めが悪いもの」


「ま、惚れた男がバカだったのは、ウチに見る目がなかったんだし。しゃあないよね」


「そんなバカな夢物語にほだされて、チームになったのも事実だわい。となれば、ギルトへひとつ貸しを作ってやるとするかな」


 トレーナがステッキを、シェイミがフライングディスクを、ダルハイドがツーハンデッドソードをそれぞれ構える。


「ちきしょう。バカ、バカ言い過ぎだぜ……」


 そんな仲間たちの友情を前に、マイザーは思わず涙腺が緩み、ズズッと鼻をすすった。


 そしてマイザーは自分の頬をパチンと叩くと、2本のショートソードを抜き放つ。


「よーし! あの巨体に、正面から突っ込むのは無謀だ! 進行方向から逆に回り込み、屋根伝いに攻撃を仕掛ける! 攻撃は右足関節に一点集中! まず魔法と投擲、怯んだら俺とダルハイドが一撃かます! 第一目標としては、ヤツの動きを止める事!」


「はい!」「OK!」「応!」


「“マイザー・チーム”、推して参…」


「待て」


 マイザーが走りだそうとした瞬間、その肩を強く掴まれ、その場に押し止められる。


(!? な、なんだ? 俺を……片手で……)


 マイザーはにわかに信じられずに驚く。ダルハイドほどには力は強くはないが、それでも膂力にはそこそこ自信があったからだ。


「自殺が望みなら他所でやれ。迷惑だ」


「なにを! あッ!?」


 怒鳴り返そうとしたマイザーは、肩を掴む男の顔を見て目を見開く。


 乱雑に結った髷。無精髭だらけの痩身。それは異様な風体だった。


 鎧はおろか胸当ても付けずに、ただ着流しと羽織だけをまとっていて、腰に帯びているのは黒い刀が1本だけだ。


「あ、あんたは……“レイヴンツヴァイ”のリュウベイ!」


 リュウベイは、マイザーをギロリと睨む。


「引っ込んでいろ、三下。ここは拙者がやる」

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