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第56話 アランタ塔⑫


カイが立ち上がり、肩を回して体をほぐす。


「そろそろ行こうぜ。早く異族とやり合いたい」


仲間たちも立ち上がり、訓練で染みついた陣形を成して進む。


やがて、彼らの目の前に、第二層の異族の幻影が姿を現した。


第二層の幻影たちは、明らかに一段階上の強さを持っていた。


たった4体――それ対してルーカスたちは10人で立ち向かったが、重くのしかかるような圧力をひしひしと感じ取っていた。


ルーカスは出し惜しみなく2体の分身を呼び出す。


階段では視界が開けており、分身を傍に潜ませるのは難しいため、ルーカスは一旦分身を解除していたのだ。


影から伸びるもう二人の助っ人が加わり、ルーカスたちの攻勢は一気に鋭さを増す。


こうして、力を合わせ、目の前の強敵4体を見事に打ち倒した。


「これが第二層……こんなにキツいなんてな」


 カイは肩で息をしながら呟いた。


「第五層まで行った3年の奴ら、バケモノかよ……」


想像していたよりも、はるかに重く、強い敵がそこにいた。


たった一層上がっただけでこの違い。先に待つ幻影たちは、果たして人の手に負えるものなのか。


3年生の試練の時は、ただシグルドの解説を聞き流していた。


ミーナが第六層目前まで行ったというその記録。今、身をもって知る――どれほど遠い場所にあるのかということを。


「比べることなんてない。第二層まで辿り着いたし、もう十分やれたさ」


ルーカスの言葉に、緊張にこわばっていた仲間たちの顔にも、次第に明るさが戻っていく。


その言葉には、説得力があった。


10人全員が、ひとりも欠けることなく第二層に立っている――それ自体が、すでにひとつの快挙。


それも、ただ残ったのではない。


彼らはしっかりと戦い、誇れる結果を叩き出した。3年生の魔法クラスでさえ、第一グループ時点ですでに三人の脱落者がいたというのに。


「試練は順調だけど……昇級はどうなるのかな」


誰かがそう呟くと、仲間たちの顔に影が落ちた。


魔導士とは違い、武者にとっての昇級は、積み重ねた努力がそのまま結果に繋がるものではない。


時に、境地という壁が立ちはだかる。


「心配するな。困難の数より、乗り越える方法の数の方が多いさ」


ルーカスが落ち着いた声で慰めた。


「誰かがつまずいたら、その時は全員で支えればいい。まずは、第三層を目指そう」


一瞬、カイは目を細めたが、すぐに楽観的な笑みを浮かべた。


「……ルーカスの言葉、核心を突いてるぜ。気持ちって、大事だよな」


カイの呟きは軽く聞こえたが、その奥には確かな思いがあった。かつて父から聞いた言葉が彼の中に残っていた。


「武者の昇級には、強さだけじゃ足りない。心が揺らいでいると突破できない」


焦りは失敗を呼ぶ。だが、落ち着いて構えていれば、運も味方につく。


昇級の壁は高い。しかし、その壁をどう見据えるか――それこそが試練の本質だった。


「さあ、行こう。俺たち、武者もちゃんと“やれる”ってこと、見せてやろうぜ」


仲間たちの目が、静かに輝きを取り戻した。


ルーカスの笑みと言葉に、不思議と皆の心が軽くなった。


自分たちは“武者”、しかも新入生――それだけで、周囲の目は冷たかった。


「第二層すら越えられまい」とささやかれ、「第三層に至る者など一人もいない」と断じる者さえいた。


だが、現実はどうだ。


彼らは連携して第二層の幻影を4体を打ち倒したのだ。


焦る必要はない。アランタに時間制限はないのだから。


陣形を保ち、息を合わせて一歩ずつ進めば、第三層への道も見えてくるはずだ。


仮にそこで幻影を一体も倒せなかったとしても、“第三層まで登った”という実績は確かなものとなる――それは、数多くの魔法クラスの生徒たちをしのぐ、堂々たる武者としての誇り。


この成果は、武者にアランタの門をくぐる資格などないと嘲る者たちを沈黙させる痛烈な反撃となった。


魔法クラスの新入生で第三層に辿り着ける者など、天才班の一握りを除いて皆無だ。


ルーカスたちは2列の小隊を組み、防御に秀でた者を先頭に立て、静かに、しかし確かに第三層に続く階段へと歩を進める。


武者は魔導士よりやや有利だった。アランタ内では常に防御魔法を維持する必要がなく、魔力の消耗を抑えられる。


異族の幻影が襲ってこない限り、力を使わずに休憩することができるのだ。


「んなっ…まだ進んでいるだと?」


外にいる魔法クラスの教師たちは呆然とした。


武道クラスの生徒が第二層に到達しただけでなく、今に至るまで誰一人として脱落していなかったのだ。


――まさか、第三層に挑もうというのか?


シグルドは思わず顔をほころばせた。彼自身、生徒たちがここまでやるとは思っていなかった。


戦闘の様子は見えないものの、シグルドは確信していた――あの子たちは自分が教えてきたことをしっかりと身につけ、実践していると。


そして、見事にやり遂げている。


10人が完璧に連携すれば、この成績も不可能ではない。


異族の幻影相手はもちろんのこと、魔導士とも互角に渡り合えるはずだ。彼らの強みは遠距離攻撃だが、一度武者に近づかれれば、防御は長くはもたない。


魔法盾を破られた魔導士は、時に普通の人間よりも脆い。



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