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第59話 アランタ塔⑮


第四層を目指してはいなかったが、仲間とともにあと数体くらいは幻影を倒せたなら、成績はもう少し上がっていたかもしれない。


ささやかなカイの望みすら、無惨に潰された。アランタ第三層という場所は敵がこれまでとは違った。


「……ようやく、一人、脱落したか」


ウォーレンは深く息を吐き、胸をなで下ろした。


信じがたい快進撃――あの武道クラスが第三層に突入した時点で、すでに予想の範疇を超えていた。


誰もが「まさか」と言葉を飲み込み、結果を疑っていた。


だがついに、それが終わった。“当然の現実”が、ようやく姿を見せたのだ。


もしあのまま彼らが第四層にまで踏み込んでいたら――それはすなわち、魔法クラス新入生全員が、武道クラスに劣ると証明されるに等しい。


魔法が、武に後れを取る?冗談にすらならない。


周囲の魔法班の教師たちもまた、ウォーレンと同じように、表情を緩めていた。


武道クラスの勢いには、すでに何度か驚かされてきた。これ以上、彼らが上の層に行くようなことがあれば――我らの誇りはどうなってしまう?


今年の魔法班新入生たちは――このままでは“武者に劣る世代”として記憶され、恥をかくことになるだろう。


武道クラスの快進撃は、誰の目にも明らかだった。


「第2グループ、入りなさい」


門前で控えていた教師が、重い声で指示を出す。


その口調には、安堵と焦り、そしてわずかな苛立ちが混じっていた。


第1グループの入場から、すでにこれまでの常識を超える時間が経った。


これまで何十回と試練を担当してきた中でも、こんなことは一度としてなかった。


前のグループから脱落者が出なければ、次のグループの入場が許されない――アランタの掟である。


ようやく一人目が脱落した。ようやく彼が動き出せるのだ。


この教師の見立てでは、第一グループ――ルーカスたちは、すでに第三層に到達し、そのうち一名が脱落。


残りは安全エリアに留まっているに過ぎない。時間が切れれば、遅かれ早かれ全員が塔の外へ送り出される。


ならば、今この時点で、次のグループを送り出すことに、何の支障があるというのか。


教師はそう決断を下した。時間が惜しい。このままでは、魔法クラスに与えられるはずの試練の時間が削られてしまう。


アランタ内の滞在時間に制限はないが、アランタそのものには稼働時間という制限がある――十時間。それを超えれば、塔は自動的にすべてを停止させる。


これまで、その限界に達した前例はなかったが――もし、すべてのグループが武道クラスのように“粘る”とすれば……結果、どうなるかは分からない。


これまで、アランタが時間切れで停止するなどという事態は、一度たりとも起きたことがなかった。


だが、もし皆が慎重かつ粘り強く試練を進めるのだとしたら――今回は異常事態になりかねない。


ルーカスたち第一陣だけでも、すでに一時間以上が経過していた。


――アランタ第三層。


仲間たちは目を見開き、沈黙に包まれていた。


カイの身体が光に溶けるように消えていく、その瞬間を目の当たりにしたのだ。


ルーカスはやれやれと小さく首を振った。もちろん、幻影には気づいていた。だが第三層では仲間を助けなかった。


到達したという“実績”さえあれば、それで十分だった。欲を出し、これ以上進めば――疑われてしまう可能性がある。


だからルーカスは救いの手を出さず、カイが消えるまで、ただ見ていたのだ。


「カイが……やられた……っ」


その言葉が、仲間の一人の口から絞り出された。


アランタの中で共に戦い、共に進んできた。背中を預け合い、互いの命を託しあってきた仲間の脱落。


たとえそれが現実の死ではなくとも、目の前でカイの姿が霧のように消えていく光景は、彼らの心に深く、鋭く突き刺さった。


「大丈夫。俺たちより少しだけ早く外に出ただけだ」


そう告げ、ルーカスは静かに立ち上がる。冷静な瞳は、確信を帯びて見据えていた――数多の幻影がいる。


そして、休憩は終わりだと言わんばかりに、ルーカスは足を踏み出した。


――その瞬間。


「……おや?」


安全エリアを出たルーカスはふと足を止め、塔の変化に目を細めた。


アランタ内に、新たなエネルギーが現れた。


次のグループが塔へと入ってきたのだ。どうやら、第一層に到達したばかりのようだった。


何気ない仕草で、ルーカスは分身をさらに1体召喚し、第一層へと送り出した。


アランタでは分身は特別――アランタのすべての階層に、自由に姿を現すことができる。


それは、最上層であっても例外ではなかった。ルーカスの分身は、アランタの全階層を自在に行き来できる。


「やっ、やべぇ……!」


声を上げた生徒がいた。


だが、その声が空気に溶けきるよりも早く、その姿は霧の中に消えた。


10体もの異族の幻影が、いきなり彼らを取り囲んだのだ。


あまりにも唐突に、そして容赦なく。


ルーカスの分身が加勢しなければ、抗う術などなかった。


だが戦局を変える気のないルーカスは、あえてその力を隠した。


そして――ルーカス自身を含む残り9名が、わずかな時間のうちに脱落し、塔の下層にある部屋で目を覚ました。


新たな発見に、驚いたルーカスは目を細める。


はじき出されたはずだが、確かに感じる――分身は、まだ中にいる。消えていない。


その事実に、ルーカスの口元がわずかに綻んだ。


「ふふっ、面白くなってきたな」


塔の中では、彼の分身がなおも活動を続けている。


それはつまり、武道クラスの仲間たちが今もルーカスの“力”を得ているということ――

第二陣も上を目指せる。


そう確信した、ルーカスの口元が弧を描いた。



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