オスワルドなくして、アランタ塔は決して築かれることはなかった。
アランタ塔を築く術は、彼が三年の歳月をかけ、命を懸けて帝国の頂へと登り、神の御座のもとより持ち帰ったものだ。
オスワルドが首を縦に振れば、ザレカの反対など取るに足らない。そもそも、彼の力なくしてアランタ塔を動かすことなど不可能なのだ。
塔を起動できるのは選ばれし武者のみ——だが、その事実を知る者は少ない。魔導士にとって、それは決して手の届かぬものだ。
その昔、アランタ塔は武者を鍛えるためのものだった。近接戦闘の技を鍛え上げるための法具であり、魔導士のためのものではなかったのだ。
だが、時代の流れは残酷だった。
武は衰退し、いつしかアランタ塔は魔導士のものと錯覚されるようになった。
朝日が昇る頃、キャサリンはアルティメア魔法学園の門の前に立っていた。
「先輩、お久しぶりです!」
門番をしていた男は、キャサリンの姿を認めると、一瞬驚いたが、すぐに駆け寄り丁寧に挨拶をした。
彼もアルティメアの卒業生であり、キャサリンの2つ下の学年だった。
学院時代、キャサリンは「学園の薔薇」と称えられていたが、まさか武者と結ばれるとは誰も予想していなかった——それは、あまりにも惜しまれる出来事だった。
「…アダムス?」
じっくりと相手を見つめ、キャサリンは後輩を思い出す。
「そうです、2つ下だったアダムスです! まさか名前を覚えていただけるとは!」
アダムスは心の底から喜んだ。まさか憧れの先輩が自分の名前を覚えていたのだ。
これほど誇らしいことはない。
「まあ、ごきげんよう。本日は息子と娘に会うため、こうして参りました」
キャサリンは静かに微笑んだ。
今日は学園の休息日であり、ダクトにいる親たちは、子供たちに会うために学園を訪れていた。
裕福な家庭の子は、親から魔法素材を受け取り、それを学園の売店でポイントに替えた。
しかし、平民の子供たちにはそのような援助はない。魔法素材はあまりにも高価であり、彼らは己の力で道を拓くしかなかった。
「もちろん!入園するには、こちらにご記入ください。すぐにお子さんにお会いできるよう手配します」
アダムスは素早く動き、保護者の入校手続きの帳簿を差し出した。しかし、キャサリンが記入した名前を見た途端、その手が一瞬止まり、驚きの色を浮かべた。
「驚きました…天才クラスのジュリアが先輩の娘さん!? 道理で、あんなに優秀なわけだ…!」
キャサリンは名前を2つ記入した。
天才クラスのジュリア、そして武道クラスのルーカス。
しかし、アダムスは無意識のうちにルーカスの名前をスルーしていた。
「まあ、光栄ですこと」
今やアダムスは学院の職員となっていた。
門番とはいえ、このアルティメアの門を守ることは並の実力では務まらない重要な職務である。学院の安全を担う彼らの役割は重く、誰もが容易になれるものではなかった。
「どうぞお入りください」
手続きを終えたアダムスは、軽く手を上げて優雅に振る舞った。キャサリンも静かに一礼し、学院の門をくぐった。
(玉に瑕ってやつか……まさかキャサリン先輩の息子まで、父親と同じ武者とは)
(ルーカスって、たまたま入試を運でトップの成績で突破し、魔獣手懐けでは武道クラスの最下位だった、あの子か?)
内心毒づいたアダムスだったが、ふと気がつく——自分がルーカスという武者について驚くほど詳細に、その経緯を語れることに。
「ジュリア!」
キャサリンは迷うことなく天才クラスの寮を目指した。
先ほどアダムスから教えられた道筋を辿り、まず娘の顔を見てから、離れた場所にある武道クラスの寮にいる息子のもとへ向かうつもりだった。
「ママ!」
寮の自室で読書に耽っていたジュリア。そんなところにキャサリンが姿を現した。
彼女はもともと物静かな性格だったが、今では天才クラスの熾烈な競争環境の中でリーダーを任され、模範的な振る舞いを日々求められていた。
だが、母の姿を見た瞬間、ジュリアは歓喜のあまり跳び上がり、すぐに駆け寄った。
「ママ! 来るなら言ってよね!私、クラスリーダーになったんだよ」
「昨日来たところよ。あら、ジュリアがリーダーをなんて、ママ誇らしいわ!」
キャサリンは少し驚いた。
娘が天才クラスにいることは知っていたが、 リーダーになっているとは知らなかった。
天才クラスのリーダー――それはつまり、この世代の新入生たちの頂点に立ったことを意味していた。
「お兄ちゃんはママが来てること知ってるかな?」
ジュリアはふと思い出し、すぐに尋ねたが、キャサリンは首を横に振った。
「知らないわ。一緒に会いに行きましょう」
「 じゃあ、私が案内するね!」
嬉しそうに声を弾ませ、母の手を握ると、ジュリアは跳ねるように歩き出した。
こうして、二人は武道クラスの寮へ向かう。
学院の隅に佇む武道クラス。
かつてキャサリンも通ったことがあるため、学園の敷地は頭に入っていた。
しばらく歩くうちに、ジュリアの進む方向を見て、彼女がどこへ向かっているのかすぐに理解できた。