目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3話

第二章 起こってしまったこと


 物語には起承転結があるのが妥当だ。何かが起こるのだ。何が起こった。

本来なら『沖縄に修学旅行にいく』ということが起なのだ。


 しかし、悲劇は帰りに起こった。


 五月十一日の夕方、十六時二十八分着予定の便で、僕以外の面々は東京国際空港(羽田)へと降り立つはずだった。


 僕は修学旅行に参加できなかったことでふてくされて、二泊三日ゲーム三昧で過ごそうと決めた。幸い熱は下がっていた。


 次々と襲いかかる敵をやっつけていく。やっつけてもやっつけても敵はウヨウヨ湧いて出てくる。どこから湧いているんだろう。雑魚を片付けてボス戦へ向かおうとした時だった。


 ガチャーン


 リビング……いや、居間の方から何かが割れたような音がしたので行ってみる。すると母が割れたお皿のそばで立ち尽くしている。割れた皿にはサラダが盛ってあったのか生野菜たちが床に散らばっていた。


「あーあ」


 僕が慌てて生野菜を拾って、さらに割れた皿の破片もひろいあげていくが母が微動だにしない。


「ちょっとどいてよ」

「優吾……」


 見上げると母は何かに釘付けになっている。その目線の先には薄型50インチのでかいテレビだ。映画好きの父が大画面で見たいからと家にそぐわない大きなテレビを購入していた。そこに映し出されていたのは燃え盛る旅客機。


 アナウンサーが何やらわーわー叫んでいる。空港に着陸したが爆発炎上した。と消防の車が山のように集まってきて消火活動を行っている。


「うわ、大変だね」


 そう言いながら僕は皿の破片を拾い続けていると「東京国際空港」というワードが耳をかすめた。―まさか―


 時計を確認する。時計の針は十六時三十分を指している。


―まさか―

―まさかそんなわけない―

―まさか……そんなわけ―



 上空で何があった?

 例えバードストライクでエンジンがストップしても通常は、もう一つのエンジンがあるから何とかなるはずなんだ。どうして。

 機械系のトラブルか。どうして。




 泣くことができなかった。あまりの現実を受け入れることができなくて、テレビの画面に漠然と知っている名前が並んでいくのをただ、黙って見ていたんだ。


浅田那月 石川蓮太郎 大野帆稀 加藤紗耶 岸川嶺 小林和心 三田準弥 獅子田かえで 篠山蒼斗 ……




 僕の名前だけがない。当然四組だけではない、他のクラスの連中も引率していた先生たちも皆同じ飛行機に乗っている。


 でも、テレビの報道は二人を救出したということをひっきりなしに言っていた。


 一人は小さな女の子、もう一人は私立邑楽中学校の女子生徒らしいとアナウンサーはこれでもかというばかりに反芻する。


 女子生徒……いったい誰だ⁉️ 僕の頭にはとっさに二人の女子の顔が思い浮かんだ。

バスケ部マネージャーの水谷架南みずたにかなと高鳥さくらの二人だ。


 この時にテレビの画面に並んだ名前は、飛行機に搭乗した人物ということで、生存者や、死亡が確認された者ではない。とにかく、この人たちがこの機体に乗っているよ。という情報。

 スマホは修学旅行に持っていくことが禁じられている。とはいっても誰かこっそり持っていっているヤツがいるんじゃないか。僕は自分のスマホを確認したがメッセージは0件だった。ただ、誰か知らない番号から電話がかかっていた。電話があったのは十六時二十分……。誰だろうか。どうして気づかなかった。バスケ部で仲がよかった墨田と岸川の生存は絶望的だろうか。


 ただ赤黒い炎と消火剤の白い粉、真っ黒な煙がディスプレイに映し出される。機体の面影はない。アナウンサーは息継ぎをしていないのではないか。


『午後十六時三十分、東京国際空港にて、JAT850便が墜落、炎上、胴体着陸を試みたが失敗した模様です。繰り返します……』


 震える手でリモコンを持ってチャンネルを変える。すべてのチャンネルが墜落のニュースだった。そのまま僕はリモコンを床に落とした。



 修学旅行が十一日まで、十二日と十三日は土曜日曜である。


土曜日も日曜日も、翌月曜日もずっとテレビは飛行機事故の報道を流し続ける。次第にわかってくる、生存者が二人だけという現実と、亡くなった者の名前。そして、同時に焼失した身元不明の遺体の数が増えていく。

 僕みたいな、しがない中学生の頭では処理しきれない。


 焼失した遺体……? 誰が誰だかわからないのか。バスケ部の友達の顔も大倉先生の顔もわからないのか? あのかわいい水谷さんの顔も姿かたちも……?



