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第70話 黄崎真依の告白②

 「それで結局、城山とは正式に付き合ってんの?」


 突然、耳元でサキの声が聞こえて、びっくりした。


 「え?」


 「あ、それ、私も聞きたい!」


 コハも乗ってきた。2人とも興味津々といった表情で、私の顔をのぞき込んでいる。


 昼下がりのサイゼリアはランチタイムのピークを過ぎて、少し落ち着いた雰囲気になっていた。ちゃんとランチして、その後、お茶もできるところ、できれば安いところというサキのリクエストで、ここに来ている。


 なんでみんな、そんなにサイゼが好きなの? 明日斗もすぐにサイゼに行きたがるよね?


 個人的にはサイゼは食べるものが限られていて、メニューから選ぶ楽しさがない。スイーツのバリエーションが少ないのも、あまり好きじゃない。本当はガストの方がいいんだけど、私の周囲の人はみんなサイゼをこよなく愛しているので、仕方がない。


 それぞれに好みのピザやパスタを食べ、今、目の前にはティラミスとか食後のスイーツが並んでいる。


 「え?」


 何を聞かれたのか理解できなくて、また聞き返してしまった。


 「いや、え?じゃなくてさ」


 サキは真顔のまま、スプーンでコーヒーカップの中身をぐるぐるとかき混ぜた。砂糖を入れたわけではない。だって、サキはブラック派だから。さっきからなんとなくかき混ぜている。スプーンはティラミスを食べる用だ。


 まあくんと正式に付き合っているのかどうか。それが質問だった。はず。なんと答えればいいのだろう。腕組みをして目を閉じて、ちょっと考えてみた。


 「えーっと……」


 「え!」


 今度はサキがびっくりした顔をした。


 「え、もしかして、付き合ってないの?」


 「ないの?!」


 コハが乗っかってくる。


 「うん……。うん? そうかな?」


 「なんで疑問形なん?」


 「城山くんに『付き合ってください』って言われたのか、言われてないのか、どっちなん?」


 コハが身を乗り出してくる。シーッ、声が大きいよ!


 「えっと……。言われてない……」


 「「ええ〜っ!」」


 2人が声をそろえた。


 「いや、だって、あんな傍目から見て完全に付き合ってるのに、まだ正式に付き合ってないなんて、ありえへんやん!」


 サキが目を釣り上げてまくし立てる。コーヒーカップの中身をかき混ぜる手が、速くなった。


 「そや! 誰が見ても城山くんはマイちゃんの婿やのに、ありえへん!」


 コハもすごい勢いで身を乗り出してくる。


 マイちゃんの婿かああああああ


 そういえば、城山の嫁って言われたことがあったなあああああああ


 恥ずかしすぎるううううううう


 「え、マイはそれでええの? そんな中途半端な関係で、ええの?」


 サキは興奮して、カチンカチンと音が出るほど激しくコーヒーカップをかき混ぜながら、突っ込んでくる。いや、砂糖、入れてないでしょ。さっきから、なんでかき混ぜてるの? コハはティラミスを切り分けると、スプーンからこぼれ落ちそうなくらい大きな一切れを口に突っ込んで、鼻息を荒くしながら言った。


 「ええの?!」


 コハはまだ中学1年生でも通用するくらい、背が低くて小柄だ。胸も小さくて、子供みたい。でも、恋バナが大好き。恋に恋する乙女って、こんな感じなのかな。今も目がキラキラ……を通り越して、ギラギラしている。ちょっと怖い。


 「え〜……。ええ? かな?」


 「また疑問形や」


 「なんで疑問形なん」


 そこを突っ込まれても。


 「もしかしてマイ、城山のこと、異性とみなしてないん?」


 サキはスプーンで私のことを指し示しながら聞いてきた。


 よく幼馴染は異性として意識できないというけど、それは中学生までだった。中学生の頃、まあくんはナヨッとしていて頼りなくて、異性という感じはしなかった。今よりもっと子供っぽい感じだったし、弟ってこんな感じなんだとずっと思っていた。竜二がいたこともあって、昔から弟が2人いる感じがしていた。


 でも、今は違う。ちゃんと異性として見ている。


 「いや、そんなことないよ」


 口に出すと、少し照れくさかった。


 あれは5月。試合を見に行ったときのこと。空手着姿のまあくんは、まるで違って見えた。どこがどうっていうのは、ちょっと説明が難しい。でも、道着を着て、シャキッと立っている姿が、すごく頼もしかった。


 あ、なんや。めっちゃかっこいいやん。


 そのあと大失態があったんだけど……。


 6月に、けんかしたときも、ちょっと驚いた。


 「そんなことじゃない」ってムキになっていた。私が誰か別の男子のところに行ったことが、そんなに悔しかったんやって伝わってきた。ああ、男の子なんやなって思った。


 そして9月のお見舞い。あのときのことは、今でも思い出すと顔が熱くなる。


 今から15年も支えてくれたら、30歳やん? そんなに長いこと一緒にいたら、もう結婚してるよね。


 「まあくんが、告白してくれへんから……」


 ぽつりとこぼすと、コハが前のめりになった。


 「待ってへんで、マイちゃんから言ったらええやん!」


 「無理」


 そのひと言は、すぐに出た。


 「なんで?」


 「……一度、まあくんを裏切ってるから。許すって言ってくれたけど、ウチは自分が許せへん」


 浮かれていた。目をそらして、ずるずる付き合って。あいつがまあくんを傷つけたって、知っていたのに。それに、男子って処女の方がいいに決まってる。自分をいじめていた男と関係を持った女に告白されて、うれしいはずがない。私なら絶対、嫌。だから、私からは言えない。


 「でも、城山はそんなちっちゃい男とちゃうやろ?」


 サキが言った。


 「なんでサキがそんなこと知ってるん」


 「いや、雰囲気で」


 「知らんけど、な」


 コハが真剣な顔をして続けた。それ、真剣な顔をして言うことかな?


 「普段からあんなにラブラブなんやから、そんなん気にせんやろ」


 サキは真顔だ。他人事だと思って好き放題言ってくれる。


 「ラブラブちゃあうって」


 「いや、ラブラブやん」


 「手も繋いでないし、キスもしてないし」


 「何言うてんねん。手繋いだり、キスしたりするだけがラブラブとちゃうねんで」


 意味わかんない。でも、まあくんもたぶん、私のことが好きだとは思う。クリスマスもバレンタインも、すごくプレゼント、喜んでくれたし。クリスマスの時は、いきなり抱きしめられてびっくりしたけど。


 でも、うれしかった。


 好きじゃなきゃ、抱きしめたりしないよね? 絶対、私のこと、好きだよね? 声に出して確かめたいけど、怖くてできない。


 あんなにひどいことしたのに、こうやってそばにいてくれるまあくんには、本当に感謝しかない。こんなに甘えさせてもらって、すごく申し訳ないと思う。だからこそ、あのことは、私が自分でしっかり乗り越えていかないといけない。


 まあくんは「悪いのはマイじゃない」って言ってくれた。カウンセラーさんも同じことを言っていた。だけど、全部が全部そういうわけじゃない。そう思っている。私の甘さが招いた部分も、たくさんある。いつか、まあくんの隣に胸を張って立てるように、夏の悪夢を笑い話にできるように。


 この傷跡は、私が自分で治していかないといけないんだ。


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