ざわめくアランタ前の広場。
魔法クラス生徒の目には、まるで武道クラスが場違いな異物に映っていた――その参戦により資格を失った者たちの視線は、一層冷たく鋭かった。
壇上に並び順番を待つ参加枠の新入生たちの間から、同じような囁きが飛び交っていた。
「最後まで残るのは、お兄ちゃんに決まってるもん!」
ルーカスのことを悪く言われているのが我慢ならず、ジュリアはぷくっと頬を膨らませて周囲を睨みつけた。
ジュリアだと気づいた多くの生徒は、ぴたりと口を閉ざした。
年こそ幼いが、その実力は本物で、普通の学生ではとても敵わない。下手にジュリアを敵に回す者はいなかった。
一方で、すでに父親から聞いたエヴァはその議論に加わらなかった――ルーカスとジュリアは、確かに彼女の従兄と従妹であり、祖父がジュリアをミランダ家の外孫として正式に認めたということを。
つまり、ここでジュリアに反発することは、外に向けてのミランダ家の内輪揉めを晒すことになる。
――その頃、アランタ内。
シグルドの指示通り、ルーカスやカイら十人が正座し、目を閉じて精神を落ち着かせていた。
転移の光が消えたとき、そこには果てのない白の世界が広がっていた。
視界は霧に覆われ、前も後ろもわからない。
異族は人間と戦う際、視界を妨げるさまざまな術を好んで使い、人間側の魔導士が正確に位置を特定できないようにする。
アランタの中に立ち込める白い霧は、異族との戦闘に慣れさせるためのものだった。
「これが『幻影』か?」
ルーカスは足を止め、自らの輪郭の定まらぬ体を見つめた。
「なんだか知っている感覚だな」
ゆっくりと手を上げた瞬間、ルーカスの奥に眠っていた記憶がざわめいた――かつて習得した武技<分身術>に酷似していた。
分身の名の通り、一度に三体の身を作り出し、共に戦わせることができる。
ルーカスにとって、分身の武技はおまけのようなものだった。
力を分けた分身は本体ほど頼れず、守りも脆く、何より扱うには無駄に疲れる。自らの拳で敵を砕くほうが、ずっと爽快だった。
だが今、この霧の中で自身の分身が思いのままに動く感覚に、ルーカスはかつてない可能性を感じていた。
「ルーカス?」
静寂を破るように、どこか懐かしい声が霧の向こうから届いた。
ルーカスが視線を向けると、濃霧を掻き分けてカイが歩み寄ってきた。
「本当によかった……ルーカス、後ろにいろ。俺が守ってやるからな!」
目を輝かせたカイの顔には、ようやく安堵を得た者の色が浮かんでいた。最も信頼する仲間に出会えたことが、彼の心を確かに軽くしたのだ。
アランタの入口をくぐった武道クラスの生徒たちは、不安を胸に抱えていた。
「ありがとう、カイ」
微かに笑みを浮かべ、ルーカスがそっと手を伸ばす。
すると霧の向こうに、もう一体の幻影が姿を現れた。
彼自身の分身だ。
ルーカスの顔は歓喜に見開かれていた。分身に宿る力が、これまでより一段と上がっている――本体の三分の二ほどの力があった。
たとえ半分の力しかなかったとしても、すべての幻影を圧倒するには十分だった。
「ほぉ……若造」
オスワルドは目を細め、楽しげに口角を上げた。
「分身の術を隠し持っていたとはな。次はどんな手を見せてくれる?」
オスワルドの目には愉悦の色が滲んでいた。かつて仲間を救ったように、今回もまた、誰かのために動くのだろうか。
――オスワルド以外、誰にも気づけはしない。分身も幻影であり、外から感知できるのは生徒本人のエネルギーのみ。
まさか幻影の中に分身が潜んでいるなど、誰ひとりとして思いもしない。
それは学長ザレカとて同じである。彼は武者ではなく、感知能力もオスワルドより劣る。
もしシグルドが実力を落としていなければ、外からでも武者の分身に気づけたかもしれない。だが今の彼には、それほど鋭い感覚は残っていなかった。
「十人は今、合流しようとしている。すでにカイとルーカスが合流済みだ……まずい、危険に遭っている奴がいるな」
他の学生たちに説明をしていたシグルドが、ふいに目を細めた。
武道クラスの一人が、2体の半獣人と戦っており、しかも危険な状況に陥っていたのだ。
だが、その危機はアランタの内いたルーカスの方が、より鮮明に感知していた。
目で見る必要もなく、位置さえ感知できれば分身が処理するのに十分だった。ルーカスは即座に分身を仲間のもとへと走らせた。
だが、それだけではなかった。
ルーカスはさらなる異変に気づく――この空間では、分身の姿を自在に変えられるのだ。仲間の元へと駆けつけたのは、もはやルーカスの姿ではなく、獣の血が巡る異形の戦士だった。
わずかな笑みを宿して、ルーカスは指を弾く――白の帳が裂け、またひとつ影が生まれる。
3体まで分身を作れるため、4名の小隊で戦えた――だが、ルーカスは2体にとどめ、余力を残したまま、状況を見据えていた。
2体あれば、十分。
2体の半獣人が、突如ピタッと動きを止めた。
突然の静止に戸惑いながらも、武道クラスの生徒は即座に動いた。
日頃の訓練で、隙を見逃すなと叩き込まれていたのだ。
ためらうことなく間合いを詰め、半獣人の急所に全力の一撃を叩き込む。
頭部――そこが最も脆い部分だった。
次の瞬間、打ち抜かれた2体の半獣人は、音もなく霧へと還った。