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三話 官吏たちの体調不良①

 互いに自己紹介と挨拶を終えると、レイが料理が冷めてしまうと言って食事を促してくれた。

 そして当然のようにリンとレイは人の姿を取り、ちゃっかりと長椅子に並んで座る。

 強制的にもう一つの長椅子に惺陽と並んで座ることになった春蘭は、対面する四霊の二人を呆れの眼差しで見つめていた。

 短い明るめな茶髪の少年となったリンは、好奇心丸出しなキラキラした目で料理を見ている。その横では、黒い官服に身を包んだ白髭の老人が人の良さそうな朗らかな笑みを浮かべていた。


「えっと……お二人も召し上がりますか?」


 正面に座る二人から何らかの圧を感じたのか、惺陽は戸惑い気味に問う。

 オウが人の姿に変わるのを前に見ていたからか、二人が姿を変えたことにはそれほど驚かなかったようだ。だが、これから食事をというときに席に着かれたとなれば戸惑いもするだろう。

 そうな惺陽に、レイは軽く片手を上げ気にするなと話した。


「いやいや、見たところ料理は二人分じゃろう? ワシらはどうしても食事が必要というわけではないからの、気にせんでいい。……ただ、気になるのなら余りそうなものを少し貰えるかのう?」

「そうそう、その点心とか!」


 穏やかに回りくどく点心の要求をしたレイだったが、続いたリンが点心を指差しはっきりと声を上げる。回りくどく言った意味がないと思うが、レイはリンの言葉を気にすることなくにこにこと笑みを浮かべていた。


「あ、点心ですか? 多めに作っていたので、どうぞ」


 二人の笑顔の要求に、惺陽は戸惑いつつも嬉しそうに点心を取り分ける。

 どうやら惺陽も自分の作った点心を誰かに食べてもらいたいらしい。だからこそ春蘭が来る今日、朝からわざわざ作っていたのだろう。


(ふむ……中々可愛いところもあるじゃないか)


 いつも軽い調子でうっとうしく、武官らしい雄々しさなど時折見せる程度の惺陽だが、趣味だという点心を食べてもらうために朝からくりやに立っていたのかと思うとどこか愛らしさを覚えてしまう。

 怪異の調査や退治のときも普段の軽い調子ばかりではうんざりしそうだと思ったが、この様子ならなんとかやっていけるかもしれない。

 早速取り分けてもらった点心の包子を頬張るリンとレイを見て、喜びからか思わず子どものような笑みを浮かべている惺陽。そんな彼を見て、春蘭はフッと小さく笑みを浮かべ自分も食事へと手を伸ばした。




 食事も粗方終えると、食後の茶まで用意すると惺陽が言うので春蘭は慌ててその役割を奪った。食事の用意をさせておいて、片付けや食後の茶まで上司に淹れさせるなどいくら春蘭でも

許せない。

 口調は中々変えられないが、上司をあごで使うような真似など真面目な春蘭にはできなかったのだ。

 そうして茶を淹れながら、やっと少しは部下らしいことが出来た。と考えていた春蘭はふと少し前に疑問に感じたことを思出した。


「それよりここには他に人がいないのか? 太尉であれば書類仕事もある程度はあるだろう? 通いの文官くらいいてもおかしくはないと思うのだが?」


 やはり、怪異のことを話す予定だから人払いをしていたのだろうか?

 だが、そうなるとうっすら埃を被ったもう一つの執務机が気になる。あれは明らかに数週間は使用していない状態だ。

 問いながらも自分で推察していると、惺陽は疲れたようなため息と共に「ああ……」と頷いた。


「ここにはあまり人を置かないようにしているが、流石に一人は文官がついている」


 惺陽も使われていない執務机を見ながら話し始める。

 『あまり人を置かないようにしている』という言葉が気になるが、春蘭は一先ず黙って話の続きを聞いた。


「だが、ひと月――いや、三週間程前か? どうやら皇城内で怪異に出くわしてしまったらしく、ずっと寝込んでいるのだ。臨時で他の文官を回してもらおうかとも思ったが、どうやら他も人手不足らしくてな……」


 結果として、未だに文官がいないということだそうだ。


(どこも人手不足は変わらないということか……)


 これは自分に怪異退治を頼むわけだ、と春蘭は納得した。

 淹れた四人分の茶をそれぞれの前に置くと、惺陽は少し改まった様子で話を続ける。


「それで、今回調査したいと思っているのはその文官たちを苦しめている怪異なのだ。できる限り早く退治しないと、俺だけでなく他の部署も仕事が滞りまともに政ができなくなってしまう」

「それは切実な問題だね!」


 深刻な様子の惺陽の言葉に、場違いなほど明るく相づちを打ったのはリンだ。

 怪異退治となるといつも一番に張り切っているリンは、今回も空気を読むことなく楽しそうな笑みを浮かべている。

 そんなリンをレイが穏やかに窘めた。


「これリン。深刻な問題なのだから、そのように嬉しそうにするものではないぞ?」

「えー? 分かってるよ。でも僕まで深刻になったからって怪異が消えるわけじゃないんだし、それなら張り切ってさっさと怪異を退治した方がいいでしょ?」


 レイの注意にもリンは反省するでもなく態度を改めない。

 だが、確かにリンの言うとおりではある。深刻な顔を突き合せて話をするより、できることをやってさっさと解決した方がいい。

 それはレイも思ったのか、白いあご髭を撫でながら「ふむ」と合点がいったように軽く頷いた。


「それもそうじゃな。では、その怪異の話をしっかりと聞こうではないか」


 リンに同意しながら、惺陽へと視線を送り話の続きを促す。

 レイに話の主導権を戻された惺陽は、個性的な四霊の二人に戸惑いながらも「あ、ああ」と応え、軽く咳払いをして気を取り直していた。


「今回対処する怪異がどんなものなのかは判別がつかない。だが、被害を受けた者達の行動範囲がある程度被っていることだけは分かっている」


 そのため、午後からは怪異がどこに潜んでいるかの調査をしたいのだと話した惺陽は、春蘭に同意を求めるよう黒の目を向ける。

 元より怪異を退治するために惺陽の下へ異動となったのだ。調査も退治するために必要なことならば仕事の一環なのだろう。

 惺陽の真剣な眼差しを受け止めた春蘭は、迷うことなく頷いた。


「ああ、承知した」

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