目を真っ赤に充血させ、ギリギリと歯を噛みしめながらウォーレンは毒づいていた。
「くそっ、シグルド、それに武道クラスめ、くたばっちまえ……!」
まるで少女のような態度でシグルドに接していたリンドラ。
誰の目にも二人の関係が普通ではないことは明らかだった。
あの粗野で汚くて臭いシグルドのどこがいいっていうんだ!?
とはいえ、ウォーレンはシグルドに直接絡みに行こうとは思わなかった――いや、できなかった。なぜなら、勝てる気がしないのだ。
シグルドは見た目こそ頽廃な目を持った男だが、それでもなお6級武者、それもその上位に立つ実力者。
武の階級では、3級ごとに一つの壁があると言われているが、シグルドはすでにその壁を超えていた。
本気を出せば、7級の武技すら使えると言われている。さらにシグルドは豊富な実戦経験を持っており、並の魔導士ではまったく歯が立たない。
かつて、6級魔導士がシグルドを挑発して返り討ちに遭い、半殺しにされた話しは学園内では有名だ。
ウォーレンの実力は5級の上位で、まだ6級には届いていない――シグルドに喧嘩を売れば、辱めを受けるのは自分の方だと。
「うわっ!」
突然、ウォーレンが痛ましい声を上げた。
そばにいた数名の生徒たちが顔を向けた。
「先生、どうされたんですか?」
生徒が心配そうに尋ねる。
「私に構わず、静かにしていなさい。もうすぐ出番だ」
動揺を悟られまいとウォーレンは首を振り、学生たちが視線を外した隙に口の中から砕けた歯の欠片を吐き出した――元々悪くなっていた歯が、まるで怒りを表すかのように砕けていた。
混じる血の味に、ウォーレンの怒りはさらに燃え上がる。
――どうしてあんな男が、まだこの学園にのうのうと残っていられる!?
ザレカも同罪だ。なぜあんなごみのような存在を、いつまでも抱え込んでいるのか!
「……階段口に到達したようです」
魔法クラスの教師がぽつりと漏らすと、場の空気が凍りついた。
信じがたい報せに、周囲の教師たちは口を閉ざし、誰もが同じような顔をして立ち尽くす。
――まさか、あの武道クラスが第三層にまでたどり着くとは。
階段口とは、すなわち“安全圏”。あの階段を踏んだ途端に、第二層の幻影は手を出せなくなる。
武道クラスの十名、その誰一人として欠けることなく、第三層へとたどり着いた。
彼らの歩みは、単なる通過ではない。
この試練に、武者もまた挑む資格がある――その真実を、彼らはその身で示してみせたのだ。
手懐けテストを“運”と結論づける者には反撃できたし、アランタでは先陣を切って突入した――前回の魔獣が疲れたなどという言い訳はまったく通用しない。
魔法クラスの生徒は皆、一様に口を閉ざし、真剣な面持ちで佇んでいた。
すでに教師たちから伝えられていた――武道クラスの第一陣全員が第三層へと到達したという事実を。
それは、軽んじていた相手に真正面から頬を打たれたような衝撃だった。
ここにいるのは確かに新入生。
3年生の過去の試練成績と比較すれば、なおさらその異常さが浮き彫りになる。
最上位のミーナですら第五層。そこに至った者はたった数名。
第四層に達した者が二十名、第三層に届いた者は四十九名――つまり、上級生ですら半数以上が越えられなかった壁。
そして今、自分たちと同じ一年生が、誰一人欠けることなくその壁を乗り越えた。
その事実は、誇り高き“魔法”という根元を静かに揺るがせていた。
――武者とは、果たして、それほどまでに強靭な存在だったのか?
「やったーっ!第三層だーっ!」
カイは勢いよく床に倒れ込み、まるで子どものように手足をばたつかせて喜びを爆発させた。
無邪気な歓声が、静まり返った第三層に響き渡る。
他の仲間たちは無言のまま腰を下ろし、肩で息をしながら束の間の休息を取っていた。
ルーカスを除けば、誰もが限界だった。
皆がそう感じていた――あと少しすれば、アランタから淘汰される。第四層へ進むのは無理だ
その瞬間は、目前に迫っている。
「異族……うわっ!」
歓喜に沸き、跳ねるように舞っていたカイの声が、突如として悲鳴に変わった。
嬉しさのあまり足を踏み出し、安全圏の外へと滑り出てしまった。
その刹那、白霧の帳がざわめき、そこから1体の幻影が音もなく現れた。
襲いかかるような速さで迫るその影――カイの身体は、まるで紙切れのように吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
何が起きたのかも分からぬまま、彼の姿は淡く、そして静かに霧へと溶けていった。
肉体が虚無に還る――それは敗北の証。これまで倒してきた幻影たちと同じ末路。
第三層の幻影は、異質なほど強力だった。
カイが、その一撃すら防げずに消えたという事実に、仲間たちはただ唖然とするしかなかった。
ほんの一瞬の油断だった。
次にカイが目を開けたとき、そこはすでにアランタの最下層――試練を終えた者が戻される部屋だった。
周囲には、目を閉じたままの仲間たち。
その光景に、カイはただ呆然とするしかなかった。
「くそっ……何が起きたんだ……?」
悔しさがカイの胸を締めつけた――気づいた時にはすべてが終わっていた。どこから攻撃されたのか、どうやってやられたのか、何一つ思い出せない。
戦ったという実感さえ、なかった。