 僕の存在を校長先生も忘れているのだろうか。週明けに学校へ登校すべきなのか待機すべきなのか、何の指示もない。きっと三年生は生存者一人を残して全員死んだと思われている。



 そして、テレビでは、事故原因を追求する報道がひっきりなしに行われる。

バードストライクがあったことは機長の連絡でわかっていることだ。左側のエンジンが停止した。しかし、飛行機にはもう一つのエンジンがある。飛行機の車輪が出なかったのもトラブルだ。そのため、胴体着陸を試みるほかなかった。


 金曜日の時点では、飛行機が爆発炎上したところが放送されていたが、倫理的な問題からカットされるようになった。僕は、土曜、日曜と夢を見ているような気分で、月曜日になって初めて実感するようになった。これは現実だ。夢ではない。そう思い、テレビを消した。


 インターネットも見ない。新聞は元々とっていない。現実を受け入れられない逃避だ。

 頭の中は真っ白で真っ黒。でも人間って意外と何も考えないってできないんだ。

 何も考えずにいられるのは比叡山延暦寺で修行を積んだお坊さんくらいのものであろう。

バスケ部で三年間一緒に頑張ってきた墨田と岸川の顔が浮かんでは消える。水谷さんの笑顔が浮かんでは消える。くだらない冗談を言っている大倉先生の顔が浮かんでは消える。


 未成年者だからだろうか、たった一人の生存者の名前は公表されなかった。それだけが気になる。誰だ……自分のクラスメイトだろうか。どこの病院に運ばれた?


 会いたい。と思った。そのたった一人の生存者はどんな状態なのだろうか。意識不明、意識はあるけれど重体、意外にも軽症? 後者の可能性はほとんどない気がした。


 会ったらショックを受けるだろうか。戦争映画で見たみたいに包帯ぐるぐる巻きにされて……。


 僕はどうしたらいい。


 父も母もとても心配していた。祖父や祖母からひっきりなしに電話がかかり、インフルエンザにかかったことを称賛するというよくわからないことになっていた。


 学校へ行ってみようか。でも、行っても当然三年の教室には誰もいない。まさか全員の机に花が飾られていたりしないだろうか。

 そんなことを考えていたら、家の固定電話が鳴って母がとった。


「優吾……教頭先生から」


 ゆっくりと受話器をとった。


「はい」

「有川くんか。これだけ報道されているから存じているかと思うが……」

「知ってます……」

「……。君は大丈夫か?」

「大丈夫ではありません」

「そうだよな……。私も大丈夫ではない。しばらく学校は休校だ。ではまた」


 たったそれだけで電話は切れた。


 ふと、スニーカーを履いて、外へ出た。いつものようにバスに乗って駅から電車で八駅。

邑楽中学、高等学校の重厚な門の前には今もまだカメラを持った人がいた。そして、門の前には大きな献花台。花にジュースに漫画に、お菓子に、崩れてしまいそうなくらい山のように積まれている。僕は何も持ってこなかった。


 墨田、墨田はそういえばコーラが好きだったけな。岸川、岸川は部活帰りにコンビニに寄って肉まんやらお菓子やら買い込んでいた。

 僕は彼らの姿を見たわけではない。亡骸を見ていない。だからこそ、もしかしたらその辺にいるんじゃないかって思ってしまう。


 いつも自転車に乗っていた墨田が軽快に漕いでいて、あー疲れたなんて言いながらその辺で立ち止まってコーラを飲んでいたり、勉強が苦手な岸川がテスト前に教科書を開きながら頭をわしゃわしゃしていたり、他のクラスメイトたちもその辺を当たり前に歩いていそうな気がしたんだ。


 そんな気がしたんだ。


★ 三年四組、出席番号14番 飛田胡桃とびたくるみ 愛犬をかわいがっていた飛田。ダックスフンドとポメラニアンの散歩をさせてもらう。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?