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四話 春蘭と四霊②

 思わぬ邂逅から早くも一年が過ぎた。

 あの日から、時折北の林へ赴くと必ず四霊が向かえてくれるようになった。

 そして言うのだ。


『我ら四霊が仕えるべき【天命の子】を見つけ出してくれ』


 と。

 春蘭とて、世に蔓延はびこる怪異は無くなってほしいと思っている。

 そのためには、早急な聖人の皇帝を戴く必要があることも理解している。

 だが、穏便に一般的な女官としてこの宮城で過ごしたいと思っている春蘭にとっては、特殊な力は邪魔でしかない。なので慧眼を含め自身の力のことは隠しておきたいと思っているのだ。

 身の回りに降り掛かる火の粉くらいは払うが、国家に関わるほど大きな物事に首を突っ込むつもりはない。

 だから四霊からの頼みは、少々申し訳ないと思いつつ毎回断っている。


 それでも北の林に来てしまうのは、オウの羽毛の虜となってしまったからだろう。

 ほのかな甘さのある香りに、絹糸のような繊細な触り心地。

 滅多に楽しみというものがない宮城で、オウの羽毛は春蘭の癒しとなっていた。


 それに、周囲の火の粉を払うためこっそり宮城内の怪異を滅していたら、それに気付いた四霊達が手伝いを申し出てくれたのだ。

 怪異退治は四霊としても望むところだから、ということらしい。

 四霊の助力のおかげで、それまでは自分一人では力不足だと感じ、対処を渋っていた怪異も滅することができるようになった。

 だが、そうして四霊の力を借りたおかげで、その様子を垣間見た者たちに幽鬼と捉えられてしまったのかもしれない。


 四霊の存在は色んな意味で春蘭の助けとなっていて、感謝はしている。

 だが、【花綵の鬼】と呼ばれるようになった要因も然り、彼らとの関わりをこれ以上強めては目立ってしまうことこの上ないのだ。

 そんな状態で聖人の皇帝となる者を探してくれなど……やはり遠慮したい案件だ。

 毎度のごとく願いを口にした四霊たちを見返した春蘭は、深く息を吐いてからいつものように断りの言葉を口にした。


「すまないが、やはりその願いだけは聞けぬよ。私はこれ以上目立ちたくはないのだ。目立って、怪異を滅する力があることを周囲に知られたくないのだ」


 羽毛で癒してもらったり、怪異退治の手伝いをしてくれているというのに断るのは心苦しいが、春蘭は聖人探しをするつもりはまったくないのだ。

 それをはっきりと伝えると、四霊は揃って目を閉じため息を吐いた。

 落胆を色濃くした四霊たちだが、年の功とでも言うべきか……断る春蘭を責めるわけでもなく、レイが「では」と話題を変える。


「怪異退治の方はどうじゃ? 宮城内でもまたいくつか出てきたじゃろう?」


 爺のような話し方の所為もあるのか、どこか安心感を与えてくれるレイの言葉に他の四霊も習った。

 真っ先にリンが明るい声を発し、跳ねるように春蘭の周りを駆ける。


「そうだよ! 春蘭だけだと大変そうな怪異もいるみたいだし。今回は誰が付き添う? 僕はどうかな? 張り切るよ!」

「待ちなさい、リン。あなたこの間張り切りすぎて少々やり過ぎたでしょう? 今回は私かレイに任せなさい」


 リュウが強めの口調でたしなめると、はしゃいでいたようなリンはぴたりと走るのを止め不満そうにリュウを見た。


「やり過ぎって言うけどさ、ちょっと土がでこぼこした程度じゃないか」


 人間の子どもであれば頬でも膨らませていそうな言い方に、春蘭はそっと視線を逸らす。


(整然とした広場が、悲惨なことになったがな……)


 リン――麒麟の性質は土だ。

 前回リンに手伝ってもらったときは、最後に逃げようとした怪異の足止めのためと土を変化させていた。一部を泥にしたり、でこぼこ道にしたり、果ては土壁を作ったり……。

 正直、怪異退治よりも広場の状態をもどす方に時間がかかって大変だった。

 後処理のことを考えると、水の性質のレイか、木の性質のリュウの方が確かに助かる。

 かといって張り切っているリンに『遠慮してくれ』とは言えず見守っていると、珍しくオウが口出ししてきた。


「いや、今回は私が行こう」

「え? いいのか?」


 オウはいつも率先しては怪異退治に参加しない。

 他の四霊たちが率先してやりたがるので、滅多に自分から参加するとは言わないのだ。

 とはいえ、他の四霊では荷が勝ちすぎると判断したときは別だが。


(もしや、今出現している怪異の中に厄介なのがいるのか?)


「確かに今回はオウが出た方が早く済みそうな怪異もいたけれど……別に私とレイでもいいと思うわよ?」


 春蘭の考えは当たっていたようで、オウの参加表明に反応したリュウが同意した。ただ、どうしてもオウでなければならないというわけではないようだ。

 その状態で率先して参加するというオウに、ならば何故? と疑問に思う。

 答えを求めてレイの上に止まるオウを見ると、何事かを考えるように一拍間を置いてから嘴を開いた。


「そうなのだがな……勘というか、なにかが起きそうな気がするのだ」

「何々? 女の勘とかいうやつ?」


 真面目そうなオウだったが、リンは茶化す――というより、無邪気に問いかけていた。

 性格的には男性に近いオウに女の勘とは……とは思ったが、元より鳳凰に関しては性別はない。というか、雄でもあり雌でもあると言える。

 鳳凰は、鳳が雄で凰が雌となる。伝説では二羽の雌雄の鳥が一対で鳳凰となっているというものもあるが、実際の鳳凰は雌雄同体――つまり、一羽だけで雄にも雌にもなれる存在なのだ。

 とはいえ、普段の声が男性にしか聞こえないためやはり違和感はある。


「リン……この場合は女とか関係ないでしょう」


 リンの空気を読まない言葉は、リュウが突っ込むことで打ち消した。

 なのでオウは気にせず怪異退治の采配をする。


「とにかく、今回は私が行く。それと、リュウには補助を頼みたい」

「分かったわ」


 四霊に上下の関係はないが、なんとなくまとめ役になっているオウの言葉にリュウは頷く。それを聞いていたリンもレイも頷き従った。

 話が纏まったことを察し、春蘭は口を開く。


「では、夜に抜け出せそうな日を後で知らせるよ。その日に決行しよう」


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