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第47話 アランタ塔③


低い声が塔内を震わせた――それはオスワルド館長のものだった。


アランタの内部を見通せるのも、彼ただ一人。


オスワルドの力によって、塔の眠れる機構が動き出す。


空気が張り詰める中、ルーカスは塔内から放たれる強烈な“気”を察知した。


それは紛れもない、頂きに立つ武者のものだった。


ルーカスはそれを肌で感じ取り、隣のシグルドに目をやった。


だが彼は黙して動かず、ただ沈黙で応えていた。


「オスワルド館長、また一段と強くなられたな……」


一瞬、シグルドの胸の奥が熱くなった。

だがその熱はすぐに冷え、空虚な風だけが心に吹き抜けた。


かつて、シグルドには皆が期待を寄せていた。


館長の後継として申し分ない――そう評されたのだった。だが、シグルドはその期待を裏切る形で道を外れた。


あの出来事さえなければ……今ごろ、オスワルド館長と肩を並べていたかもしれない。


ルーカスは、塔の中からほとばしる圧倒的な気に、息を飲んだ。


自らをも圧倒する“気”が、そこにある。


ここが、帝国三学の一角――名を轟かせるアルティメアなのだ。


この学び舎にこれほどの強者が潜んでいたとは……


アランタ内部では、ジェレミーが目を閉じて精神を整えていた。


やがて、引っ張るような力を感じた後に、再び目を開けると、広々とした空間に立っていた。


運が悪いことに、仲間の姿はどこにもいなかった。


ふと、自分の体が霞のように揺らいでいるのに気づく。


肉体ではない、これは精神が投影されたもの――アランタとは、そういう場所だ。


「しなる蔓よ、護れる盾となれ!」


ジェレミーは迷いなく魔杖を構え、即座に防御魔法を展開した。


奇襲――最も恐れるべきものだ。


杖そのものを塔に持ち込むことはできない。


しかしアランタは、“存在の記憶”を写し取ることで、武器の能力を完全に投影する。


それが、この異空間の驚異たる所以だった。


「ヒュウゥ……」


突如、風が唸る。


ジェレミーが振り返った瞬間、獣の咆哮が空気を裂いた――2体の獰猛な半獣人がまっすぐに彼を狙っていた。


「しなる蔓よ、敵を封じよ!」


ジェレミーが低く囁くと、空中に無数の藤蔓が這い出す。


それらは生き物のように蠢き、半獣人を絡め取り、吊るし上げた。


だが獣人たちは尋常ならざる膂力を持ち、蔓をちぎらんと暴れ狂う。


ジェレミーは歯を食いしばり、全身から魔力を叩き込むと、蔓は断たれることなく、逆にそのまま敵の身体を引き裂いた。



短く息を吐き、ジェレミーはまた一歩、塔の奥へと足を踏み出す。


アランタの内部は、想像以上に広大だった。


早く仲間と合流せねばと、ジェレミーは急ぐ。


――この空間で生き残るには、連携こそが鍵。


一人では限界がある。だが、息の合った者同士なら、幻影を次々と討つことも可能だ。


その頃、外ではシグルドが生徒たちに状況を語っていた。


「現在、単独で動いているのが5名、2人で組んでいるのが1組、そして合流に成功していた3人組がいる」


塔の内部は見えない。だが、波動の流れを感じ取ることはできる。


それは、魔法使いでも武者でも変わらぬことだった。


現時点で感じ取れる気配は十。


だが、それぞれの波は遠く離れ、バラバラに散っている。


塔内のエネルギーを読み取れるのは、ごく限られた者だけ。


特に新入生は、その域には遠く、教師たちの解説を頼るしかなかった。


シグルドだけでなく、リンドラ先生をはじめとする他の教師たちも、生徒たちに状況を丁寧に伝えていた。


「中のエネルギー、感じ取れた人はいるかしら?」


リンダ先生の柔らかな声が、生徒たちの静けさに波紋を広げた。天才クラスの面々は、他の新入生とは一線を画す。


彼らの中には、すでに上級生をも超える才能を秘めた者がいた。


ジュリアもその一人だ。3年生のジェレミー――だが、ジュリアにかかれば、容易く打ち砕かれていた。


「はい、感じます」


最初に手を挙げたのはエヴァ。精神系の魔法使いである彼女は、塔の魔力を確かに捉えていた。


「私も……感じるわ」


ジュリアの声が続き、その場に緊張と誇りが入り混じる空気が生まれた。


ジュリアが手を挙げると、呼応するように三人の生徒が次々と手を上げた。


その様子に、リンダ先生は柔らかく微笑んだ。


「すばらしいわ。五人も感知できる生徒がいるなんて、誇らしいことです。後で詳しく話すから、しっかり聞くのよ」


天才クラスの生徒とはいえ、感じ取れる者は限られている。


他のクラスには敢えて問わなかった。なぜなら、たとえ上級生であっても感じ取れない者は多くいるのだ――才能とは、生まれつきの祝福。


持たざる者がどれだけ手を伸ばしても、届かない領域がある。


シグルドは問わなかった。


聞くまでもなかったのだ。武道クラスの生徒に、魔力の波動を感知できるほどの繊細さは備わっていない。


「……どれがジェレミーの気だ?」


そんな中、ルーカスは眼を細め、静かに感覚を研ぎ澄ます。


塔の中に漂ういくつもの波動を読み分けながら、一つの気配を選び取った。

口元が、わずかに弧を描く。


見つけた。その気は、今もなお、孤独に揺れていた。


「……おや、三人組が多くの敵に囲まれている。連携が崩れかけている。誰かが落ちるかもしれない」



シグルドが静かに口を開いた。


アランタの内部では、連携こそが力を倍加させる鍵となる。


だが、人が集まれば、同じように敵も引き寄せられる。


人が集うということは、光が灯るということだ。そして光があれば、影もまた寄ってくる。


連携がうまく噛み合えば、力は掛け算のように膨れ上がる。


だが、足並みが揃わなければ、その群れはむしろ足枷となる。


彼らには、その調和がなかった。


「……やはり、崩れたか」


ルーカスは胸の内でため息をつく。


塔の中に点在していた十の気配のうち、一つが霧散した。


淡い光が差し込む塔の一室、一人の生徒が目を覚ます。


その顔には怒りと悔しさが混ざっていた。


彼は拳を握りしめたまま、無言でそこにあった机を殴る。


想定よりもずっと早い脱落だった。


試練からはじかれた時点では、獲得点においては最下位ではないと確信がある。


だが――まさか、自分が最初の脱落者になるとは。


今回の試練――結果は明白だった。間違いなく最下位になるだろう。



栄光を掴むはずだった手は、虚無を握っていた。


討ち取った影の数はわずか。


わずかなポイントしか得られぬのは、当然の帰結だ。


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