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三話 怪異退治①

 【花綵の鬼】のことを聞きに来た惺陽は、その日は春蘭の後にも数名質問をしてから帰って行った。

 なんとかやり過ごせたかと安堵していたのだが、惺陽はその翌日も尚服局を訪れたのだ。

 確かに尚服は初め『今日から・・武官が来る』と言っていた。一日だけではなかったということだ。

 惺陽を好ましく思っている女官たちは喜色を浮かべていたが、尚服の顔は最早鬼と化していた。

 そんな尚服の様子を気にも止めず、毎日訪れる惺陽は初めの頃と同じく軽い調子で女官たちと話をする。

 しかも、必ず最後には春蘭の元へ来て口説くかのような言葉を口にするのだ。


「もっと会話してくれてもいいだろう? 春蘭の声を聞きたいんだ」

「春蘭と話すのは新鮮味があっていい。ついでに笑顔なども見せてくれると嬉しいが」


 などと、春蘭がほとんど無視している状態だというのに次から次へと言葉を投げかけてくる。

 初日の探るような視線で見られることはないためそこは安心なのだが、春蘭が苦手としている軽くて自意識過剰な状態で接して来られるため、非常にうざったい。

 自分との会話を諦めて欲しくて、応えるとしても「ああ」とか「そうか」といった素っ気ない相づちしかしていないというのに。それでも惺陽は春蘭に話しかけるのを止めないのだ。


 果鈴には「相当気に入られてしまったのね」などと苦笑気味に言われたが、気に入られる要素などどこにあるのだろう。

 まともに会話すらしない、無愛想な女官を気に掛けていいことでもあるのだろうか?

 いや、ない。

 どう考えても気に入られる要素は見当たらない。

 となると、初日に探るように問われた言葉への解答を彼は納得していないのではないだろうか?

 【花綵の鬼】についてはなにも知らないと答えた。表情にも、動揺などは乗せていないはずだ。

 だが、武官としてそれなりに場数をこなしてきたであろう惺陽はなにかを感じ取ったのかも知れない。それで、春蘭に毎回話しかけて様子をうかがっているのではないだろうか?


(……そちらの方が納得だな)


 単純に気に入られたというよりは、なにか疑いを持っているから近付いてきていると言われた方が理解できる。

 だが、それはそれで厄介だ。

 なんとかオウたちと共に怪異退治を済ますまでは、何も気取られずやり過ごさなくては。

 そんな風に気を揉みながらも、なんとか羽織の刺繍を終えた頃。

 怪異退治決行の日がやってきた。


***


 いつものように仕事を終え、自身の房へ戻る。

 宇貴妃の衣装を終えたことで春蘭に与えられた仕事は一段落したが、他の同僚たちの仕事はまだ終わっていない。

 派手好きの王淑妃の衣装を担当している者たちは、相当切羽詰まっているのか半泣き状態で手を動かしていた。自分の仕事を終えた春蘭が手伝うと申し出ると、揃って号泣してしまうほどに辛かったらしい。

 惺陽が来ても、必死に頑張っていた人たちなのでなんとも可哀想だった。


 その惺陽も本日は姿を現さなかった。どうやら尚服が切れたらしく、これ以上仕事の邪魔となる行動をするのであれば立ち入り禁止にさせてもらうと怒鳴りつけたらしい。

 地位としては惺陽の方が上なため、今まで文句を言いたいのをかなり耐えていたようだ。

 ともかくこれで皆仕事に集中できるというものだ。

 良かったと思いつつも、彼のせいで遅れた分の仕事はそれなりにあり、春蘭も同僚たちの仕事をできる限り手伝っていた。


 それから帰ってきたので、春蘭が房の寝台に腰掛けたときには既に外は真っ暗になっていた。

 灯盞とうさんに火を付けただけの小さな灯りに照らされた房内は、二つの寝台とそれぞれの私物を入れる蓋付きの籠が二つ。そして共用の棚が一つあるだけの簡素な内装だ。

 同房の果鈴はそのまま尚服局にいるので、今日はこの房へ帰って来ることはない。

 春蘭は日中の疲れを深く吐いた息と共に出し、意識を切り替える。


「さあ、もう一仕事だ」


 呟くと、春蘭は自身の私物が入っている籠の蓋を開ける。中に入っているのは半分が衣服で、もう半分は私物の裁縫道具と手漉きの際に作った品々だ。

 様々な形状と大きさの花綵。これら全てに、怪異を滅するための術が施してある。

 今回はその中でもかなり大ぶりなものを選んだ。

 それを簡単に髪飾りの金具に取り付けると、落ちないように髪に挿す。

 そして、これまた術式を組み込んだ刺繍を施してある羽織を手に取った。これのおかげで、春蘭は周囲に咎められずに外へ抜け出せるのだ。

 姿を消すわけではないが、存在感を薄れさせるような術だ。

 だから怪異退治を目撃した者には幽鬼として映ってしまったのだろう。


「少々遅くなってしまったからな。急ごう」


 呟きと共に立ち上がった春蘭は、羽織に袖を通し房を出る。

 オウとリュウは気が短い方ではないがあまり待たせるわけにも行かないだろう。

 これがリンであれば、合流したときに文句を言われるかふてくされるかされてしまうのだろうな、と春蘭は小さく笑みを零した。


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