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第44話 学園の日常⑥

2日目の朝――


いつもより早く教室に現れたシグルドは、静かな教室でひとり、生徒たちを待っていた。


魔法クラスの教師たちは、生徒よりも早く教室に現れ、準備と見守りを当然のようにこなす。だが、武道クラスにとってその光景は異質であり――


シグルドが先に来ていたと知った瞬間、教室中にざわめきが走った。まるで、太陽が西から昇ったかのように。


「教科書、五ページだ。始めるぞ」

集まった生徒たちを一瞥し、シグルドは淡々と告げた。


チャイムの時間など関係ない。

昔から彼は、風のように自由で、雷のように気まぐれだった。


◇◇◇◇

他の教室


ウォーレンが教室に足を踏み入れるや否やと、待ち構えていた四人の生徒が声をそろえて問いかけた。


「先生、あの件……学校はどう判断したんですか?」


彼らはこの魔法クラスでは上位に入るが、学年では80位~90位と、目立つほどではない位置にいた。



まさか、武道クラスが途中から食い込んでくるとは――そんな展開、誰が予想できただろう。


もし彼らのテスト成績が除外されるのなら、まだ自分たちにも望みはあるはずだ。


「まずは授業を始めるぞ」


一見穏やかな笑みをたたえながら、ウォーレンは生徒たちに応じていたが、内心では、怒りと侮蔑が渦を巻いていた。


魔法教師の中でも、最も武道クラスを見下しているのは他でもない、このウォーレンこそ武道クラスの最大の反対者。


魔法を操る者が、どうして拳で魔獣を殴ることしかできない者たちに道を譲らねばならぬのか――それが、ウォーレンにとっての最大の侮辱だった。


落ち込んだ表情で見上げてくる四人。


その視線が、ウォーレンの内側に静かな怒りを呼び起こす。


成績八十位から百位。

一番多く占めるのが、他ならぬウォーレンのクラス――なのに、生徒たちの努力が踏みにじられようとしている。


この4人が参加できなければ、彼のクラスから試練に参加する生徒は、実に半分近く減ってしまうことになる。


「焦るな。塔の門が開くのは、まだ少し先のことだ」


静かに、しかし確信をもってウォーレンは言った。


「学長には今、皆で働きかけている。決定が下りていないだけだ」


そしてもう一言、声を落として付け加える。


「君たちだけじゃない。あのクラスに参加枠を奪われたのは、他にもいる」


その言葉に、生徒たちの顔にわずかな希望の色が戻っていった。


確かに、ウォーレンの言う通りだった。


武道クラスはたった20人。

1人や2人が枠を手に入れたとしても、大騒ぎにはならなかった。


――だが、現実は違った。

20人が満点。全員が塔に参加する権利を獲得しようとしていた。


天才クラスを除いた9つのクラス。

そのすべてが、武道クラスに敗北という現実を突きつけられていたのだ。


9人の教師が一丸となったとき、武道クラスに抗う手段など残されてはいない。


武者など、元より魔法の道を進む者の従属でしかなく、どれほど強くなったところで、所詮は使い捨ての駒。


求められているのは、世界を動かす力。

すなわち、魔法――それを操る我々魔法クラスなのだ。


「ありがとうございます、先生」

そう言って四人は席へと戻っていった。


――そうだ、自分たちだけが除外されたわけじゃない。他のクラスにも同じように悔しさを噛みしめている仲間がいる。


9人の魔法クラス担任が声をそろえれば、学長も無視はできないはず。


そして武道クラスは、参加枠を返さざるを得なくなるだろう。自分たちの修行のチャンスを、奪わせはしない。


◇◇◇◇


「デュオ、もう完治したみたいだな」


夜の静けさを縫うように、ルーカスはいつもの修行場へと足を運んだ。


そこは彼が改造を重ね、自分だけの鍛錬の空間として作り上げた聖域だった。


そして、そこには頼れる相棒――デュオの姿があった。


かつて対戦で抜けた毛も今ではすっかり元通り。薬湯の恩恵を毎日受けて、デュオの毛皮は日ごとに光沢を増していた。


デュオは巨大な頭を寄せ、嬉しそうにルーカスに擦りつけてくる。


その柔らかく艶やかな毛並みに指が触れた瞬間、ルーカスの脳裏にふと、ある“黒い発想”がよぎる――6級の双頭魔狼の毛。1本につき、学園では20ポイントに交換できる。


困ったときは……デュオから少し拝借するだけで、必要なポイントはあっという間に手に入るのだ。


デュオの体は大きく、毛並みも見事なまでに密集している。

ざっと見積もっても、数千本は採れるだろう――もちろん、また生えてくるのだから問題ない。


心の中で算盤を弾いたとたん、びくりと反応したデュオが、ピンと首を伸ばし、不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけた――その眼差しには、明確な拒否の意志がにじんでいた。


「ごめん、ごめん。心で通じ合えるのを忘れてたよ」


笑いながら謝るルーカスに、デュオはじっと視線を返す。


彼らの絆は、命令と服従ではなく、心で通じ合う深い結びつきだった。


双頭魔狼の毛は再び生えてくる――それは確かだった。


だが、生きたまま引き抜かれる痛みがない訳ではない。


ルーカスの胸に浮かんだ“黒い発想”に、デュオは本能的な恐怖を感じ取っていた。


「よし、じゃあ拳の稽古でもしようか」


「行くぞ!」と跳ねるように身構えたルーカス。


デュオは嬉しそうに尻尾を振って応えた……その数秒後、自分の判断を後悔することになるとも知らずに。


今日の稽古は、いつになく容赦がなかった。


ルーカスの拳が唸るたび、デュオの毛が風に乗って舞い上がる。


「どうせまた生えるんだし、今のうちに落としておこう」


ニヤリと笑ったルーカスの瞳には、狡猾な光がきらめいていた。


魔獣の毛は、根元から引き抜いたものでなければ素材としての価値が落ちる。


切っただけでは、ただの毛にすぎない――だからこそ、ハサミなど使わない。


訓練中に拳で自然に“収穫”できれば、それでいい。


この日も、足元に散らばった毛を、そっと袋に集めていた。

すべて将来への投資だった。


揃えられた素材は申し分ない。


けれど、満足とはすなわち停滞だ。


ルーカスはふと思う――いずれここを、もっと賑やかにしてやりたい。


訓練相手も、素材も、デュオ一頭に頼る日々からは、そろそろ卒業してもいい頃だ。


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