塔の外、魔法クラスの担任たちの顔に驚きが浮かんでいた。
武道クラスの第一グループはすぐにアランタから叩き出される筈が、思わぬ展開が起きたのだ――なんと、2体の半獣人が倒されてしまった。
しかも、同時に仕留めたのである。
まさか……これまで力を温存して、半獣人の戦い方を観察していたのか?
その可能性は確かにある。
だが、2体の半獣人に手こずるようでは、大した成績は望めない。
「ただの運だろう」
ウォーレンが鼻を鳴らして言い放った。
だが、軽蔑とは裏腹に、武道クラスの生徒が2体の半獣人を倒し、成果を挙げたことを自分の教え子に伝えようとはしなかった。
「半獣人!」
突然叫んだカイの顔に緊張の色がにじんでいた。
ルーカスとカイの目の前に、半獣人が3体現れたのだ。
「大丈夫だ、ルーカス。俺がいる!カイ様の拳、お見舞いしてやるよ!」
勇気を振り絞った叫び声は震えていたが、カイは迷いなく敵へと向かった。
その背を見送りながら、ルーカスは苦々しく首を横に振る――シグルドから叩き込まれた連携は、一体どこに消えたのやら。
カイは熱に浮かされて忘れていたが、ルーカスは冷静だった。
無言でカイの背を追い、前へ出る。2人は自然に息を合わせ――ルーカスは、誰にも気づかれぬよう、ほんの少しだけ本気を見せた。
数息のうちに、半獣人たちは、あっけなく霧散した。
しかも、カイが倒したのは2体。ルーカスが倒したのは1体だけだった。
「カイ、さすがだな」
ルーカスが何気なく賞賛の言葉を口にすると、カイは得意げに鼻を鳴らし、笑い声を響かせた。
――なんだ、半獣人なんてこの程度か。一度に2体も仕留めたのだ。
評価につながると確信したカイの胸にはみるみる自信が満ち、先程の緊張はあとかたもなく消え失せた。
「仲間と合流して、第二層へ行こう」
浮かれた笑みは消え、カイはまっすぐ前を見つめる。
ルーカスは短くうなずき、二人は並んで中央へと歩き出す。彼らの背中には闘志がひそかに燃えていた。
静かに、そして確実に――ルーカスの2体の分身はすでに仲間たちのもとへと辿り着いていた。
仲間が幻影と出くわせば、気配を潜めて傍らで見守り、劣勢に立たされそうな瞬間にだけ影から加勢する。
アランタは試練の地――戦場の縮図とも言えるこの舞台で、ルーカスは仲間たちにただ成績を残させるだけでなく、戦いの記憶を刻ませようとしていた。
「いたか……無事で何よりだ。でも、なんだか静かだな」
第二層へ向かう階段の前、カイは仲間の存在に安堵しつつも、どこか物足りなさを感じていた。
「俺、幻影を3体倒したぞ!」
声が上がると同時に、カイは自信満々に言い返す。
「俺は四体だ!」
全員が2体の幻影を倒していた。最多はカイの4体だった。
それも当然だ――途中で遭遇した2体の幻影を、ルーカスが譲ったのだから。
ルーカスにとっては、討伐数など取るに足らぬものだった。
コリンズがふいに言った。
「もう少し倒してから、上がらないか?」
ルーカスたちの寮の4人組のうち、シャープだけはまだ合流していなかった。
「ははん……さては、ちょっとでもポイント稼ぎって腹か?」
仲間のひとりが悪戯な笑みを浮かべた。
アランタに入る時点で、魔法クラスの生徒は勝ち組だ――学園の支援がそろっているため、アランタでポイント稼ぎに走る理由もなかった。
だが、武道クラスの事情はまるで異なっていた。
入学時に得られる支援は限られており、とりわけコリンズは、これまで何度もカイに美味いものを奢ってきたせいで、すでに手持ちのポイントは風前の灯火。
第一層に現れる幻影は、最も弱く狩りやすい。
ここで稼いでおけば、後々の生活を少しでも楽にできる――それがコリンズの本音だった。アランタ内では、最大で100ポイントを得ることができるのだから。
「体力を使いすぎて、先に進めなくなったらどうするんだ?」
カイが口を開いた。
彼もまた、ポイントはあまり持っていなかった。
だがカイは、持ち金で補うことができるため、ポイントには困っていない。欲しいのは、あくまで“成績”だ。
「大丈夫だよ。どうせ第二層まで到達できれば、それだけで十分なんだから」
ルーカスがさらりと言った。
武道クラスは学園で最も立場が低く、魔法に関する作業には一切関われない。
魔法器具の制作も、実験の手伝いも、すべては魔法クラスの専有。
掃除の仕事さえ、教師は魔法クラスの生徒に振る有り様だ。
だからこそ、このポイント稼ぎ場を、絶対に無駄にさせたくなかった。
「ルーカスの言う通りだ。第二層まで行ければ、それだけで十分な成果だ……」
カイは力強くうなずき、意志を固めた。
ポイントがあれば、好きなものを好きなときに買える。いちいちシャプやコリンズに頼る必要もない。
ひとつ悔やまれるのは、家からは金こそ持たされていたが、必要な素材は一切渡されなかったことだ。素材まであったなら、ここまで苦労することもなかっただろう。
こうして、意見はすぐにまとまった。
――塔の外。
ウォーレンは喉の奥から絞り出すように呟く。
「……ありえん」
その声には焦燥と動揺が混ざっていた。
「全員無事で階段到着だと?武道クラス……力を隠していたのか……?」
目の前の現実が悪夢であるかのように、 ウォーレンの視線は虚空をさまよい、揺らめいていた。